0186
「叔父様もジェロアおじさんも、かなり飲んでたもんね⋯?」
ルティウスの言葉に、ゼフィラも困ったように微笑む。
「そうですね⋯わたくしもかなり頂きましたが、どうにも翌日には残らない体質のようでして」
レヴィとウェンティが場を離れ、フィデス達三人も不在。
残されたルティウスは、ゼフィラとの共通項を再び見出し、嬉しそうに笑いながらゼフィラへと返す。
「あ、俺もそうみたいなんだ!すぐ酔っ払うみたいなんだけど、寝て起きたら全く何も無くてさ⋯」
身を乗り出すようにして話すルティウスを見て、ゼフィラも楽しそうに目を輝かせた。
「まぁ、左様でしたか⋯ではメルカトスに着いて、お時間がございましたらご一緒に如何です?おすすめのお店があの街にはあるのです!」
「いいね!是非、案内してくれよ!」
興奮冷めやらぬ様子で、目の前に立つゼフィラの手を取り、ルティウスは満面の笑みで応えた。。
不意の行動に、ゼフィラは動きを止める。姉のウェンティよりも濃い銀色の瞳は、驚きに見開かれていた。
「⋯⋯ゼフィラ?」
一体どうしたのかと、少しだけ顔を見上げる。そこでルティウスもはっとしたように、互いの身の上について思い出す。
自分が皇子であるのと同じく、ゼフィラもまた第三公女という王族の淑女。その手を断りも無しに握ってしまうなど、勢いとはいえあってはならない無礼だ。
「あっ、ごめん⋯つい!」
ルティウスは慌てて手を離そうとする。だがゼフィラは、咄嗟にルティウスの手を強く握り返した。そして、困惑するルティウスを見つめながら、少しだけ震える声で告げる。
「少し⋯驚いてしまっただけでございます。どうか⋯このままで⋯」
「⋯⋯⋯え?」
温かく柔らかな指先が、ルティウスの手を包み込むように握り締める。
許可はされたのだろうが、婚約をしている訳でも、夜会や舞踏会とも違う。
困惑し、動揺する。慣れない女性の温もりに触れて、ルティウスは思わず顔を赤らめ、視線を落とした。
「殿下⋯⋯」
控えめな、だが艶のある声に呼ばれ、ルティウスは動揺を滲ませた蒼い瞳をゼフィラへと向ける。彼女の穏やかな眼差しは、微かな願いを秘めて、真っ直ぐにルティウスを捉えていた。
「ど、どうしたの⋯?」
その眼差しから、目を逸らせない。
ゼフィラが何を言おうとしているのか、全く察しはつかない。それでも、ふざけた態度で聞いていいものではない事だけは理解できた。
それは、恋する公女の、一大決心だった。
「殿下、わたくしは⋯⋯ずっと⋯──」
「──⋯うぉーい、ウェンティちゃんはまだ居るかぁ~?」
その声は、リーベルのものだった。
レヴィという鉄壁の保護者に守られ、ルティウスと二人きりで話せる時など滅多にない。だからこそ、ゼフィラは千載一遇の好機とも呼べる今、秘めていた想いを伝える覚悟を決めたのだ。
しかし、ゼフィラの決死の想いは、折悪く響いた喧騒によって遮られた。伝えられなかった想いに、ゼフィラは呆然と立ち尽くしてしまう。
「あっ、叔父様!」
ルティウスも声の主を認識し、弾かれたように振り返る。その勢いで、繋いでいた手もついに離れてしまった。
一瞬、表情を曇らせたゼフィラだが、即座に嫋やかな笑みを取り戻す。ルティウスの隣へと移動し、リーベル達を出迎えた。
「お帰りなさいませ。無事に、馬車の手配は済んだのですね?」
二頭の馬が引く車台から、フィデスが元気よく身を乗り出して手を振る。御者台に座るジェロアは、手綱を握りながらも青褪めた顔をしている。隣には、同じく顔色の悪いリーベルが並び覇気の無い視線を向けていた。
同じタイミングで、密談を終えたレヴィとウェンティも戻って来る。
近付いてくる馬車へ向き直り、ルティウスは小さな声で「うわぁ…」と呟いた。男達の予想以上の顔色の悪さに、もはや呆れは消え失せ、純粋な心配だけが残る。
「…なんだか、お二人とも……」
「うん……ダメそうだね」
ゼフィラとルティウスは、同じ見解に至る。二日酔いには気を付けよう…ぐったりとしている男達から、二人は学んだ。
ふと、隣に戻ってきたレヴィを見上げる。表情はいつもと変わらないが、彼が纏う雰囲気は普段よりも少しだけ張り詰めていた。
「…何かあったの?」
すぐに気付いたルティウスが問う。レヴィはちらりとルティウスを見下ろした後、視線を逸らし、少しだけ躊躇いがちに告げた。
「……後で話す」
じっと見つめていても、レヴィの表情が変わる事はない。だが金色の瞳はリーベルを捉え、僅かに細められている。
「叔父様も、関係する話⋯?」
ただの勘でしかない。それでも確信を持って問うと、大きな白い手が少し乱暴に頭を撫でてきた。
「今は、見送りの事だけ考えていろ」
言いながら視線を向けると、むくれるルティウスの横で真剣な目をしたゼフィラが、ちらりとレヴィへ目配せしている。
この女も知っている⋯。レヴィがそう悟るのに、時間は掛からなかった。
「ルティ君っ、二日酔いは大丈夫かい~?」
停止した馬車の車台からフィデスが元気よく飛び降り、体調を窺うようにルティウスを見上げた。
「あ、うん。俺は問題ないよ⋯⋯でも、叔父様達は⋯」
答えてからルティウスは御者台に座る二人へ目を向ける。顔色の悪いジェロアは、手綱を握ったまま白目を剥いていた。




