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竜と神のヴェスティギア  作者: 絢乃
第二十二話

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「放っておけ。うるさければ、氷像に変えておくが⋯どうする?」

 フェルムによる『師範呼び』のせいで笑われている事に、当然レヴィも気付いている。ゆらりと左手を持ち上げ、指先に凍てつく魔力を集め始めたところで、リーベルは強烈な身の危険を察知した。即座に爆笑を飲み込み、弾かれたようにその場に立ち上がる。

「⋯⋯おい、本気でやるなよ?ジェロアもいねえんだから、ルティウスがいなきゃお前さんの氷なんて、誰も溶かせなくなるだろうが⋯」

 冗談の通じない神へ向けて、恨みがましく反論するリーベル。

 彼を一瞥したゼフィラは、その言葉でふと、いるはずと踏んでいた人物の不在に気付いた。改めて周囲を探すように、中庭へ視線を泳がせる。

「⋯⋯⋯殿下は、こちらにおられないのですか?」

 ゼフィラは、ルティウスはレヴィの傍にいるものと考えていた。だがレヴィは、僅かに首を傾げてゼフィラへと問い返す。

「部屋を出る間際、エルデミナに呼び止められていた。後から来ると言っていたが⋯⋯⋯」

「⋯こちらへ参る前に、先にエルデミナ様をお呼びに伺いましたが⋯⋯⋯あちらにはいらっしゃいませんでした」

「⋯⋯⋯⋯は?」

 中庭の空気が、先ほど行われていた手合わせの時とは全く違う、底冷えのするような重圧に包まれる。


 それは、レヴィにとって看過できない状況を意味する。

 既に一度、ルティウスは唐突に行方をくらまし、災厄と呼ばれるほどの脅威と遭遇するに至った前科がある。

 

「⋯⋯今度は、どこへ消えた⋯⋯⋯?」

 魔力を使える時点で、遠くへ離れたとは思わない。聖石による繋がりの途絶は感知出来ず、有効範囲内にいる事は間違いない。

 だが『後から行く』と言ったはずのルティウスが現れない事には、それ相応の理由があるはずだと、レヴィは即座に判断していた。


「エルデミナは、今どこにいる?」

 ルティウスがこの場に来ない理由は、十中八九、エルデミナから聞かされただろう話が関係している。直感的に断定し低められた声で彼女の居場所を問えば、ゼフィラもまたレヴィの表情の変化から朧げに事情を察した、

「エルデミナ様も、既に食堂へ移動してらっしゃいます。どうぞご案内致します」

 無駄な問い掛けはせず軽やかに踵を返し、屋敷へと向かうゼフィラ。その背を追うように歩き始めるレヴィは、右手に握ったままの蒼い細剣を無造作に宙へ放り投げる。手から離れた直後、剣は瞬時に淡い光の粒へと変貌し、溶けた氷が蒸発するように魔力へと還っていった。

「⋯⋯⋯素晴らしい。やはり、レヴィ師範には、剣だけではなく魔法も教わりたいものですね」

 遠ざかっていくレヴィの後ろ姿を見送るフェルムは、相変わらず瞳を輝かせたまま、魔力によって創造された剣の終焉を目の当たりにして、新たに芽生えた渇望を声に出す。

 だがフェルムの隣に立ち並んだリーベルは、それまでの陽気さを削ぎ落とし、どこか剣呑な表情を浮かべていた。

「レヴィの奴、かなり焦ってやがるな⋯」

「⋯⋯⋯⋯焦ってる?師範が、ですか?」

 純粋な賞賛を口にするフェルムには、神の機微は読み取れていない。

 だが、幾多の修羅場を潜り抜けてきたリーベルには分かっていた。あの竜神が、創造した武器を消す手間すら惜しむように歩き出した事。そして、その背中から立ち昇る静かな威圧感が、ルティウスの身を案じる『焦り』から来ているという事を。

「あいつはな、ああ見えてめっちゃくちゃ過保護なんだよ。特に、ルティウスの事になると尚更、だな…」

 先ほどまで、背筋も凍るような蹂躙劇を演じていた『戦神』の意外過ぎる素顔を突き付けられ、フェルムは目を丸くして、遠ざかる師の背中を追っていた。

「…あの方にとって、ルティウス殿下はそれほどまでに、大切な存在なのですね…?」

 呆気にとられた後にフェルムの胸を満たしたのは、幻滅ではなく素直な安堵感だった。

 冷酷な印象を持ちやすい容姿とは裏腹に、あの強大な水の竜神が一人の人間に対してそれほどまでに深い愛情を注いでいる。その事実は、フェルムにとってレヴィを、ただ強いだけの神ではなく、真に敬意を払うべき師として確信させていた。

「まぁな…」

 短く同意したリーベルはふと、陽気な空気を僅かに引き締めた。

「いいか?何があっても、ルティウスには余計な事すんなよ?レヴィを怒らせたら怖いってのもあるけどな……俺にとっても、ルティウスは大事な甥っ子なんでな」

 隣で立ち尽くすフェルムの肩にポンと重みのある手を置いてから、リーベルもまた先行くゼフィラ達を追うように歩き出す。

 このまま中庭に居残ったままでは、せっかくの昼食を逃しかねない。

「あっ、待ってくださいリーベルさん!俺も行きます!」

 慌てて細剣を腰の鞘に納め、フェルムも中庭の芝生を踏み締めて、リーベルの背を追うように駆け出した。


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