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「なあルティウスよ…」
「…あっ、え?な、何?」
唐突な呼び声に、ルティウスは慌てて視線を上げる。
「お前さん、コイツは大丈夫なのか?」
リーベルが親指で背後の車台を示す。ルティウスは馬車を見回し、自信を持って頷いた。
「あ、うん!馬車は何度か…皇都でも乗っていたからね」
皇子であるルティウスにとって、馬車は慣れたもの。国の外へ出た事は無かったが、都市内の移動で乗った事は何度もあったから。
「……だがなぁ、こいつは荷馬車だぞ?皇族が乗るような、がっちりした奴とは違うし…揺れるぞ?」
少しだけ脅すようにリーベルが言うと、明るい顔をしていたはずの少年は次第に表情を曇らせていく。
「え、揺れる…の?」
思い出してしまうのは、船酔いをした時の苦しい記憶。何をしても吐き気が込み上げ、ずっとレヴィの膝枕で横になっていた時の事。
「……急に、不安になってきちゃったな」
だが今は、あの渡し船の時とは違う。
「ご心配なく。殿下が体調を崩されたら、わたくしがどうにか致します」
乗り物酔いへの不安を抱くルティウスの手を取り、ゼフィラが嫋やかな笑みを浮かべて宣言した。
「どうにか、って…?」
まだ不安を払拭出来ていないルティウスが問うと、笑みを浮かべたままゼフィラはゆっくりと魔力を解き放ち、少年の身体を覆うように風の力を纏わせていく。
「え…あ、わぁっ!」
直後、ルティウスの身体は宙に浮いていた。
「こうして浮かせてしまえば、揺れによって酔う事も無くなります」
実演を終え、満足したようにゼフィラは魔力を霧散させる。再び地面に足を付けたルティウスは、何度も瞬きを繰り返していた。
「いや…ありがたいけど……ゼフィラの魔力、枯れない?」
真面目に問い掛けてみるが、恋する公女の想いはただ一つの理由に帰結する。
「殿下の為に魔力を枯らすのなら、本望でございます…」
「いや駄目でしょ!」
乗り物酔いへの具体的な解決案と思わせて、ただゼフィラが自分を犠牲にするだけという事実に、ルティウスも思わず声を荒げていた。
だが草葉の陰からようやく帰ってきたジェロアが、青褪めた笑みを浮かべて、覇気の無い声で囁いた。
「大丈夫~……ちゃんと、揺れの少ない街道を、通るから~……」
覚束ない足取りで御者台へと戻り、少しだけ震える腕を伸ばしてリーベルから手綱を取り返す。
「それにね…ほら、俺は交易も兼ねて付いていくからさ。荷物も結構積んでいてね…」
そう言って、ジェロアは馬車に積まれている品物を見せるように、幌の一部を捲り上げた。
多くの木箱が積まれており、ラテーレ村の特産品を卸しに行くというジェロアの『仕事』が本当なのだと、ルティウスは感心したように中を見回す。
「ジェロアおじさん…本当に、村長だったんだね?」
「えっ!」
凍り付いたように、ジェロアはそのまま硬直していた。
隣に座るリーベルは、二日酔いなど忘れたように腹を抱えて笑っている。
「…殿下を、このような馬車に…?やはり、公国から専用のものを手配するべきでしたね…」
ルティウスには不自由のない旅を…。
サルースからそう託されていたゼフィラは、車台の様子を確かめて、何故か青褪めた顔をしている。
「いや、ゼフィラ。俺、一応隠れてなくちゃいけないんだろ?公国の専用馬車なんて、目立っちゃうだろ!」
手配されていなくて良かったと安堵するルティウスの背後から、レヴィまでもがズレた提案をし始める。
「ルティは私が抱えていればいい。酔うようなら、そのまま飛べばいいだろう」
「駄目に決まってんじゃん!あんたは核の傷があるんだから、無暗に力を使おうとするな!っていうかすぐ抱えようとすんなッ!」
咄嗟に振り返ったルティウスは、レヴィを案じるが故に容赦なく怒鳴り付けた。
賑やかになり始める空気の中で、フィデスもまた、乗り物酔い対策と称して唐突な一言を発する。
「じゃあさじゃあさ!ボクが、ずっと街道の土を整地し続けてあげよっか?揺れないように、カッチカチに♪」
最も具体的であり、建設的な提案だとルティウスは感じていた。だがそれを良しとしない者が、たった一人だけ存在している。
「却下だ。ルティの魔力を無駄遣いする気か」
低められた声で否とするレヴィが、待機している馬の横で自信ありげに立つフィデスを睨み付けた。
「なぁんでよ!レヴィだって、ルティ君を抱えて飛ぶなら魔力借りるんじゃん?」
「お前と一緒にするな。私はルティのために⋯」
「ボクだって、ルティ君のために考えてるんだよ!」
突然始まる、竜神達の口論。
決して仲が悪くはないはずの、水と土の竜が言い合う様は珍しく、それこそが一人の少年へ向ける思いの強さを表している。
しかし当の本人であるルティウスは、深く溜め息を吐いてから、冷静に答えてしまった。
「いいよ、もう。俺、直接走るよ。鍛錬ついでに⋯」
ルティウス自身が辿り着いた答え。
乗り物に酔うなら、乗らなければいいだけの話。船と違い馬車ならば、横を歩く事も走る事も可能だ。
竜神達の言い争いを止めるべく導き出した苦肉の策。同時にルティウスへ振り向くレヴィとフィデスは、反省するように視線を落とし、それ以上の言葉を紡げなくなっていた。




