0168
選ばれたという言葉の意味はまだ分からない。だが現状で優先すべきは、自分よりもレヴィの核の傷を治す事。そのために必要な『星の雫』を探す事だと、心の中で静かに、だが強く決意した。
「ジェロアおじさん!」
「⋯ぐぅ⋯⋯その顔で、何度もおじさんは⋯⋯なかなか辛い⋯」
またもや精神的ダメージに苛まれるジェロアの様子を気に留めることなく、ルティウスは単刀直入に尋ねた。
「その『星の雫』がどこにあるのか、知ってる?」
甥が発した問いへ被せるように、リーベルも間髪入れずに追随しジェロアへと詰め寄る。
「お前さん、さっき『在り処は掴んでる』とか言ってたよな?」
リーベルが確かめなければならないもう一つの事実は、ジェロアが何気なく呟いていた最も重要な一言についてだった。
昨晩は知らない素振りを見せていた秘宝の所在。数百年に一度しか生まれないという希少性を考えれば、易々と見つけ出せるような代物ではない事くらいリーベルも察していた。
「はっはっは!リーベルよ、この俺の十年にも渡る努力をなめてもらっちゃ困るんだぜ!」
ラテーレ村という、言ってしまえば辺境の小さな村に居を構え村長としての責務を果たしながらも、魔道士として、探究者としての矜持を失う事なくサリアの遺志を貫いた自信が、ジェロアの表情と声には表れていた。
「…と言ってもまぁ、今もそこにあるかは分らんけどな…。近々、ノービリアで希少な魔石の取引が極秘に行われるっていう情報を掴んだんだぜ!」
少しだけ歯切れの悪い回答ではあったが、ジェロアはついに『星の雫』の在り処を打ち明けた。
「ノービリア…公国の首都の、目と鼻の先ではないですか」
ヴェネトス公国とその周辺都市に詳しい第三公女ゼフィラが、示された街の位置を口にする。
「…あそこは確かに、時折国からも隠れてコソコソと裏取引をしていると、セレーナちゃんや女王様が話していたわね」
ジェロアの言葉を裏付けるように、ウェンティもまた知り得ているノービリアの情報を開示した。
「ねえねえ、どんな街なの~?ボク、そこには行った事ないんだよね~?」
公女姉妹の発言を受けて、興味津々な様子でフィデスが問う。
「ノービリアは、表向きはとても美しい街並みなのですが、いわゆる貴族街に当たります。首都からも馬車なら数十分という距離にあるため、公国の主立った貴族はほとんどがノービリアに居を構えております」
問われて答えるゼフィラの声は、少しだけ暗いものに変わっていた。
国政にも関わる貴族が多い街。それはつまり、帝国の皇子であるルティウスにとって危険があるという意味と同義だった。
「……そんな街にルティを連れて行くというのか?」
そして危険性について真っ先に気付いたレヴィが、金の瞳を鋭く細めて指摘する。
以前ゼフィラから語られていた、ヴェネトス公国とグラディオス帝国の情勢。第二皇子の起こした反乱と公国へ突き付けた非道な要求のせいで、皇子達の立場が公国に於いて危ういものであるとレヴィは認識している。
ルティウスの安全を考えれば、最も避けるべき街と言えた。
「確かに、殿下が向かわれるには少々危険かもしれませんね…」
情勢について語った本人であるゼフィラも、同様に危険性を熟知している。目的とする品物がそこにあるとしても、帝国の第三皇子であるルティウスを向かわせるのは得策ではない…そう考えていた。
しかしそこで妙案を思いつくのが、少女らしい爛漫とした笑顔でルティウスを見つめるフィデスであった。
「じゃあ、またルティ君が変装して行けばいいんじゃない?」
「…えっ?」
何かを期待したように緋色の瞳を輝かせるフィデスの視線と発言を受けて、嫌な予感を覚えたルティウスが表情を歪めている。
かつてベラニスの街で、帝国からの追手を考慮し、街へ出たいと望むルティウスを変装させていた。少女と見紛う特徴的な顔立ちを活かし、麗しくも可憐な貴族淑女の姿へと。
「待って!また……女装すんの…?」
予感が的中している事を仄めかすように、フィデスはニヤニヤと悪戯っぽい笑みを浮かべてルティウスを凝視している。
どこか悲愴を滲ませるルティウスに対して、リーベルもまた興味津々の表情を浮かべ、ジェロアに至ってはどこか恍惚とした笑みを伴って瞳を輝かせている。
「甥っ子君が、女の子の姿に…?え、見たい……超見たい!」
「ベラニスん時はなぁ…海竜戦の騒動の最中にお目にかかっただけだからな……やっとじっくり見れるってわけだな?」
「二人とも何でそんなに楽しそうなんだよ!」
叫びながら、助けを求めるように隣のレヴィへと振り返る。しかしレヴィもまた、腕を組み神妙な面持ちで何かを考え込んでいた。
「…え、レヴィ?ねぇ…あんた何考えてんだよ?」
「………いや、あの時のルティは…普段よりもずっと可愛らしかったなと」
「何言ってんだ馬鹿!」
真面目な顔をして女装姿への感想を述べるレヴィへ憤慨し、力一杯にその肩を叩く。けれどびくともしない保護者は、尚も記憶の中の姿を反芻するようにどこかを見つめていた。
「レヴィ様が承諾されているのであれば、気合を入れて準備させて頂かねばなりませんね!」
ベラニスでのテラピアのように、両手を握り締めて謎の気合を漲らせるゼフィラの姿に、ルティウスの抵抗意識は虚しく打ちのめされていく。
「ゼフィラちゃん、メルカトスの隠れ家なら、貴女のドレスもいくつかあったと思うのだけれど?」
「そうですね、姉様!幸い、殿下はわたくしと体格が近いですし、少しだけ調整すれば殿下も着られると思います!」
「ちょっと何勝手に話を進めてるんだよ!」
本人の意向など知らぬとばかりに、公女姉妹もまた着々と外堀を埋めるように作戦を話し始めている。一人だけ青褪めた顔をするルティウスをよそに、周囲は既に決定事項として扱い話を進めていく。
「メルカトスかぁ…村の特産品を卸すついでに俺も行こうかな」
「おいジェロア、村長の仕事はいいのかよ?」
「これも村長の仕事の一環だよ!村の収益になるんだからね」
「抜け目ねえなぁ…」
事実、今も時折つまんでいる花の形の焼き菓子『メル・フロース』は、ラテーレ村の特産品として公国の民からの人気も厚い。それを知るからこそ、仕事と称して同行が可能だとジェロアは踏んでいる。
いつの間にか頭を抱えてテーブルに突っ伏しているルティウスの肩に手を置き、相変わらず楽しそうにニヤニヤと笑うフィデスが、とどめの一言を発した。
「ボクもまた精一杯お手伝いして、ルティ君をとびっきりの美少女にさせてあげるからね♪」
返す言葉など見つかるはずも無い。
またもや本人の意思を無視して進んでいく女装計画に、ルティウスは文字通り頭を抱えていた。




