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竜と神のヴェスティギア  作者: 絢乃
第十八話 Insidiae

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 ガタガタと規則正しい振動の伝わる荷馬車は、ゆっくりと街道を北上していく。乗り物酔いを恐れていたはずのルティウスだったが、揺れに酔う事もなく、乾いた涙の痕を残したままレヴィの腕の中で眠り続けていた。

「ルティ君、泣き疲れちゃったかな?」

 静かな声で呟くフィデスの一言を受けて、レヴィは自身の膝の上で寝息を立てる少年の表情を見下ろし、僅かに金の瞳を細めた。

 奪還を願っていた祖国の、実質の崩壊。そして語らずとも察してしまった実父の死。

 全てを知ったルティウスは、それこそ子供のように泣き続けた。感情を押し殺しがちな少年の深い悲しみを受け止め、レヴィは掛ける言葉を見つけられないまま、ルティウスが落ち着くまで抱きしめ続けた。

「母親の事は、時々話していた。だが父親の事はまるで話そうとしなかった⋯⋯」

 これほど憔悴するとはレヴィも考えていなかった。だが口に出さないだけで、疎遠でありながら父親をも愛していたのだと、改めて思い知る。

「⋯姉の婚約が決まった時に、わたくしも皇帝陛下へ謁見致しました。皇帝というお立場にあっても、ご子息達の幸せを願っている⋯そう感じ取れたものです。きっとその想いは、ルティウス殿下にも伝わっていたのでしょう」

 悲しげな視線を向けるゼフィラが補足するように告げ、レヴィは僅かに、ルティウスを抱いている手に力を込めた。

 自身のように父親の振りをした偽物ではなく、本当の家族を失った心の痛みは、容易に想像出来るものではない。

 だがレヴィは、その痛みを知っている。

 遠い過去の記憶を思い出すように金の瞳を閉じてから、胸元に寄り掛かる少年の深い緋色の髪をそっと撫でた。


「うーわ⋯やっぱり出たかぁ⋯」

 絶望に苛まれたルティウスを穏やかに眠らせていたい⋯一同の共通する思いは、停止する馬車の振動と、御者台に座るジェロアの一言で打ち砕かれた。

「⋯ったく、しゃーねぇな!」

 咄嗟に長剣を抜いたリーベルが面倒臭そうに呟き、ジェロアの隣から地面へと飛び降りる。

「なになに~?どしたの?」

 軽い声で問うフィデスに対し、レヴィは反射的にルティウスの身体を片腕で抱きしめて、馬車の外へと鋭い視線を向けていた。

「⋯魔物か」

 幌を捲り外の様子を確かめるゼフィラもまた、腰に携えている短剣に手を掛けた。

「多いですね。十は超えているでしょうか⋯」

 荷馬車の前方を取り囲むように出現した、小規模な魔物の群れ。薄く立ち込める霧の中で怯えた二頭の馬が嘶くものの、ジェロアは手綱を強く握り馬達を抑えた。

「おぉっと⋯⋯やれやれ、俺はこの子達を守らなきゃいけないからさ⋯リーベル、あとは頼んだよ~?」

 御者台に座ったまま普段と変わらない口調で、実力を知る旧友へと全てを託す⋯もとい、丸投げした。

「おいぃ?お前さん、そこに座ったまんまでも魔法撃てるだろうが!」

 叫びながら、リーベルは間髪入れずに地面を蹴り、両手で握り締めている長剣を振り上げた。

 襲い来るリーベルの剣には目もくれず、荷馬車を睨み続けている巨大な熊⋯グルマンベアは、四足歩行のまま突き進む。けれどその歩みはリーベルによって沈められる。

 振り下ろした剣が放つ闘気の斬撃は、一閃で熊の頭を斬り落としていた。

「よっし、まず一匹!」

 明るい声で宣言し剣を構え直そうとするリーベルの背後には、すぐにも別の魔物⋯レイスが迫ろうとしていた。

 しかしレイスはリーベルへ肉薄するよりも先に、地面から立ち上る業火によって瞬時に消滅していった。

「うぉっ⋯!なんだぁ⋯?」

 霊体に近いレイスは、剣士にとっては天敵とも呼べる。気配を探りにくく、物理攻撃は通らない。

 けれどリーベルの隙を埋めるように、御者台から右手を翳すジェロアが放ったのは、レイスの弱点である火炎魔法。

「相変わらず、後ろが隙だらけだなぁ?」

 瞬間的に立ち上った火柱はたちまち消え去り、後に残るのはジェロアの不敵な一言。

 ニヤリと笑うリーベルは、直ぐさま魔物の群れへと向き直り、ジェロアへ軽口を返した。

「うるせえよ!」

 十年が経っていても攻撃魔法の腕は衰えていないと知り、背後の懸念を捨ててリーベルは駆け出した。

「全く⋯。リーベルは本当に、周りを見てるんだか見てないんだか⋯⋯」

 ぼやきつつも、その声はどこか弾んでいる。

 御者台から動かず手綱を握り続けるジェロアの隣には、馬車の中から出てきたフィデスがちょこんと座る。幼気な少女の姿をちらりと横目で視認し、意識だけは魔物の群れの奥へと向けていた。

「おじさん、本当に魔道士だったんだね?」

 フィデスもまた視線だけは逸らさないまま、隣に座る男へと冗談混じりに話し掛ける。

「⋯ウッ!なぁ、そろそろお兄さんと呼んでくれないかな⋯⋯⋯」

「それよりもさ⋯」

 相変わらず『おじさん』呼びに精神的ダメージを受けるジェロアには構わず、フィデスは緋色の瞳を金に輝かせる。

「この地域に、レイスなんていなかったと思うんだよねぇ⋯?」

 弛緩していた空気は、その一言で僅かに張り詰めた。幌の内側から話を聞いているゼフィラも、フィデスの言葉を肯定するように返した。

「グルマンベアも、食べ物を狙って人を襲う事はあります。しかしレイスと共に現れるなど、わたくしも聞いた事がありません」

 ルティウスと、核の傷を負うレヴィを護るべく馬車に残っているが、ゼフィラはリーベルの加勢に向かうか悩み始めていた。

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