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竜と神のヴェスティギア  作者: 絢乃
第十八話 Insidiae

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 普段の軽妙さなど感じられない真剣な表情を浮かべるジェロアが見据えるのは、憧れの歌姫を汚す邪悪な術が生み出した、スペラの姿をした何者か。

「許さないよ…みんなのスペラちゃんを、こんな事に…!」

 両手を翳し、火炎魔法を生み出す右手と反対に、左手では神々しいまでの白い光を放ち始めていた。

 ジェロアが本気を出す…そう悟ったリーベルは、すぐさま御者台に座るフィデスへと振り返る。

「フィデスちゃん!結界もっと厚くしといてくれ!」

「えっ?」

 愉快なおじさんとしか認識していなかったジェロアが何をしようとしているのか、フィデスはすぐに気付かなかった。しかし車台の中で状況を観察していたレヴィは真っ先に、右手に貯めていた魔力を解き放っていく。

「あいつが使おうとしているのは、古代魔法だ」

 ルティウスが身に着けている聖石が一際強く輝き、レヴィへと膨大な魔力が流れ込んでいく。

 フィデスが展開している結界を丸ごと覆うほどの強固な水の防壁が構築され、魔力の消費を感じたルティウス自身も、隣で結界魔法を放つレヴィを見上げて問い掛けた。

「古代魔法、って…?」

 帝国の魔道士団でさえ、それほどの秘術に手を出してはいなかった。存在そのものは知っていても、どれほどの威力を誇るのかなど、ルティウスには想像すらつかない。

「その名の通りだ。私からすれば見知ったものだが⋯ルティ達にとっては古代魔法と言った方が伝わるだろう?」

 レヴィが呟くと同時に、ジェロアの両手で輝く赤い炎と白い光は混ざり合い、やがて白い炎へと変貌していた。

「あー、ボク分かっちゃった!アレでしょ、イグニアが考えたって言ってた、浄化の炎!」

 前方で魔法の構築を行うジェロアの耳にも、フィデスの言葉は届いている。集中は切らさないまま苦笑し、右手に集めた白い炎を掲げて肯定の台詞を返した。

「いやぁ、見抜かれちゃうとカッコつかないよねぇ⋯」

 口調は普段と変わらない。だが視線はスペラの姿をした何かへと縫い付けたまま、ジェロアは静かに白い炎を放った。

 轟速で飛翔し、炎は淀んだ魔力へと瞬時に絡みついていく。耳を劈くような甲高い絶叫が響き渡り、リーベルも、白い炎を放ったジェロア自身も、そして馬車の中にいるゼフィラとルティウスまでもが咄嗟に耳を押さえていた。

「この⋯音⋯⋯っ、まるで⋯海洋に現れるという、セイレーンのような⋯!」

 両耳を押さえて表情を歪ませるゼフィラは、保有する知識からその存在の候補の名を口にする。

 不快そうに瞳を細めるものの、再びルティウスを抱きしめて音から守ろうとするレヴィが、ゼフィラへと答えた。

「セイレーンは海洋の化け物と思われがちだが、奴の狙いは人間を惑わしその魂を喰らう事。陸に現れたところで不思議はない」

 捲られた幌の向こうを見れば、長い黒髪を振り乱し、白い炎に焼かれて悶え苦しむ女の姿が金の瞳に映る。

 見た目だけとはいえ、人間の姿をした存在が苦しむ様子は、レヴィの機嫌を損ねるのに十分だった。

「⋯⋯⋯誰だ、こんな術式を使ったのは」

 何度も【眼】を使い、魔力の流れを確かめていた。レヴィにだけ見えているその流れを辿れば、スペラと呼ばれる女がここから離れた場所で、悪質な魔法陣に囚われていると見抜くのは容易い。

 まだ生きている⋯その事実だけで、レヴィは救出を決意し、腕の中に居るルティウスへと視線を落とした。

「⋯ルティ」

「え⋯⋯な、に?」

 まだセイレーンと思しき絶叫が鳴り響く中、苦しげな表情を浮かべるルティウスはレヴィを見上げ、金の瞳に宿る意思を即座に読み取った。

「⋯⋯いい、よ⋯どこへでも、付き合うに決まってるだろ?」

 ひとつとして語ってはいない。それでもルティウスには分かっていた。この場を離れて、皆との別行動をする必要があるのだと。

 ルティウスの返答を受けたレヴィは微笑み、再び視線を白い炎に焼かれる魔物へと向ける。

「あの姿は、触媒とされた人間のものだ。そしてまだ生きている⋯ここで食い止めている間にその者を救い出せば、アレも勝手に消え去るだろう」

 促されるようにルティウスも視線を向けた先、長い黒髪に赤い目をした女性の姿は、白い炎に焼かれ続けている。その身から零れ落ちる魔力によって生み出されるレイスも、端から全てが消滅していく。

 ジェロアが抑えている今のうちにやるしかないと、経験の浅いルティウスも察し、強い光を湛える蒼い瞳をレヴィへと向けた。

「核の傷あるんだから、無茶はするなよ⋯?」

 レヴィの決意を受け止めたルティウスは、一応の釘を刺す。

 だがレヴィは柔らかく微笑んでから、御者台に座っているフィデスに向けて指示を出した。

「私はルティと共に、元凶を断ちに向かう。フィデス、この場の結界維持は任せるぞ」

 言いながらレヴィは右手に魔力を凝縮させ、蒼く輝くひとつの魔石を創造した。パッと振り返るフィデスに向けて、手のひらサイズの蒼い魔石を投げ渡し、馬車の後方から地面へと降り立った。

「ちょぉっと、レヴィ?」

 文句を言いたげに口を開くも、レヴィは気にした素振りもなく、後について馬車を降りるルティウスの手を取っている。

「それがあれば、私が展開した結界の起点として扱える。お前ならルティの魔力が無くとも、操作は出来るだろう?」

 フィデスが防衛の力を発揮出来るのも、ルティウスからの魔力供給があってこそ。そのルティウス自身を連れ出せば、この場で馬車を守るフィデスの結界すらも破綻しかねない。

 それを理解しているレヴィは、対応策として魔石を創造し、フィデスへと託した。

「ゼフィラ、そいつを補助してやれ」

 車台に控え、不測の事態に備えているゼフィラへも、古き友を託す言葉を投げる。その事実に驚くのはフィデス本人だけではなく、ゼフィラも同様だった。

 しかしゼフィラは迷う事なく頷き、その視線をフィデスの手にある魔石へと向けていた。

「さて⋯少しだけ無茶をするぞ」

「えっ⋯?」

 準備は整えたと言わんばかりに、隣に立つルティウスを抱き寄せ、腰を片腕で抱え込むと同時に全身へ水の魔力を纏わせる。ルティウスの首元の聖石が強く輝き、直後にはレヴィの背に四枚の翼と、頭には角も出現していた。

「え、ちょっと?レヴィ、そんな力使って大丈夫なのか⋯?」

「問題ない。飛ぶだけだ」

「うぇっ⋯わぁぁ!」

 返事を待つよりも早く、レヴィはルティウスを抱えたまま地を蹴り、翼を大きく羽搏かせて上空へと飛び上がる。慌ててレヴィの首元にしがみつくルティウスの、腰に回した腕に強い力を込めて加速し、既に捕捉済みの地点へと飛翔していった。



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