0181
ふと目を覚ますと、薄暗い天井が視界に映り込む。まだ夜なのかと認識し重たい瞼を再び閉じようとしたルティウスは、すぐ右隣に慣れた温もりを感じて視線を向ける。
核の傷のせいで寒がりになったと告白したレヴィが、ルティウスの小さな身体を抱き締めるように腕を回して眠っている。その寝顔はとても穏やかで、自分の体温が彼にとって安らぎになっているのだと思えて少しだけ嬉しくなった。
起こしてしまわないようゆっくりと寝返りを打ち、レヴィがいる方へと身体を向ける。至近距離で整った顔を眺め、改めてその美しさを実感した。
肌は白く、白銀の髪と同じ色の長い睫毛が薄く影を落とし、それでも曇る事のない顔立ちは男のルティウスから見ても綺麗だと思える程。
「……ほんと、美人なんだよなぁ」
ごく小さな声で呟き、まじまじと見つめながらレヴィの表情へ思いを馳せる。
この美貌も、ルティウスが安易な行動を起こそうとすれば動揺や怒りを誘発し、容易く歪ませてしまう。
彼にとっての自分が大きな存在である事を、これまでの出来事を思い返して深く胸に刻んだ。
そうしてレヴィの温もりに包まれながら微睡み、もう一度眠りにつこうとした矢先の事。
自身の腹から、鈍くも残念なぐぅ…という音が鳴り、うとうとし始めていた意識は現実へと引き戻されてしまう。
耳に届いた音のせいで、それまで気にも留めていなかった空腹が実感となってルティウスを苛む。一度気にしてしまえば、何か食べるまではきっと腹の虫は鳴り止まないだろう。
「…どうしよ」
どうにか抜け出して何か食べに行こうと考えても、離れてしまえばレヴィが寒がるかもしれない。それ以前に、レヴィの腕は包み込むようにルティウスを抱き締めている。起こさないように離れる事は不可能だった。
細心の注意を払いながら身動ぎを繰り返し、腕の中からの脱出を試みるルティウスだったが、そんな努力は徒労に終わる。
「じっとしていろ…」
至近距離から声が聞こえ、起こしてしまったのだと気付いた。
「あ、ごめん…」
小さな声で謝罪するが、目の前にある金色の瞳は寝起きならではの不機嫌を滲ませている。
言われるがまま身動きを止め、諦めるように身体から力を抜く。だが意識しないようにしていても、腹の虫は至極正直にその欲求を訴えてくる。
再び鳴り響いたぐぅ…という音は、寝起きでまだぼんやりしているレヴィの耳にも届いていた。
「……えっと」
気恥ずかしさから視線を逸らし、隠れるようにブランケットの中へと沈んでいく。
やがてレヴィの胸元の位置まで潜り、完全に顔が見えなくなったところで、レヴィはようやくその事実を思い出していた。
「そういえば、何も食わずに戻ってきてしまったな…」
昨晩、夕食のために食堂へ向かったが、そこで起きたのは混沌渦巻く酒宴。真っ先に泥酔したルティウスを休ませるべく部屋へと戻ったが、結局何も食べないまま強い酒を飲んだだけだった。
「腹が減ったんだろう…」
言いながら起き上がろうとするレヴィがブランケットを捲ると、深夜の冷えた空気にルティウスは少しだけ身震いした。
寒そうに縮こまるルティウスを見下ろして、僅かに逡巡してからそっとブランケットを元に戻す。
「…レヴィ?」
二人分の温もりが残る厚手の布に包まって、起き上がったまま何かを考えている様子のレヴィを不思議そうに見上げる。しばらくして視線を落としてくるレヴィは、怪訝な表情を浮かべて問う。
「お前、酒の影響は?」
以前よりも遥かに強い酒を飲んで泥酔したルティウスは、記憶を飛ばすか二日酔いに苦しむとばかり予想していた。しかし眼下で蒼い瞳を瞬かせる少年には、少なくとも二日酔いの体調不良は見られない。
問題は記憶の方だが…覚えているのか確かめる事を、レヴィは僅かに躊躇う。
「ん~…特に問題は無いと思うけど」
あれだけ泥酔しておきながら、寝て起きれば影響は残らない。以前も同じだったと、レヴィは眼下で蒼い瞳を向けてくるルティウスを見つめ、想像以上に酒に強い体質である事に少しだけ驚いた。
「不調が無ければそれでいい…」
ベッドに寝転がったままのルティウスへ安堵の言葉を告げながら、手を伸ばし柔らかな緋色の髪をくしゃりと撫でる。穏やかな微笑みを浮かべて見下ろした後、視線を動かし扉の方へと向ける。
「ゼフィラあたりが、何か残しているかもしれんな。あれば持ってこよう」
そう言い残してベッドから立ち上がり、レヴィは扉へと向かう。部屋から出ようとする直前、思い掛けない一言がレヴィの背後から届く。
「……やっぱり、お父さんみたいだな」
嬉しそうに呟く声が聞こえ、扉に手を掛けたままレヴィはその場に立ち止まり目を見開いた。
酔っ払いの戯言に過ぎないと思っていた。しかしルティウスは、記憶を飛ばす事なく眠る前に告げた言葉を覚えている。
悪い気はしない。それどころか歓喜さえも沸き起こる。自然と口の端が上がり、軽く息を吐いてから、穏やかな表情でルティウスへと振り向く。
「少しだけ待っていろ。すぐに戻る」
どこか甘さも感じられるほどの優しい声で言い残し、レヴィは部屋から出て行った。




