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窓の外からは、村の人々であろう話し声が聞こえてくる。温かい…を通り越して、少しだけ暑さを感じて身動ぎするルティウスの意識が浮上すると、部屋の中は陽の光で明るく眩さに表情を顰める。
「……あっつい」
その暑さが抱き締められているせいなのか、今日が比較的気温の高い日だからなのかは、寝惚けた頭では判別しきれなかった。
微睡の中を漂い、けれど暑さよりも心地良さを覚える温もりへと擦り寄って再び意識を手放そうとしたその時、扉をノックする音が耳に届く。
ふわふわとしていた意識が急激に覚醒し、ぱちりと目を開ける。至近距離から感じられるレヴィの寝息によって現状を理解したルティウスは慌てて起き上がろうとするが、やはり身体を抱き込む腕は簡単には離れてくれない。
「…やばいっ!もう…この状況何度目だよ…!」
焦るルティウスを他所に、扉の向こうからは穏やかなゼフィラの声が聞こえてきた。
「おはようございます。殿下…か、レヴィ様。起きていらっしゃいますか?」
フィデスやリーベルでもなければ、この状況を目撃されたところで大惨事にはならないだろう。そんな信頼と安堵を寄せるゼフィラへ、ルティウスは少しだけ声を張って返した。
「起きてるよ。どうしたの?」
その声に反応したのか、レヴィがもぞもぞと動いた。さらに強くルティウスを抱き締め、どこか不快そうに表情を歪めている。
離せ…と叫びたい気持ちを抑えて、ルティウスはゼフィラからの返答を待っていた。
「はい。ウェンティ姉様が、間もなくここを発ちますので、ご報告に…」
言葉が切れると同時に、扉がゆっくりと開いていく。ゼフィラなら大丈夫だろうという信頼と、ゼフィラだからまずいという不安が同時にルティウスの心を埋め尽くし、焦る気持ちは次第に膨らんでいった。
そして…。
「………まぁ!」
「……お、おはよう」
扉を開け放ち、同じベッドの上で抱き合っている二人を目撃したゼフィラは、どこか楽しそうに笑みを浮かべ、何故か少しだけ頬を染めていた。
「ち、違うからね?レヴィが寒がってたから、やむなくこうして…!」
慌てて弁解しようとするルティウスの言葉を、だがゼフィラは揶揄う事もなく表情を真剣なものに変えて受け止めた。
「…竜は、元々が高位の存在。気温の変化などには強い種だと、アール様からも伺っておりましたが…やはりレヴィ様は…?」
レヴィの竜の核が傷付いているという事実は、ゼフィラも知っている。その影響については、レヴィを診た再生を司る土竜のフィデスでさえも分からなかった事。
「……うん。多分、そのせいでレヴィは、俺よりも寒がりになったかもって…自分で言ってたんだ」
未だ目を覚まさず、表情を歪めつつもルティウスの懐へと顔を埋めて眠るレヴィに視線を向けて、心配そうな声でゼフィラへと告げた。
「左様でしたか…」
事情を汲んだゼフィラは即座に、だが静かに扉を閉めて、二人が横たわるベッドの脇に置かれている椅子へと優雅な仕草で座った。
「昨晩、ジェロア様から伺いました。レヴィ様の核の傷を治せるかもしれないという『星の雫』の取引は、六日後にノービリアで行われる予定だと…」
その会話が、あの酒宴が行われる前に交わされたものだという事は、ルティウスも察していた。ウェンティが発つという話も、そうした現状に関わるものなのだろうと。
「そして取引が行われるであろう場所は、ノービリアの迎賓館。こちらは、首都で情報を集めていたセレーナ姉様から、わたくしに届けられました」
真剣な声で続けて語られた話は、ルティウスにとっては寝耳に水だった。けれどレヴィのために、遠く離れた場所からも力を貸そうとしてくれている人が居るという事実に、深刻な状況でありながらも胸が温かくなる。
「…セレーナ義妹様にも、いつかちゃんとお礼を言わなくちゃいけないな」
兄の婚約者であるセレーナは、いずれルティウスにとっても姉となる存在。敬意を込めてゼフィラと同じように呼ぶと、ゼフィラは口元に手を添えて、穏やかな笑みを浮かべていた。
「…ウェンティ姉様の事も、是非とも『姉』と呼んであげて下さいませ。妹ばかりで、ずっと弟を欲しがっておりましたから」
報告を終え、どこか満足げな表情に変わったゼフィラは立ち上がり、部屋を出るべく再び扉へと向かっていく。
「あ、ゼフィラ!」
扉に手を掛けた直後、ルティウスは咄嗟にゼフィラを呼び止めた。深い碧色の髪を揺らして振り返るゼフィラの視線の先では、部屋の隅に設置されているテーブルへ向こうと必死に上体を浮かせているルティウスの姿があった。
「あの、夜食ありがとう!」
過保護な保護者の腕に捕らわれたまま、必死に視線でテーブルを指すルティウスにクスッと笑い、ゼフィラは一言だけ返す。
「どう致しまして」
ゼフィラは、ただ宿の主人アーダに依頼しただけ。礼を言われるような事をしたつもりなど無かった。けれど恋しく想うルティウスからの感謝は、ゼフィラの心にこの上ない大きな歓喜を生んでいる。
温かな気持ちが広がると同時に、恋しい人が何よりも大切に想うレヴィの傷を治すため、尽力を惜しまないという決意も抱いて、ゼフィラは部屋から出て行った。




