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同時刻。
ヴェネトス公国北東部に位置する、郊外の農村。
その地に隠れ潜み、偽りの次期領主として過ごしていた帝国第一皇子サルースの元に、一つの報せが届けられていた。
それは公務のために首都の王城へと戻っていた、婚約者である第二公女セレーナからの手紙。
差出人の名前を見て、愛しいセレーナからの言葉を確かめるべく、いそいそと封を開けて綴られている文字に目を通していく。だがすぐに、だらしなく緩んでいた表情は真剣なものへと変わっていった。
「⋯そうか、ルティウス達はノービリアへ⋯⋯」
大切な末弟の動向は、義妹に当たるゼフィラによって逐一セレーナへと伝えられ、流れるように心配性な長兄サルースへと届けられる。
そうしてルティウスの行く先を予め知ったサルースは、弟とと同じ蒼い瞳を細めて深く思案した。
このタイミングでのノービリア行きは、サルースも予見していた事。公国の貴族が集う街へ向かうという危険を犯してまで、末弟が何を求めているのか⋯。
愛しい人からの手紙を丁寧に折り畳み、執務室を兼ねている自室の机へと向かう。ぎしりと年季の入った音を鳴らしてしまう椅子に深く腰掛けてから、机の引き出しを開けてセレーナからの手紙を大切そうに仕舞った。
真新しい封蝋が押された手紙と入れ替えるように、サルースの指先は引き出しの奥に押し込められていた、僅かに古びた封筒を手繰り寄せる。
ルティウスがノービリアへと向かう⋯。その目的を、サルースは『もう一つの情報源』から届けられた手紙によって知り得ていた。
サルースがその手紙を手にしたのは、僅か一ヶ月ほど前の事。
少しだけ古びた封筒に押された封蝋は、あまりにも古く劣化していた。受け取った時点で既にひび割れており、開封の際には慎重を期したものの砕けてしまった。
けれど知に富んだサルースは、割れた封蝋の破片からもその印章を正確に読み取った。
「⋯⋯サリア妃、継母上⋯⋯貴女は、ご存命であれば、僕なんかじゃ及ばないほどの知将であられただろうな⋯⋯」
砕けた封蝋の欠片に刻まれていたのは、泉に掲げられた剣という、グラディオス帝国を象徴する皇家の印章。
故人である継母からの手紙は、サルースへ宛てたもので、謁見した際に風の竜神アールより渡されたものだった。
何故、帝国の第二皇妃からの手紙が公国の主神へ託されていたのかは分からない。しかしサルースが受け取った事そのものが、差し出した第二皇妃サリアの狙いにも感じられた。
「…僕も、ここに引きこもっている場合ではなくなるかな」
手紙に記されていたのは、ルティウスがノービリアへ向かう目的。『星の雫』と称される宝石を探し求める事が啓示されており、その入手に手を貸してほしいという願いをサルースへ託す内容だった。
椅子に座ったまま古びた便箋を取り出し、綴られている文字を指先でなぞる。
「…波紋を凝縮したかのような模様の、青い宝石…か。あの子は、どうしてそんな大層な物を欲しがるんだろうね」
帝国にも、あらゆる宝石や魔石は献上されていた。しかし第一皇子であるサルースでさえ見た事もない。それほどの希少な宝石を求める『理由』までは、時を越えて届いた継母からの手紙にも書かれていなかった。
読み直した手紙を折り畳んで封筒へと戻し、セレーナからのものと同等かそれ以上に丁寧に懐へと仕舞い込む。
サルースに託された手紙は、彼女の子である末弟へも宛てられたものだと、読み返す度に実感していたから。
「……さて、セレーナにも手伝ってもらわなくちゃいけないね」
軋む椅子から立ち上がり、窓の外へと視線を向ける。
白い月は、まだ登り始めて間もない頃。灯かりすらつけず薄暗い部屋の中、サルースは一つの大きな決意を胸に抱き、同じ空の下で今も『真実』を知らないまま過ごしている末弟を想い、蒼い瞳を細めていた。




