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その日の夜。
夕食の時間になって再び食堂を訪れたルティウスとレヴィの視界の先には、思いもよらぬ光景が広がっていた。
「⋯⋯⋯何、これ?」
絶句するルティウスと、額に手を当て溜め息を吐きながら視線を逸らすレヴィ。
対して食堂で繰り広げられていたのは、リーベルとジェロアによる酒宴にも等しい大騒ぎだった。
「おぉ~う、甥っ子君に保護者さん!やぁっと来たんだねぇ~?」
テーブルの隅で飲み続けているらしい男二人の前には、既に空き瓶と化した酒のボトルが数本。その光景だけで、彼らが飲み続けている時間の長さと、飲んでいる量が伝わってくる。
片や女性陣はと言えば、芳醇な香りを漂わせる果実酒を囲み、会話に花を咲かせるゼフィラとフィデス、それを見守りつつもグラスを片手に少しだけ顔を赤くしているウェンティの姿があった。
昼間の会話の続きでもしていたのか、三人の表情はとても明るい。
「ルティ君、おっそぉ~い!」
どこか呂律が怪しいフィデスの声も飛び、そっと退散する機も逃してしまっていた。
「⋯⋯なぁ、一体何がどうしてこんな事に⋯?」
ルティウスの困惑した問いかけは、賑やかな食堂の喧騒に掻き消されそうになる。経緯を問うためフィデスに話し掛けてみるが、しかしフィデスはルティウスではなく隣に立つレヴィの腕を掴み、半ば強引にテーブルへと連行していく。
「おい、離せ」
当然レヴィは拒んでいたが、酒に酔っているだけのフィデスへ手荒な真似はせず、促されるまま席へと座らされていた。その様子を見て、ゼフィラたちがクスクスと笑う声が聞こえる。
「オジサンたちがね~、とっても美味しいお酒を持ってきてくれたんだよぉ~!多分これ、レヴィも好きだと思うんだぁ~♪」
言いながら空いているグラスへと酒を注ぎ、有無を言わさぬ勢いでレヴィへと持たせている。
「おい⋯」
小さく抗議の声を上げるが、フィデスは聞く耳を持たずレヴィの白い手を掴んで強引にグラスを握らせていた。
「⋯⋯飲まないぞ」
アムニシアの高級宿で、うっかり乗せられてしまったが故にレヴィもまた相当に酔わされていた。その記憶がまだ生々しく残っているからか、頑なに拒もうとしている。顔色を変えず氷のように冷たい声で言い放つが、持たされたグラスをテーブルへ置こうとした直後、フィデスから予想だにしなかった一言が発せられた。
「レヴィが一杯飲むごとにぃ~、オジサン達とゼフィラちゃんからのぉ~、ルティくんにまつわる昔話がひとぉーつ!」
「何⋯?」
テーブルに向けられていた手がぴたりと止まり、レヴィの金色の瞳が細められる。それは怒りではなく獲物を見定めたような、鋭くも真剣な眼差しだった。そしてフィデスと、端で飲んだくれている男達を睨んだ。
「ちょっと待って!勝手に俺にまつわる話とかするなよ!レヴィも興味持ってるだろ!駄目だぞ!」
必死の形相で止めようと声を張るが、ルティウスの嘆きは誰にも届かない。
「わたくしが存じておりますのは、セレーナ姉様を介してサルース殿下から伺った又聞きのお話になりますけどね」
既に目がすわっているゼフィラもまた、乗り気のようだ。姉や義兄を頼り、恋しい人の逸話をこれでもかと耳に入れてきたゼフィラが知るルティウスの過去は、幼少期にまで遡る。
「⋯兄様が情報源⋯⋯?いや、駄目だ!ほんっとうに、やめてよレヴィ!」
咄嗟に駆け寄り、座っているレヴィの肩を掴んでしがみつくように懇願するも、レヴィの意識は『ルティウスの過去』へと完全に向いている。
その時、肩に触れていたルティウスの手が白い大きな手に掴まれた。同時に立ち上がったレヴィの右腕が小さなルティウスの身体を捕らえ、気付けば再び座るレヴィの膝の上に乗せられていた。
「⋯⋯⋯え?」
「しばらく黙っていろ」
右腕だけでルティウスの両腕もろとも抱き込み、暴れる余地さえも奪うかのように圧倒的な腕力によって押さえ付けている。
「ちょっと⋯!離せ、レヴィ!」
必死に抵抗を試みるものの、レヴィの腕はびくともしない。竜の腕力に勝てるはずもないと分かっていながら、けれど諦めようとはしなかった。一体どんな過去を暴かれるのかという漠然とした恐怖が、小さな少年の心を突き動かしている。
しかし奮戦虚しくレヴィの左手は、テーブルに置いたはずのグラスへと伸びていく。阻止したくても、ルティウスは腕ごと捕らわれておりただ見届けるだけしか出来ない。
やがて頭上から、酒を一息で飲む音が聞こえる。振り返る事も出来ないまま、すぐ近くから喉の鳴る音と、深く息を吐く音がルティウスの耳に届く。
「⋯⋯これで、一つだろう」
再びルティウスの視界に入ったレヴィの左手には、空になったグラス。
振り向けなくても、今のレヴィが楽しそうに笑っているのが分かってしまうほど、頭上から聞こえる声はどこか弾んでいた。
「はぁーい、さっすがレヴィ~!いい飲みっぷりぃ~♪」
高らかに告げるフィデスの声が、ルティウスにとっては処刑の合図にも聞こえてしまう。尚もじたばたともがき続けるルティウスの表情は、どんな過去を暴露されるのかという恐怖と絶望から青ざめていた。




