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竜と神のヴェスティギア  作者: 絢乃
第二十二話

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 屋敷の一階に位置する、広い食堂。

 豪奢とは呼べないものの重厚な造りをした木製の扉が、壊れんばかりの勢いで開け放たれる。

 案内役のゼフィラを置き去りにするようにして室内へ踏み込んだレヴィは、一切の躊躇なく、表情を険しく顰めたままエルデミナの眼前へと歩を進めた。

「ルティに、何を言った?」

 低く、地を這うような声音を吐きながら足を踏み入れた直後、レヴィは鋭く視線を巡らせてその姿を探している。しかし影も形もなく、特徴的な魔力の色さえもその場では見つけられていない。

 ただならぬ気配を纏ったまま現れたレヴィに、昼食のための配膳に動いていたフィデスとスペラも息を飲み、ぴたりと手を止めて視線を向けている。

 だが大きなテーブルの片隅に着席しているエルデミナ当人は、威圧を込めた一言を正面から受けてもたじろぐ事もなく、静かにレヴィを見上げ、ゆっくりと口を開く。

「彼には…真実をお話し致しました」

 核心を濁すようなその返答に、レヴィは金の瞳を細め、表情に明らかな苛立ちを滲ませていた。

「…真実とは何だ?ルティには、一体何が隠されている?」

 食事の前にと置かれていたティーカップへ静かに手を伸ばし、優雅な仕草でエルデミナはカップを口へと運ぶ。温かな湯気が立ち上る紅茶で喉を潤すと、彼女はゆっくりと語り始めた。

「おそらく貴方様も、彼には全てを打ち明けてはいらっしゃらないのでしょう?あの子の祖国が今、本当はどうなっているのか…」

 柔らかな声で問われて、レヴィは金の瞳を僅かに見開いた。

 音を立てず丁寧にソーサーの上へカップを戻し、レヴィの微かな狼狽を正確に見抜いたエルデミナが、青銀の瞳を細めた。

「どれほどの絶望に苛まれてしまうとしても、あの子は知らなければならないのです。帝国の崩壊と、皇帝陛下の惨死……。彼の兄、第二皇子ラディクスが、既に動き始めているという現実も、全てを…」

「話したというのか…ルティに、父親の死の真実を…」

 彼女が風の竜神アールの加護を一際強く受けている事は、その身に纏う魔力の色からレヴィもとうに気付いていた。エルデミナならば、遠く離れた東の大陸で起きた惨事の全容を、風が運ぶ情報から精緻に読み取る事もできるのだろう。

 ラテーレ村を発つ直前、ウェンティから聞かされた帝国の現状。それも元を正せば、エルデミナやアール自身からもたらされた情報だったのだと、レヴィは考えるまでもなく察していた。

 だからこそ、メルカトスへ向かう馬車の中で、レヴィはルティウスへ事実の一部を打ち明けたのだ。全てを語らずとも、聡いルティウスは皇帝の──実の父親の死を、その時点で既に悟ってしまっていたが。

「私も、ウェンティから全てを知らされた。その上でルティには⋯話せるところまでは話した。まだ、全てを知っていい時期ではないと判断したからだ⋯⋯それを、お前は⋯⋯──」

 抑えきれない怒気と焦燥が、レヴィの低い声に混じる。

 帝国の法の上ではすでに成人と呼ばれる年齢に達しているルティウスだが、悠久を生きるレヴィからすれば、たった十八年しか生きていない、ただの幼い子供でしかなかった。彼がどれほど優しく、それゆえに些細な事で傷つきやすいかを知り尽くしているからこそ、あえて全てを語ろうとはしなかったのだ。

 しかしエルデミナは、どこか悲痛で、けれど真剣な眼差しでレヴィを見上げ、竜神相手とは思えないほどの厳しい一言を告げる。

「レヴィ様⋯⋯それは、本当にあの子の心を守る事になるのでしょうか⋯?」

「⋯⋯⋯⋯何?」

 さらなる怒りの波動が、見えない重圧となって室内へ波紋のように広がっていく。

 気のせいではなく室温が急激に低下し、その場に居合わせていたスペラが、両腕を抱きかかえるようにして小さく震え上がった。

 魔力とは異なる、水の竜としての力が漏れ出していても、エルデミナは表情も声色も変えなかった。絶対的な死をもたらし得る水の竜神へ、真っ直ぐに視線を縫い付けたまま、瞬き一つさえしない。

「これを言っては不敬に当たるかもしれませんが⋯⋯アール様も、そしてレヴィ様も⋯⋯竜神様達は、少しだけ、人を見くびり過ぎでございます」

 しんと静まり返る食堂の中、エルデミナは厳しくも優しい声で、レヴィへと問い掛けるように囁く。

「確かに、貴方様のような竜と違い、人は寿命も短く、心身ともに脆い生き物でございます。ですが脆いからこそ、人は辛苦に打たれて尚、強くなるのです。それは、幼い子供とて同じ。ルティウス殿下の精神を心配なさるレヴィ様のお気持ちも、わたくしとて痛いほど理解しております⋯」

 テーブルを隔てた正面に立ち尽くすレヴィは、白いローブの袖に隠れた両手をきつく握りしめる。保護者としての有り様を問われるかのようなエルデミナの言葉は、的確にレヴィの胸中へと突き刺さっていた。


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