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「いや、あのよ……」
だがやり取りを見守っていたリーベルは冷静に、最も確実な案を呟いた。
「酔いそうになったら、止まって休憩すりゃいいだろ。こっからメルカトスまでなんて、ゆっくりでも一日かからねえんだから…」
覚悟するように意気込んでいたルティウスさえも、リーベルへと視線を向けて固まる。
「そうだねぇ⋯俺も時々休みたいし、馬も休憩は必要だからね。走りっぱなしって事にはならないよ?」
ラテーレ村とメルカトスの往復を幾度もこなしているジェロアが、決定的な一言を口にした。
気まずさの残る沈黙が広がり、口論をしていた竜神達も、恍惚とした笑みを浮かべた公女も、走ると気合いを入れようとした少年も、揃って御者台に視線を向け、誰もが早とちりをしていたのだと自覚し、口を閉ざした。
「それを早く言え、リーベル!」
まるで八つ当たりのように吐き捨てるレヴィの声は、不機嫌そのものでありながら、ほんの少しだけ上ずっていた。
「いや、お前さんも保護者なんだから、気付けよな⋯」
呆れた声で返すリーベルを、どこか悔しげに睨み付けるレヴィ。そんな古き友を他所に、提示された案が真っ当だと納得したフィデスはゼフィラと共に、後方の幌を捲り上げそそくさと馬車へ乗り込んでいる。
その様子を見ていたルティウスも、すぐ側に立つレヴィの白いローブの端を掴み、照れ笑いを浮かべて囁いた。
「俺達も、乗ろうか⋯」
レヴィの根底にあるのは、ルティウス本人の意思の尊重。
「⋯そうだな」
少年の言葉を否とはせず、それまでの不機嫌など無かったように穏やかな笑みを浮かべて、レヴィも軽く首肯し馬車へ乗り込むと決めた。
二人で車台の後方へ移動しようとしたその時、宿の方からルティウス達を呼び止める声が聞こえてきた。
「坊ちゃん達~、ちょいと待っておくれ~!」
宿の玄関から、何かの包みを抱える女主人アーダが、慌てて馬車へと駆け寄ってきた。
「あっ、おばちゃん!」
幌の隙間から顔を覗かせ、満面の笑みを浮かべるフィデスに笑い返すアーダは、急いでいたのか息を切らせていた。
「⋯ふぅ、間に合ってよかったよ!これ、道中にでも食べな!」
大きな包みを、馬車に乗り込む前だったルティウスへと手渡す。ずしりとした重みが伝わりよろけそうになるが、傍らに立つレヴィが横から取り上げ、代わりに持ってくれていた。
「あの、これは⋯?」
戸惑うルティウスが、アーダを見上げて問う。すると大柄な女主人は朗らかな笑みを浮かべて、ルティウスの頭を軽く撫でながら優しく言った。
「坊ちゃん、育ち盛りだろう?ちゃんと食べないと、大きくなれないよ?」
ルティウスの年齢を知らないアーダには、悪気などない。
成長期などとっくに過ぎている事を知る大人達はクスクスと笑い、言われた本人であるルティウスも、歪みそうになる顔を必死に留めて笑顔を向け続けた。
「⋯あ、ありがとう。たくさん、食べるよ」
少しだけぎこちなく返すと、満足したアーダは御者台に座るジェロアへ視線を向けた。
「村長さん、今度は何日くらい行ってくるんだい?」
僅かに声色を変えて問うアーダへ、ジェロアは考える素振りを見せてから躊躇いがちに返す。
「ん~⋯今回は、ちょっと長いかも?こいつらもいるし、少し遊んでこようかなって」
会話を聞きつつ馬車へ乗り込んでいくルティウスは、アーダの小さな変化に気付いていた。おおらかに笑う彼女の表情は、微かに曇っている。
「⋯そうかい?まぁ、何はともあれ、気を付けて行ってくるんだよ。ちゃんと帰っておいでね?」
「分かってるよ。それじゃあ⋯⋯みんな、出発しようか」
ジェロアは宣言すると同時に、握っていた手綱を握り直し二頭の馬へと合図を送る。ゆっくりと歩き出す馬に引かれて、馬車は静かに動き出した。
「おばちゃーん、またね~!」
車台から身を乗り出し、フィデスが手を大きく振りながらアーダへと声を掛ける。笑顔で見送るアーダの表情は、やはり不安を滲ませているように感じられて、ルティウスは僅かに首を傾げていた。




