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竜と神のヴェスティギア  作者: 絢乃
第二十二話

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「⋯⋯⋯指導をしてやるとは言ったが、師範⋯とは?」

 怪訝な表情を浮かべて、まるで睨むように金の瞳を細めるレヴィ。だがフェルムは臆した様子もなく、手元に届いた自身の細剣を強く握り締めると、先ほどまでの疲労など感じさせない俊敏さでその場に立ち上がった。

「はい!俺にとって、剣の指導をしてくださる方は『師範』なのです。確かに貴方は水の竜神様です。しかし、家が潰えたとしても俺はヴェネトス公国の人間。主神はアール様ですし、他の神を崇める訳にはいきません。……ですが、せめて剣の師として、貴方への敬意は表したいのです!」

 どこか早口に、しかし一言一言に魂を込めて語るフェルム。右手に握った剣を逆手に持ち替え、背後へと隠すように控えさせ背筋を伸ばした。公国の辺境伯家嫡子としての誇りが、実直すぎる青年の疲弊しているはずの身体を律しているのだろう。

 向けられる眼差しに一点の曇りもない崇敬が宿っている事は伝わる。しかし伝わりすぎるがゆえに、レヴィはかつてない複雑な心境に陥っている。

「……レヴィ、そう呼んで構わないのだが……──」

「いいえ、いけません!主神アール様と同格の方を呼び捨てなど…!」


──お前のところの人間は、ウェンティといいゼフィラといい…どうしてこんなに頑なな奴ばかりなんだ……──


 気軽に呼べと許可を出しても、フェルムは断固として認めない。ルティウスを越えそうなほど頑固な青年が、主神と仰ぐアールへの助けを求めるように、レヴィはおもむろに天を仰ぎ内心で独り言ちた。


 そんなやり取りが続く中、広い屋敷の中庭に近付いてくる人の気配を感じて、レヴィは視線を落としある一点へと向き直った。

「ご指導は終わりましたか?」

 昼食の準備を終えただろうゼフィラが、いつものように優雅な足取りで中庭を横断している。

 彼女の登場はつまり、絶対的な手合わせの中断を意味していた。

「区切りはいい。終わっては……いないがな」

 そう告げた直後、レヴィの左手の指輪が蒼く輝き、その姿は再び水の繭へと包まれる。弾けるように水の魔力が霧散すると、誰もが見慣れた、白くゆったりとしたローブを纏うレヴィへと戻っている。一つに結われていた白銀の髪も解かれ、柔らかな風に遊ばれるままさらりと靡いていた。

「……流石、素晴らしい魔力制御です。先ほども拝見しましたが、とても美しい変容魔法ですね、レヴィ師範!」

 再び瞳を煌めかせて、フェルムは惜しみない賛辞の言葉を口にする。だがその様子に、事の成り行きをを知らないゼフィラは大きく目を見開いていた。

「………師範?」

 相変わらず腹を抱えて笑い転げているリーベルには目もくれず、真意を問うようなゼフィラの視線がレヴィへと縫い付けられていた。

 対してレヴィは、盛大な溜め息をひとつ吐くと至極面倒臭そうに、どこか諦めを含んだ低い声で、たった一言だけ呟いた。

「⋯⋯⋯⋯懐かれた」

 しかしゼフィラは何故か納得した表情を浮かべ、驚愕の色を消すと嫋やかな笑みと共に一度だけ頷く。

「親睦を深められたようで何よりです」

「⋯⋯⋯親睦⋯⋯⋯か⋯」

 的外れにも思える感想を告げられたレヴィは、深い諦念に満ちた声音で反芻し、再びフェルムへと視線を向ける。

 生来の優しすぎる性格ゆえか、明らかに『懐いている』としか言いようのない青年の存在を邪険には出来ず、既に広まり始めている呼び名を渋々ながらも胸の内で受容する。

「私を師と仰ぐなら⋯⋯この街にいる間くらいは見てやる。だが⋯挫折は認めんぞ」

 元より、このメルカトスには長く滞在する予定ではない。ルティウスの変装を整え、貴族街ノービリアへ潜入する準備時間でしかない。用が済めば即座に出立となるが、限られた時間の中でもフェルム一人をしごき上げるのは容易い。

「もちろんです!スペラ様が出かける際は護衛としてお供せねばなりませんが、それ以外の時間は全て、レヴィ師範にお預け致します!」

 公国の貴族騎士としては落ちぶれたものの、現在は雇われの傭兵として誇り高く生計を立てているフェルム。壮絶な彼の身上を知った後だからこそ、仕事の邪魔をする気はレヴィにも無い。

 無言のまま、ただ静かに一度だけ首肯する。

 確かな了承を示すその反応に、フェルムは憑き物が落ちたように表情を綻ばせ、深々と頭を下げた。

「──⋯お話は纏まりましたでしょうか?」

 二人の間に流れる師弟の空気を断ち切るように、ゼフィラが凛とした声を響かせる。

「間もなく昼食の用意が整いますので、食堂へご案内致します。ところで⋯⋯⋯」

 言葉を途切れさせたゼフィラの視線が、少し離れた位置で未だに笑い転げているリーベルへと向けられた。

「リーベル様は⋯⋯いつまで地面に転がっていらっしゃるおつもりですか?」

 穏やかな口調のまま、けれどその声には隠しきれない呆れが微かに混じっている。



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