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絶望に打ちひしがれていたはずのジェロアもまた、幸せそうな笑顔で菓子を堪能するルティウスの姿に、かつての想い人の面影を重ねて嬉しそうに表情を緩めている。
「本当に⋯⋯まるであの頃のようだ⋯」
二度と戻ってくる事の無い、懐かしくも穏やかな光景。奪われてしまったはずの笑顔は、彼女の息子として目の前に再び現れてくれた。ただそれだけで、ジェロアもまた幸せな気持ちが心に広がっていく。
「⋯⋯いきなり現れた時はどうしてやろうかと思ったがな、ルティウスのあんな笑顔を引き出したんだから、一応は大目に見てやるよ」
そうしてジェロアの隣に立ち、リーベルもまたルティウスの笑顔を見て表情を綻ばせていた。
「甘いお菓子は正義!⋯って、サリアさんが良く言ってただろ?」
「そうだな。姉さんは根っからの甘い物好きだったからな」
和やかな空気の漂う中で、けれどリーベルは気を取り直し、ジェロアへと改めて問う。
「⋯で?本当の目的は何だ?まさかあの子に焼き菓子を渡しに来たとか、俺に酒を届けに来た⋯なんて理由だけじゃねえんだろ?」
ルティウス達からは見えないように背を向けたリーベルは、真剣な表情へと切り替えて旧友へ真意を尋ねる。
「⋯⋯『星の雫』が必要かもしれない保護者ってのが気になってね⋯」
「はぐらかすな」
そこにはもう、おじさんと呼ばれて絶望していたような情けない友の顔はない。かつて共に世界を巡った時と同じ、魔道士ジェロアがリーベルの前に立っていた。
「⋯秘宝の在り処は、既に掴んでるんだ」
「⋯⋯⋯は?」
昨晩、ジェロアから告げられた秘宝『星の雫』は、数百年に一度しか生まれない希少な魔石であり、その石が持つ宝石としての価値と、秘められているだろう力によって、古代では戦争が引き起こされた程の品だと説明されていた。
そんな希少な魔石が、どうしてこうも簡単に見つかるのか⋯リーベルは疑念に満ちた目で、ジェロアを睨み付けた。
「お前、ゆうべは分かんねえみたいに言ってたじゃねえか⋯」
「落ち着いてくれ、リーベル。ただ、話す機を間違えてはいけなかっただけなんだ」
「どういう意味だそりゃ!」
思わず声を荒らげたリーベルの一言。その瞬間に、ルティウスはおろかレヴィさえもが二人へと視線を向ける。
しんと静まる空気に気付き慌てて振り返るも、既に全員が察している。何かがあったのだと。
「⋯叔父様?」
口の端に焼き菓子の欠片を付けたまま、心配そうにリーベルを呼ぶルティウスの声は、激昂しかけた気持ちを鎮めていく。
動揺するリーベルをよそに、魔道士としての顔を見せるジェロアは至って冷静に、そして真剣な眼差しでルティウスと、そしてレヴィを交互に見遣った。
「君たち⋯⋯特に甥っ子君と保護者さんに、話しておくべき事があるんだ。聞いてくれるかな⋯?」
話を振られたルティウスは、咄嗟にレヴィへと振り返る。静かに首肯するレヴィは唐突に口元を押さえて顔を背けてしまったが、レヴィの同意は得られたのだと判断し、ルティウスもジェロアへと頷いて応えた。
「それと⋯この話には、あらゆる知識が必要になる。出来れば、お嬢さん方にも聞いていてもらいたい」
あまりにも変貌した雰囲気に、フィデス達も拒否する気は起きず黙ったまま頷いた。
「⋯⋯ありがとう」
どこかほっとしたように表情を緩めるジェロアの隣では、リーベルが腕を組み何かを考え込んでいた。
「⋯全部で七人か⋯俺らの泊まってる部屋じゃ、どこも広さが足りねえな」
懸念していたのは、単純な場所の問題だった。最も広いのは女性陣が泊まる三人部屋だが、それでも十分な広さとは言い難い。
「⋯俺の家なら、広い客間もあるけど⋯移動させるのは悪いしなぁ」
「お前んとこはちと遠いんだよ。何だってあんな端っこに家建てやがった⋯?」
「あはは⋯いやぁ、あそこ安かったんだよねぇ⋯」
ジェロアの自宅という案も浮上するが、宿からはそれなりに離れていると知っているリーベルとジェロア本人が浮かんだ案を棄却した。
そうして悩む事数分。
事態は思わぬ形で好転する。
「あぁら、何だか賑やかだと思ったら、村長さんまでいらっしゃってたのね?」
開け放たれたままだった玄関扉から聞こえる穏やかな声に、全員が振り返る。そこに立っていたのは、買い物帰りといった様子の、宿の女主人だった。
「おばちゃん、おかえりなさーい!」
相変わらずいつの間にか仲良くなっていたらしいフィデスが、元気よく声をかける。
「ただいま、フィデスちゃん。それにしても大勢いるわねぇ、どうかしたのかしら?」
「アーダさん、こんにちは。ねぇ、ちょっと頼みがあるんだけどいいかな?」
何かを閃いた素振りを見せるジェロアが、すかさず女主人へと向き直る。
「⋯食堂、借りてもいいかな?」
最良案として思いついたのは、この場に集う全員が揃っても十分過ぎるほどの広さを持つ宿の食堂。食事か提供される朝と夜を除けば、そこは誰も使う事のない広い空間だった。
「良いわよぉ。今はここに居る皆さんしかお客もいないからね。自由に使ってちょうだい」
にこやかに快諾の返事をしてから、アーダと呼ばれた女主人は玄関近くにある受付の奥の部屋へと消えていった。
「解決したみたいだね。良かったよ」
「運良く女将が帰ってきたもんだな⋯」
「⋯⋯そうだね」
ほっと胸を撫で下ろすジェロアの隣では、どこか怪訝な表情を浮かべるリーベルが旧友を睨んでいる。
「怖いなぁ、睨むなよリーベル」
苦笑しながらも、脇に置いていた荷物を両手で抱え、勝手知った素振りで先を歩こうとするジェロア。
「わたくしは、何か飲み物を頂いてから向かいますね」
「手伝うわよ、ゼフィラちゃん」
風の姉妹は揃って宿の奥、女主人が消えた先を追うようにその場を離れた。
「⋯ったく。おいジェロア!例の秘蔵の酒も出しやがれ!」
先行するジェロアを追い、やはり酒を要求する大きな声を出しながらリーベルもまた食堂へと消えていく。
「まってジェロアおじさん!まだお菓子あるんだよね?出してくれなきゃ怒るよ!」
リーベルに続き、警戒心も忘れて図々しくも菓子を要求するフィデスは、食堂へと入る直前で一度だけルティウスとレヴィへと振り返った。
「ルティ君、早く来ないとあのお菓子、全部食べちゃうよ?」
言うだけ言ってから、フィデスもまた食堂へと入り姿を消す。
そうして残ったルティウスは、未だ顔を背けたまま階段の中腹に立っているレヴィを見上げた。
「レヴィ、俺達も行こうか」
「⋯⋯⋯そう、だな」
応えるレヴィの声は、何故か震えている。
まさか、何かまた異変が?
焦りから駆け寄るルティウスがレヴィに手を伸ばすと、彼は身体を震わせながら⋯笑っていた。
「⋯⋯レヴィ?」
「⋯⋯ッ、ルティ⋯⋯お前⋯」
ここまでレヴィが、震えるほど笑うなど初めての事。何が可笑しいのかと原因を考えてみるが、ルティウスには何も覚えがない。
次第に落ち着きを取り戻したレヴィがようやく振り返り、白い大きな手を伸ばすとルティウスの頬へと触れる。
「え、何⋯?」
突然頬を撫でようとする意図が分からず困惑しているが、撫でるよりも先にレヴィの指先がルティウスの口の端を掠めた。
「⋯⋯⋯レヴィ?」
「焼き菓子が、ずっと口に付いていた⋯⋯」
「なっ!」
唐突に口元を押さえて顔を背けたのも、噴き出してしまうのを堪えるためだったのだとルティウスも悟る。
子供のような失態に顔を赤くし、今度はルティウスが両手で顔を覆い蹲ってしまった。
「⋯⋯⋯恥ずかしい」
どうして気付かなかったのかと、数分前の自分を殴りたい気持ちに駆られていた。
「随分と可愛らしかったぞ、本当に子供のようでな⋯」
レヴィなりにフォローを入れているのだろうが、ルティウスからすれば恥の上塗りにも等しい。さらに未だ笑い混じりの声で言われても、慰めにすらならない。
「うっさいよ!さっさと行くぞ!」
勢いのままに立ち上がり、レヴィの腕を掴んで強引に進み始める。
食堂までの僅かな距離、けれど短い移動の間、レヴィはルティウスの背後で沸き起こる笑いを鎮めるため、独り静かな奮戦をしていた。




