0163
「この村の、名物でね⋯⋯『メル・フロース』っていうんだ⋯」
差し出された小さな紙袋を受け取り、ルティウスは確かめるようにジェロアを見上げた。
「食べてごらん⋯⋯あの人も、こういう甘いお菓子、好きだったんだよ⋯⋯」
促されるまま、ルティウスは焼き菓子を一つ摘み、口へと運ぶ。広がる蜜の甘さにふわりとほどける食感は、ルティウスの表情をも綻ばせていた。
「美味しい、これ!」
「⋯っ、だろう?まだあるから、好きなだけ食べるといいよ!」
涙を拭い、鼻水を啜りながら、ようやく笑顔を浮かべられたジェロアは、心から嬉しそうに焼き菓子を頬張るルティウスを見つめて瞳を細めていた。
「ね、レヴィ!食べてみなよ!これ、美味しいよ?」
すぐ隣に立つレヴィへも差し出すが、苦笑いを浮かべてルティウスの頭を撫でながら首を横に振る。
「お前が全て食べればいい」
「いいから!ほら!」
そうして摘んだ焼き菓子の一つを、強引にレヴィの口元へと向ける。
僅かに躊躇を見せたものの、レヴィはルティウスの手をそっと掴み、普段見える事の少ない白い牙をチラつかせながら焼き菓子へと齧り付いた。
「なっ?美味しいだろ?」
「⋯⋯私には、少し甘すぎるな」
そんなやり取りを目の前で見ていたジェロアは、レヴィの姿を見上げて、どこか真剣な眼差しで凝視していた。
「そうか⋯⋯彼が、例の⋯⋯」
神妙な面持ちで口を開こうとするジェロアは、唐突に引き摺られ一階の床へと落下して行った。
尻もちを着き痛そうにするジェロアの傍らには、いつ復活したのか困惑と憤怒の滲む表情を浮かべるリーベルが立っていた。
「いったたた⋯⋯おい、リーベル!なんて事してくれるんだ!怪我でもしたらどうするんだよ!」
「うるせえよ!勝手な事ばっかりしてんな!ったく⋯来んなってあれだけ釘刺したっつーのによ⋯」
打ち付けた臀部を擦りながらゆっくりと立ち上がり、文句を垂れ流すリーベルへとそっと小声で問う。
「⋯彼だろ、例の?」
ジェロアの視線は、今も尚レヴィへと向けられている。意図に気付いたリーベルは、頭をがりがりと掻きながら同じように小声で答えた。
「⋯そうだよ。アレが例の保護者様だ」
魔道士でもあるジェロアは、意識を集中させてレヴィを取り巻く魔力の流れを読んだ。はっきりとは分からずとも、人とは異なる魔力の輝きを感じるのと同時に、どこか『欠けている』という印象を抱いていた。
「⋯えっと、ジェロア⋯おじさん?でいいのかな⋯」
「ブッ!」
「⋯お、おじ⋯⋯⋯」
しかしそんな印象も集中も、全ては無垢なるルティウスの発言によって塵のように飛び散っていく。
噴き出し、腹を抱えて笑うリーベルの隣では、何故か絶望したように表情を凍りつかせたジェロアが立ち尽くしていた。
「甥っ子君!俺、そんなにおじさんじゃないからね?四つしか違わないからね?」
我に返ったジェロアがリーベルを指差しながら慌てて弁明してみるものの、ルティウスは何かを考えるように首を傾げるばかり。
「⋯ね、レヴィ」
「何だ」
「叔父様と同じ年頃なら、俺からすれば⋯なんて呼んだらいいと思う?」
「⋯⋯⋯さあな」
剥き出しの警戒心を崩そうとしなかったレヴィは、ここに来てついに笑みを浮かべ、憐れむようにジェロアを見下ろしていた。
「私からすればルティもあいつらも変わらんが⋯『おじさん』が妥当だと思うならそう呼んでやれ」
笑みを浮かべつつ、わざとジェロアへ聞こえるように答えるレヴィの一言は、ジェロアにとって聞き捨てならないものだった。
「おいそこの保護者よ!甥っ子君におかしな事を吹き込まないでもらえるかな!」
そんなやり取りを見守っていたフィデス達女性陣も、レヴィの警戒が緩んだのを機にその場へと集まってきた。
「⋯レヴィ、このジェロアっておじさん、大丈夫そうなの?」
それは再び、ジェロアへと絶望的な一撃となる一言。
「ああ。ルティを害する意図は無いようだからな」
「ふーん⋯ならいいけど」
フィデスにとっても、守るべきはルティウスであって、突然現れたリーベルの友人の矜恃などではない。
天真爛漫な少女の見た目のまま、まだ僅かな警戒心を滲ませる大きな緋色の瞳が見上げた先では、ジェロアが何故か頭を抱えて何事かを呟いていた。
「俺は⋯⋯まだおじさんなんて⋯歳じゃ⋯⋯⋯」
フィデスに続いてやってきたゼフィラとウェンティは、ルティウスが持っている白い紙袋の中身に興味津々だった。
「そちらの方が『メル・フロース』と仰っていましたね。わたくしも好きなんです、コレ」
「セレーナちゃんも好きよね。公国へ帰る前にお土産に買っていこうかしら」
きらきらした目でルティウスの手にある焼き菓子を見つめるゼフィラと、もう一人の妹への土産を考えるウェンティ。
二人の姉妹もまた、既にジェロアを無害と判断し警戒を解いていた。
「二人もどうぞ!俺、初めて食べたんだけどさ、これ凄く美味しいね!」
ゼフィラとウェンティの側へと歩み寄り、両手で持った紙袋を差し出す。
「あっ、ずるい!ボクも食べるよっ!」
乱入してきたフィデスも混ざり、四人で焼き菓子を食べる。女性陣の輪の中にありながら、誰一人としてその光景に違和感を覚える事など無い。
「⋯⋯ルティは、本当に可愛らしいな」
階段の上から見下ろすレヴィは、満足そうに笑みを浮かべ少女のように甘い菓子を頬張るルティウスを眺めて呟いた。




