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再び静寂が訪れる部屋の中で、未だレヴィはルティウスをしがみつくように抱き締めたまま眠っている。
「レヴィ、朝だよ…そろそろ起きろよ?」
「…………ん…」
声を掛けても、抱き締める腕の力が強められるだけ。時折、こうして寝起きが悪いどころか、寝汚い事は稀にある。諦めてしまっても良かったが、カリエス戦からここまで世話になったウェンティの出立はきちんと見送りたい。その一心で、ルティウスは心を奮い立たせる。
「起きないと、ウェンティ…義妹様に、伝言頼んじゃうぞ?レヴィが寝汚いって…」
きっともう意識はあると信じて、悪戯っぽく宣告してみる。するとそれまで小さく呻くだけだったレヴィの声は、唐突なまでにはっきりと言い返してきた。
「やめろ余計な事を吹き込むな」
視線を向ければ、金色の瞳が不機嫌そうに細められルティウスを睨んでいた。
あまりにも早い反応に、笑いが込み上げる。
「…そんなに、アール…だっけ?風の竜に知られるのが嫌なのかよ?」
抱き締めていた腕を離し、レヴィはすぐにもその場に身体を起き上がらせる。そしてルティウスを見下ろし、それまで以上に不機嫌な顔をして呟いた。
「…アールだけなら良い。そこからイグニアに伝わるのだけは駄目だ…」
額に手を当てて項垂れるレヴィは、本気でイグニアという存在に、寝汚いという弱みを知られたくないのだと、その反応から察する。
「⋯イグニアって、南に居る炎の竜神⋯だっけ?」
そして改めて問う。
レヴィとフィデス、水と土の竜神はこうしてすぐそばに居る。そして風の竜神は、ヴェネトス公国を守護する神であると、ゼフィラからも聞かされている。
最後の一柱としてイグニアが居るのだと分かっても、外交を行った事すらない末の皇子であるルティウスは、その詳細の片鱗すらも知らなかった。
「⋯⋯そういえば、教えていなかったな」
項垂れていた顔を上げ、寝起きで僅かに乱れている白銀の髪を軽く掻きあげるレヴィが、ゆっくりと語った。
「我ら竜は、元々の生息地も四方に散っていた。南のイグニア、西のアール、北のフィデス⋯東が私だ」
レヴィは徐にベッドから立ち上がり、夜食のトレーを置いたテーブルへと向かう。掛け直していた白い薄布を外し、冷えた紅茶を二つのカップへと注いでいく。すぐにもベッドへ戻ると、一つをルティウスへと渡しながら続きを話し始めた。
「以前話した通り、かつてのオストラ撃退の功から、我らは神を冠した。そしてそのまま、元の生息地を守護領域として割り当てられた」
ベッドへ座りながら語られた、神話にも等しい彼らの過去。こうして当人から聞かされる事で、ルティウスの頭にも違和感なく知識として吸収されていく。
「⋯神へと至ったところで、我らのする事はただの竜であった時とさほど変わらない。大きな脅威や天変地異でも無ければ、自由に各地を行き来する事も出来たからな」
そして静かに語っていたレヴィの表情は、急激に怒りを帯びたものに変わっていく。
「だがイグニアは⋯わざわざ東へ来たかと思えば、面倒事を私に押し付けるか、長雨で頻発する水害から救ってやると言って、逆に大陸を干上がらせる寸前まで力を解放していってな⋯⋯⋯」
それはまるで、昨晩フィデスから聞いたレヴィの失敗談と似ているように感じた。
大きな力を操り切れず、やり過ぎてしまったというレヴィとイグニア。
本当は仲良いんじゃないの?と言いたくなったが、レヴィの逆鱗に触れるのは確実と思い口を噤んだ。
「⋯で、レヴィも南の島を水浸しにしちゃった、と?」
フィデスの話からレヴィのした事を端的に呟くと、鋭い視線がルティウスへと向けられた。
「⋯⋯何故、こんな時に限って記憶を飛ばしていない?」
「え⋯⋯?」
「⋯いっそもっと飲ませれば良かったのか?」
「ちょっと?俺の記憶を無くさせようとするなよ」
不穏な発言を聞き取ったルティウスが抗議するも、レヴィは軽く息を吐いて結論を告げた。
「私とイグニアは、元が相反する属性の竜だ。決して分かり合う事も無い。仲が良いなどと、絶対に考えるな」
僅かに思い浮かんだ可能性を見抜いたかのように釘を刺され、ルティウスは何も言わずにこくこくと頷きを繰り返す。厳しい表情をしていたレヴィはその反応を目にして、どこか安堵したように息を吐いていた。
やはり、ただ苦手としているだけで本当は仲が良いのかもしれない。声には出さず胸の内に留めおき、いずれ出会う事になるだろうイグニアとレヴィのやり取りを、どこか楽しみだと考えていた。
空になったカップをルティウスから回収し、レヴィは再び立ち上がるとテーブルの上へと戻しに行く。
「⋯ウェンティの見送りをしたいのだろう?その姿のままで行くつもりか?」
やっぱり聞いていたのか⋯そう問い質したくなるも、ルティウスは言われてから己の格好を確かめる。
宿に備え付けのゆったりとした部屋着のまま、寝起きで髪も乱れた、だらしない姿のままであった。
「⋯ん、着替える!ウェンティ義妹様の前にこんな格好で出たくないっ!」
言いながら慌ただしく動き出し、元着ていた服へと着替えていく。カリエス戦の際に随分と汚れたはずだが、全てが綺麗に洗われ、血の痕すらも残っていない。
既に慣れた白い服に袖を通し、両手で雑に髪を整えようとする。だがそれよりも早く背後に立ったレヴィの指が、柔らかな緋色の髪を梳いていく。
「慌て過ぎだ」
優しく撫でるように白い指を通し、癖のない髪を整えていく。抗うこと無くレヴィに任せていたルティウスは、軽く息を吐くように笑い声を発した。
「⋯何を笑っている?」
問われてから振り向き、少しだけ怪訝な表情を浮かべているレヴィを見上げて嬉しそうに呟いた。
「ありがと、お父さん⋯」
人前では口に出来ない、新しい呼び方。気軽に父と呼べる相手はレヴィが初めてであり、慣れの無さから照れ臭そうに呼ぶと、目を丸くしたレヴィはしばらく固まってから、整えたはずの頭を乱暴に撫でてきた。
「ちょっ、何すんだよ!直してくれたんじゃ⋯」
「⋯⋯⋯さっさと見送りに行くぞ」
抗議するルティウスの横を通り過ぎ、先に扉へ向かうレヴィの白い肌は、少しだけ紅潮しているように見えた。
永きを生きるレヴィでさえ、父と呼ばれるなど初めての事。少しの気恥しさと、親のように慕ってくるルティウスへの溢れるほどの愛おしさから、普段通りの表情を保てなくなっていた。
子を持つ親とはこんな気持ちかと、新たな知見を得ると共に、何があってもルティウスを守るという強い覚悟をも抱いていた。




