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「あぁ⋯実際、文献を見た時にも、確証のあるものじゃないって事は分かってたんだ。だけど、俺が『星の雫』について情報を集めるよう⋯⋯⋯君のお母さんから、託されていてね」
「⋯⋯母様が?」
ゆっくりと頷くジェロアは、懐から一通の古びた手紙を取り出し、向かいに座るルティウスの前へと差し出した。
サリア・フォンスと書かれている差出人の名前を見て、ルティウスは蒼い瞳を見開き固まっていた。
「読んでごらん⋯サリアさんはずっと、こうなる事を予想していたんだ。君を手助けするために、俺なんかにも手を回してさ」
促されてから恐る恐る手紙を開き、書かれている内容を改めるルティウスは、大きな瞳から涙を零していた。
「⋯⋯ルティ」
隣に座るレヴィが、ルティウスの頭をそっと撫でる。その感触で我に返り涙を拭いながらレヴィへ振り向くと、強い意志の宿る眼差しで見上げた。
「大丈夫。きっと大丈夫!だって母様が示してくれたんだ。レヴィを治せるよ、『星の雫』で!」
誰もが『可能性』でしかないと感じていた。だがルティウスは確信に満ちた声で、断言するように告げる。
けれどフィデスはまだ確信が持てていない。伝承の通りであれば何かしらの犠牲を伴う危険をまだ払拭出来ていないのだから。
「待ってルティ君!贄ってのがまだ何なのか分かんないのに!」
その場に立ち上がり必死に止めようとしても、ルティウスは何故か自信に満ちた笑顔を浮かべてフィデスを見返している。
「私も反対だ」
ルティウスの隣で静かに成り行きを観察していたレヴィもまた、険しい表情で睨むようにルティウスを見つめていた。
「フィデスの言う通り、贄が何か分からないまま、そんな物にルティを近付けさせる訳にはいかん」
真剣な声でルティウスを説き伏せようとするが、しかしルティウスの心は決まっている。
オストラから与えられ、尚も脳裏を駆け巡り続けている知識を裏付けるかのように、亡き母からの手紙には『贄』に関する詳細が記されていたのだから。
「大丈夫だよ、レヴィ。贄と言っても、ちょっと魔力を使うだけなんだ」
安心させるべく明るい声で返しても、レヴィは首を縦に振ろうとはしない。
「駄目だ。お前の言う『ちょっと』など当てになるものか。まだ何か⋯⋯私に隠しているだろう?」
頑固で強情で、どんなに辛い真実があってもひた隠しにしてしまうルティウスの性格を、レヴィは既に熟知している。
「いつぞやの呪いの時も⋯黒い花を焼いた炎がお前に跳ね返る事を隠したまま、私に守らせただろう」
忘れた事など無い。
レヴィを庇ったために呪いの花の種子を植え付けられ、死の間際に堕ちながらも真実を隠し、蒼い炎を放った時の事。
やり遂げたのだと安堵し振り返った先で、呪いに蝕まれ倒れていた時の光景。
「今度もそうだ。目的が私のためだと言うなら、お前は平気で大事な真実を隠す」
「レヴィ⋯⋯⋯」
一度ならず二度も、ルティウスは命を失いかけている。喪失を恐れるレヴィが、危険を伴う可能性を孕んだルティウスの決断を許容出来るはずもない。
険悪な空気の漂う中、その場は張り詰めた静寂に包まれる。
しかしその空気を打ち砕くのは、対立しかけている二人の幸福を願う末の公女。
「⋯⋯ジェロアさん、でしたわね?」
優雅な佇まいを崩さず、慇懃な物腰のまま静かにジェロアへと話しかけるゼフィラの目は、どこかジェロアと似た好奇心に満ちた輝きを放っていた。
名を呼ばれて振り向き、ジェロアは続きを促すように無言のまま頷いた。
「⋯あの文献を読まれた程の方なら、ご存知かと思います。かつて、公国のあるこちらの大陸と、帝国のある東の大陸は一つの巨大な大陸だったのだと⋯」
それは、数千という永きを生きるレヴィやフィデスすらも知らない、遥か古代の話。
ルティウスを睨むように見ていた視線をゼフィラへと向け、伝説にも等しい歴史を語るその真意を探るように瞳を細めた。
「大きな大陸の東西で栄えた人々は、けれど争いを止めようとはしなかった。そうした人々に嘆き悲しんだ神は一粒の涙を流し、テラムの頂より流れる湧き水を溢れさせ、東西を分断するカレント大河となった⋯⋯でしたよね?」
今でも多く語られる神話より前の古代世界。その時代から脈々と継がれる伝説の一つを口にするゼフィラに対し、ジェロアもまた瞳を輝かせて前のめりになる。
「そうそう!そうやって今の世界になったって、主要な古い国では伝説として残ってるんだよね!俺も読んだ事あるんだよ、その歴史書!」
知的好奇心が人一倍強いジェロアと、同等に探究心の強いゼフィラは息が合ったように頷き、同時にルティウスとレヴィへ伝えたい本当の『真相』が一致している事を確かめた。
「わたくしも同じものを読んだ事がございます。そして、大陸を分かつほどの流れを生み出した神の涙こそが、今もお話に上がっている『星の雫』の最初の一粒だとする説もございます」
そんなゼフィラの発言に、何かを思い出すように手を叩き顔を上げたウェンティもまた、二人の話へと乗り記憶している伝説を語り始める。
「それだわ!どこかで聞いた事があるような気がしていたのだけれど⋯確か、神の涙は大陸を分断する際に、争いを続けようとした人々から『他者を憎む悪しき心』を奪い、力の源とした⋯なんて説もあったわよね?」
姉妹が語る伝説の数々は、魔法だけではなく世界の成り立ちをも追い求めていたジェロアも知るところ。そして文献に記された『贄』についての解釈も、ゼフィラの考えと一致しているのだろう。




