0171
「では僭越ながら⋯サルース殿下から、姉づてにお聞きしたお話をお一つ⋯」
せめて耳を塞ぎたいと願っても、それすら許して貰えない状況に、いよいよルティウスは絶望よりも悲愴を強く滲ませていく。
「⋯殿下が四つか五つ頃の事だそうです。兄君と母君のちょっとした悪戯により、殿下はその頃まで『皇子もドレスを着飾るのが当たり前』と思い込み、皇子としての礼装をお召しのサルース殿下へ『お揃いのドレスを着よう』と申されたそうです⋯」
ゼフィラが言葉を切ると同時に、リーベルとフィデスの爆笑が食堂に響き渡った。
ウェンティも口元を押さえて笑っており、ジェロアは何故か瞳を輝かせてルティウスを見つめている。
そして尚も右腕だけでルティウスを拘束し続けているレヴィも、膝の上にいるせいで伝わる小刻みな震えから笑っているのだと分かってしまった。
「このお話を伺った時はどういう事かと思いましたが、幼い頃は母君と兄君によって幾度も、可愛らしいドレスで着飾られていたそうです」
そうして暴露されてしまったのは、幼い頃に幾度も、それこそ本人が勘違いをしてしまうほどに女装をしていたという事実だった。
幼きルティウスの『可愛らしい勘違い』を聞いたレヴィの微かな震えは、尚も続いている。フィデスは涙を流すほどに笑い、暴かれてしまったルティウス本人は顔を真っ赤にして、レヴィの腕に押さえられたまま項垂れている。
「⋯小さな頃の甥っ子君⋯⋯ほんっとうに、可愛かったんだろうなぁ⋯」
脳内で幼少のルティウスを想像し恍惚とした表情を浮かべるジェロアの隣で、笑いすぎによって涙を滲ませるリーベルもまた爆弾発言を投下していた。
「姉さんから手紙は貰ってたんだけどよ⋯あまりにもひらひらした服が似合うから、皇子じゃなく皇女として育ててみるか⋯なんていう冗談もあったなぁ⋯」
「⋯母君ご自身も、殿下の可愛らしいお顔立ちを前にしては、じっとしていられなかったのでしょうね。とても⋯⋯よく、分かります!」
何に意気込んでいるのか、ゼフィラは両手を握り締めて何度も頷き、そしてルティウスの顔をじっと眺めては考え込む素振りを見せていた。
ルティウス自身、薄らと忘れかけていた⋯正しくは無理矢理忘れようとしていた⋯幼少期の出来事を掘り返され、暴れる気力さえも無くすほどの悲壮感に包まれていた。
「⋯ベラニスで女装した時も随分似合っているとは思ったが⋯なるほどな。ルティは、慣れていたのだな⋯?」
頭上から降り注ぐ、褒めているのか揶揄っているのか判別の出来ないレヴィの言葉にも、何一つ返せない。ただただ呆然と、早く時が過ぎてくれと願うしかなかった。
しかしルティウスにとっての悪夢の時は、まだ終わらない。
顔を赤くして項垂れる少年の耳に、悪魔のような声が届いてしまう。
「さぁ~レヴィぃ~!もう一杯、いってみよっかぁ~♪」
そうして次に注がれたのは、フィデス達が飲んでいた果実酒ではなく、ジェロアが持参していたブランデーだった。
「おうレヴィよ!こないだは惨敗したがな、さすがのお前さんでもコイツはキツいだろうよ!」
ジェロアから奪い取ったボトルを握り締めて歩み寄ってきたリーベルが、別のグラスにブランデーを注ぎレヴィの前へと置く。濃厚な蒸留酒独特の香りが辺りに漂い、慣れていないルティウスは思わず顔を顰めてしまう。
「ちょっと叔父様!そんなのレヴィに飲ませないでよ!」
もしも酔ってしまえば、レヴィもまたタチの悪い悪戯を仕掛けようとしてくる。どうにかして阻止したいと考えても、ルティウスの身体は未だレヴィの右腕に抱き込まれたまま。
その様子を見て、リーベルはニヤリと笑い、ジェロアもまた嬉しそうに頷いている。
「⋯受けて立とう。この程度の酒で私に勝てると思うな」
リーベルの一言は既に挑発と捉えられ、レヴィの負けず嫌いな性格に火をつけさせていた。
伸ばされた左手がブランデーの入ったグラスを取り、すぐにもルティウスの視界から消える。ふわりと漂ってくる香りと喉を鳴らす音が頭上から届き、直後にはまた空になったグラスが、今度は少しだけ勢いよくテーブルへと置かれていた。
「⋯これで満足か?さぁ⋯次を話せ」
たった今飲み干したものが、どれだけ強い酒なのかは想像もつかない。けれどひゅうと口を鳴らすリーベルの反応と、信じられないものを見るように目を見開いているジェロアの様子が、本来は一息に飲み切るようなものではないのだとルティウスにも悟らせていた。
「⋯ちょっとレヴィ、大丈夫なのか⋯?」
慌てて振り返ろうとしてみても、相変わらず身体は押さえ込まれており声を掛けるだけしか叶わない。しかし腕の力がそれまでよりも増し、僅かに痛みを感じるほど。
明らかな様子の変化に困惑するが、周囲の反応はどこか愉快そうに笑みが浮かび続けている。
「⋯いや、煽ったのは俺だけどよ?一気にいくとは思ってなかったぜ⋯⋯」
今更のように言葉を付け加えるリーベルだが、時既に遅し。ルティウスの耳元に少しだけ触れるレヴィの吐息は深く、そして熱を帯びたものに変わりつつある。
「うんうん、あのブランデー⋯熟成されてるからね。あんな量を一気飲みなんて⋯俺達には出来ないねぇ」
追随するように告げるジェロアの言葉の直後、レヴィの左腕までもがルティウスを抱きしめるように回され、それまでよりも更に脱出が不可能なほどしっかりと捕らえられてしまった。
「黙れ⋯飲んでやっただろう。さっさと次を話せ」
ごく至近距離から聞こえてくる声は、普段とさほど変わらない。けれど少しだけ普段よりも低く、ぴたりと密着している背中から伝わる鼓動もいつもより早いように感じられた。
どんな表情をしているのか垣間見る事すら叶わず、今度は一体何を暴露されるのかという恐怖と戦う事になり、冷や汗さえも湧き出しそうになっていた。




