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死なないグルマンベアを取り囲むように群れていたレイスは、たちまちその数を減らしていった。
「あっちぃ⋯!ぅおい、ジェロア!俺も巻き込む気かぁ!」
既に馬車の近くまで退避していたリーベルの、至近距離で燃え上がる炎。これ以上近ければ馬を巻き込んでいただろうとリーベルは思案するが、ジェロアは抜かりなく魔物だけを屠っていた。
「なーに言ってんだぁ?リーベルなら、ちょっとくらい焦げても平気だろ?」
手綱だけは握りしめたまま、文句の台詞を撒き散らすリーベルへ軽口を返す。
「てっめえ!俺を何だと思ってんだぁ?」
必死なリーベルの反論に、馬を守るため結界を維持し続けているフィデスも盛大な笑い声をあげていた。
「アッハハハハ!焦げて真っ黒なオジサンも、カッコイイかもよ~?」
軽快な冗談は、荷馬車の中で様子を見守っていたルティウスとレヴィ、そしてゼフィラにも想像をさせてしまう。
「真っ黒な⋯リーベル様⋯⋯ふふっ」
堪えるように小さく笑うゼフィラと、顔を背けてさっと口元を押さえているレヴィ。脳裏に浮かんだ焦げリーベルの姿は、冷静なはずの二人にさえも笑いを齎していた。
「バッカヤロウ!こいつの炎じゃ、焦げる前に消し炭になんだよ!」
迫り来るグルマンベアを追い返すように長剣を振り上げ、本当にやらかしかねないと危機を抱くリーベル。
しかし追い打ちを掛けてしまうのは、叔父を尊敬する無垢な少年の一言。
「大丈夫だよ!燃え尽きる前に、きっとレヴィが火を消してくれるよ!」
悪気など一切無い。無邪気に思ったままを言うルティウスの傍では、ゆらりと右手を持ち上げ僅かに指先を蒼く輝かせるレヴィが、にやりと笑みを浮かべていた。
「仕方ない、燃えたら即座に鎮火してやる。だから安心して焼かれるがいい」
ルティウスとは違い、レヴィは冗談半分で告げている。
半分は本気だと察したリーベルは、表情を青ざめさせながらグルマンベアへと剣を振り上げ、迫り来る腕を切り飛ばしていた。
「⋯こンの野郎!お前さんの水流なんて喰らったら、鎮火どころか身体が弾け飛ぶだろうがよ!」
レヴィが水の竜神であり、意思ひとつで無形な水さえも鋭利な刃へ変えられる事を知るリーベルは、介入される事を阻むように暴れ回った。グルマンベアを切り刻んで大地に沈め、闘気を纏う斬撃を放ってレイスさえも追い払おうと奮闘する。
「⋯つまらんな。随分と粘っている」
本気で押し流すつもりだったのか⋯と、どこか落胆する声を真横で聞いているルティウスは、呆れたように苦笑を浮かべる。
だが、右手に込めた魔力はまだ維持されている。首元の聖石も仄かに輝いており、レヴィが冗談を抜きに警戒しているのは明らかだった。
馬車の外は、フィデスが展開する鉄壁の結界によって馬ごと守られている。
ジェロアが放つ炎は次々とレイスを焼き付くし、その数を減らしている。
緊迫感は変わらずとも状況は好転しており、冗談を交わし合うほどの和やかな雰囲気が広がる。だがそんな中でも解かれない警戒は、ルティウスにも危険がまだ潜んでいる事を知らせていた。
「そろそろ、お姿を現して頂きましょうか」
車台の中に居ながら、幌の外へと手を翳すゼフィラがぽつりと呟く。同時に放たれる風の魔力は結界の外で吹き荒れ、漂っていたレイスの瘴気も、僅かに認知を狂わせる薄い魔力の霧さえも、遠い上空の彼方へと吹き飛ばしていた。
つむじ風を超えて竜巻のように巻き上がる風の中心からは、それまで隠れていた存在の淀んだ魔力が強く蠢いていた。
「⋯え、うそ?スペラちゃん⋯?」
火炎魔法を放つ右手を掲げたまま、驚愕し固まるジェロアが呟いた名前。
独白にも近い一言を聞き取ったリーベルは即座に馬達の前まで飛び退くと、御者台に座ったまま動揺するジェロアへ喝を入れた。
「おいっ!誰だそのスペラちゃんってのは?お前さんは、魔物にも友達が居んのか?」
はっとしたジェロアもまた即座にリーベルを一瞥し、確かめるように姿を現した存在を凝視していた。
「…スペラちゃんはさ、メルカトスの歌劇場に立つ一番の歌姫でね…俺もよく観に行ったもんさ」
眼前では、屠ったはずのレイスが続々と蘇っていく。それどころか、スペラと呼ばれた長い黒髪を揺らす女性から零れ落ちる魔力が、新たなレイスを生み出しているようにも見えた。
「スペラ・シデリス…その名はわたくしも聞いた事がございます。何でも、ノービリアの貴族からも人気の高い歌姫と…」
ゼフィラの言葉を受けて、ジェロアの隣に座るフィデスが即座に【眼】を輝かせて魔力を視る。
「…何、あれ?見た目だけはその女の子みたいだけど…中身はぜんぜん違うよ?」
歌姫の皮を被った何かであると、フィデスは正体を看破している。
同時に【眼】を使い、魔力の流れを探っていたレヴィもまた、フィデスと同じ見解に至っていた。
「……ここではない場所から、魔力が流れ込んでいる。アレの外見は、おそらく魔力の源となっている人間のものだ」
その一言は、本人を知るジェロアの表情を歪ませていた。
「それって…スペラちゃん本人が、生贄か触媒にでもされてるって事か…?」
握ったまま離そうとしなかった手綱をフィデスへと渡して、ジェロアはついに御者台から立ち上がり、ふわりと跳躍して馬達の前方へと降り立った。




