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魔物の普段と違う行動は、異変の兆候。安易に飛び出さず、冷静に魔物達の動向を観察し続ける。
なんて事のない、単なる魔物の襲撃かとジェロアも踏んでいた。しかし魔道士ジェロアの研ぎ澄まされた意識は、既に親玉と思しき存在を認識している。
「リーベルっ!ちょっと戻れ!」
遊ぶように魔物達を翻弄していたリーベルに向けて、ジェロアは声を張り上げる。必死さは感じられずとも、突然の呼び戻しを聞き取ったリーベルもまた、何かがおかしいと長年の勘から違和感を覚えていた。
頭を落とした最初の一匹以降、どれだけ斬っても手応えを感じられない。魔物でありながら野生の獣と変わらない生態のグルマンベアだが、まるで死霊を斬っているかのようだった。
即座に馬車へと引き返すリーベルに向かって、宙を浮遊するレイスが追撃を仕掛ける。しかしその背中を守るように、ジェロアがすかさず焼き払っていく。
度重なる火柱の発生と轟音は、やがて眠っていたルティウスの意識をも呼び覚ましていた。
「⋯⋯何の、音?」
レヴィの腕に抱かれたまま、寝起きのぼんやりとした表情を浮かべて、ゆっくりと視線を巡らせる。
「起きたか、ルティ⋯」
少しだけ残念そうな声が頭上から聞こえ、緩慢な動作で見上げる。優しい金色の眼差しは慈しむようにルティウスを見下ろし、大きな白い手は柔らかな深い緋色の髪を撫でていた。
手の感触と全身に伝わる温もりから、心地良さと安堵を覚え再び微睡みへと沈みそうになる。しかし夢現なルティウスの意識は、ジェロアの放つ攻撃魔法が着弾する轟音によって現実へと引き留められた。
「⋯えっ、何?」
即座にレヴィは、ルティウスの身体を押さえ込むように抱きしめる。
「放っておいて構わないだろう。ジェロアがいれば事足りる」
冷たく言い放つレヴィの腕は、しっかりとルティウスの腰を固定していた。
「え⋯でも⋯?」
尚も荷馬車の外からは地面の爆ぜる音と、炎の匂い、そして飛び交う魔力の気配をも感じ取っている。眠っている間に戦闘が発生している事は容易に知れた。
「おはようございます、殿下。飛び出したいお気持ちは分かりますが、今はそのまま、レヴィ様の元に⋯」
捲っていた幌を閉じて、外の様子をルティウスの視界から遮る。レヴィ同様にゼフィラもまた、戦闘と知ればルティウスなら真っ先に剣を抜いて参加しかねないと判断していた。
「いや、だけど⋯何だよこの魔力⋯⋯」
どれだけ周囲が隠そうとしても、根源との接続さえ可能とするルティウスには伝わってしまう。
此度の魔物の襲撃が、単なる遭遇とは異なるという事実に。
直後、レヴィは咄嗟にルティウスの身体を、それまでよりも強い力で抱き寄せる。同時に鳴り響く衝撃と音は、外の異変を確実なものとしてルティウスへと知らしめた。
「⋯⋯フィデス、結界が甘いぞ」
御者台に座る少女へ、苦情を叩き付けるレヴィの一言。いつの間にか左手首の腕輪は輝き、自分の魔力を借りてフィデスが防御しているのだとルティウスも気付いた。
「間に合わせたんだから褒めてよぉ!お馬さん達も守らなきゃいけないんだからねっ!」
閉じられた幌の外から聞こえてくる声は、弾んでいるように思えてもどこか真剣さを帯びている。
「なぁ、レヴィ!」
「何だ」
こんな時、レヴィに尋ねても普通には答えてくれない。それを既に理解しているからこそ、金色の瞳を真っ直ぐに見上げ、ルティウスは感じたままの核心を突いて問う。
「魔物⋯それも、普通のじゃないんだろ?」
皆の守りたいと願う思いよりも、遥かに強い意志を宿す蒼い瞳を見下ろして、レヴィは諦めたように微笑んだ。
「⋯この辺りには居るはずのない、レイスが現れている」
「⋯⋯レイス?」
それは保護者からの許諾に等しい。知らせないようにと幌を閉じていたが、ゼフィラは再び幌を捲って、外の様子をルティウスへと伝える。
「魔物の襲撃でございます。リーベル様が撹乱し、ジェロア様が火炎魔法で対抗しておられます」
眠りを妨げるほどの爆音が、ジェロアの放つ攻撃魔法だと知り、ルティウスは蒼い瞳を見開いた。
「⋯ジェロアおじさん、すごい⋯魔道士だったんだね?」
無垢な少年の純粋な感嘆の声は、どんな鋭利な剣よりも深く、男の背中へと突き刺さる。
「うぐぅ⋯!おじさん⋯⋯いや、俺が魔道士なのも知らなかったんだっけな、そういえば⋯⋯!」
精神的ダメージに悶えつつも、軽口と共に火炎魔法を連発するジェロアが並の魔道士とは一線を画す実力者であると、ルティウスも気付く。
「⋯すごい、さすが叔父様の友達だ!」
おじさん呼びというダメージも無く、背後から届く素直な賞賛の声に、ジェロアはにやりと笑みを浮かべる。
「ふふん!俺だって、やる時はやるんだぜぇ?」
その一言を皮切りに、ジェロアが放つ火炎は威力を増した。リーベルが引き返すまでの護衛のつもりでいたが、殲滅する勢いで火柱を立ち上らせていく。




