第四十一話 アリスの意思
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「何が淡い恋の物語よ! 寧ろ猛烈に熱い恋物語じゃない!」
「分かってませんね。薄幸の少女が救われた、淡い淡い恋の物語じゃないですか」
「……あなた、淡い恋の意味分かってる?」
何やらカミラちゃんと芹奈ちゃんが小競り合いをしてあるみたいだけど、そんなものは今の私の耳には入ってこなかった。
……愛が重いなぁ。
今カミラちゃんの話を聞いて思ったのは、二人とも愛が重すぎるなということだった。
芹奈ちゃんは有栖が死んだ後に自殺しようとするくらい追い込まれてしまったし、カミラちゃんは"血の契約"で私と命の共有までしてしまっている。
二人共、自分の命よりも私の命を優先するくらいには愛が重いんだ。その理由は理解したけれど、正直言ってちょっと怖い。
だって私はこれからどちらかを選ばないといけないんだから。或いはどちらも選ばないという選択肢もあるんだけど、恥ずかしながら私自身二人に恋心を抱いてしまっているのも事実なのだ。
……そう思うと、私最低だな。二人は一途に私を想ってくれてるのに、私はこんなにも優柔不断なんだ。
そして何より怖いのは、これだけ愛の重い二人のどちらかを選んでしまった場合、選ばなかった方は果たしてどうなってしまうのか分からないってことだ。
俗に言うヤンデレになってしまうかもしれないし、もしかしたらス○ールデイズなナイスボート案件にならないとも限らない。
そうでなくても、再び心に深い傷を与えてしまうだろうし、最悪自殺してしまうかもしれない。それだけ二人の心には、既に修復不可能な程大きな傷跡があって、それを私という存在が塞いでいるのだと思う。
あまり自意識過剰にそう考えたくはないのだけど、その可能性がある以上無視することは出来ない。
「ねえカミラさん、有栖君が何故か真っ青になってるんだけど何でかしら?」
「アリス姉さんのことですから、どうせ有る事無い事考えて一人鬱っているのでしょう」
鬱ってるって……。まあ、否定出来ないんだけども。
「はぁ……。クソ王子の次は三馬鹿ですか。どうして私が仕える相手にはこんな面倒な連中しかいないのでしょうか」
そんな感じで謁見そっちのけで恋バナ(?)に盛り上がる私達を見兼ねてか、レイさんがわざとらしく大きな溜息を吐いた。
その瞬間我に帰った私達は、気まずくなって顔を伏せた。そうだ、ここは王宮の客間で目の前にはレイさんもいたんだった。
完璧に自分達の世界に入り込んでいた私達は、そんな重要なことまで失念してしまっていた。本当に申し訳ない……。
「お三方の準備は整っていますし、まだ時間がありそうなのでお話しするのは結構です。ただそのお話を聞いている身としては内容が余りにも稚拙で口を出さずにはいられません。お三方、もう少し大人になってください」
何故か殆ど口を開いてもいなかった私まで巻き込まれてしまったけど、レイさんの言うことも尤もなので私達はしょんぼりしながらも頷いた。
場違いだったのは間違いないもんね。
そして気まずい沈黙の時間が流れる、かと思いきやレイさんの口からとんでもない言葉が飛び出してきた。
「お二人がそんなにアリス様のことを好きなのでしたら、もう結婚してしまえばよいのではないですか? 同性という点については正直如何なものかと思いますが、【ノルトハイム王国】では重婚が認められておりますので」
それを聞いた瞬間、今は亡き心臓が口から飛び出るかと思った。重婚って、二人共と結婚するってこと?
そうか、ファンタジーなこの国では未だに一夫多妻制が採用されているのか。でも私は女の子になってしまったから、一婦多妻ってことになるのかな?
ただレイさんの無表情そうでいてその奥に見え隠れする嫌悪の情は、やはりこの国では同性婚に対する拒否感が強いことを表している。
私はというと、同性婚については地球でも多様性として認められている国もあったくらいだし、何より有栖の心が男性との恋愛感情を徹底的に破壊してくるので、結婚するなら女性相手しか考えられないでいるから問題ない。
でもその有栖の心が、重婚に対して拒否感があるというか、馴染めないというか、とにかく認めたくないんだ。
江戸時代までの日本とか一部の国では、まだ一夫多妻制を採用していたりするけど、現代の日本人としてはね……。まるで愛人を作るかのようで、凄く悪いことのように感じてしまう。
それにまだお付き合いもしていないのに結婚なんて、気が早すぎるよ。
……正直言って、私にとっては二人とも同じくらい大切な人だから、レイさんの提案に乗っかりたい気持ちもある。だけど、それじゃダメなんだって、甘えるんじゃないって思う自分もいるんだよ。
何より、男らしくない。だから私は、重婚という選択肢を切り捨てようとした。しかし芹奈ちゃんとカミラちゃんの反応は予想外のものだった。
「……なるほど、その手があったのね。日本人の性かしら、全く思いつかなかったわ」
「この国ではそのような制度があるのですね。アリス姉さんは今後もこの国の国民として暮らしていくのでしょうし、それなら私もこの国の制度に則ることも吝かではありません」
ちょっと待って、何で二人ともそんなに乗り気なの? 特に芹奈ちゃん、元日本人ですよね? 何でそんなに簡単に受け入れられるの?
というかこの二人はよく喧嘩をしていたし、重婚なんて絶対反対すると思ってたんだけど……。
「確かにそんなの有りなの? って気持ちはあるし、わたしを一番として見て欲しい想いも当然あるわ。だけど有栖君が死んじゃった時、二度と会えないって分かった時に感じたあの苦しみを知ってしまうと、ね……」
「私も同じです。アリス姉さんがドラゴンに殺されてしまった時の絶望感。今でも思い出すだけで、震えが止まらなくなるくらいです」
ああ、そういう事か。二人は奇しくも私の死を間近で見て、同じ苦しみと絶望を経験していたんだ。だから互いの感情を痛い程理解できてしまうのだろう。
それでも今までは、私と同じで結婚相手は生涯で一人だけというのが当たり前だと思っていたから、想いが強い分だけぶつかり合ってしまっていた。
だから重婚という可能性を提示された事で、二人の間にあった溝が埋まることになった、ということなのだろう。
あまり釈然とはしないけど、こんな状況を作り出してしまった責任は私にある。ならここで私の態度もハッキリ示しておかないと、好きと言ってくれた二人に申し訳が立たない。
だから私は、意を決して口を開いた。
「……二人の気持ちは分かった。それに私も、二人のことが、その、好きです。ずっと一緒にいたいと思っています。それでもやっぱり、いきなり結婚とかはちょっと考えられなくて。ちゃんと手順を踏んで、お付き合いして、それから……」
情けないけど、これが私の精一杯の返事だった。
いざこうやって自分の想いを口にしてみると、何だか気恥ずかしくて下げた頭を上げることが出来ない。多分今の私の顔面は、茹で蛸みたいに真っ赤になっていると思う。
ダメだ、何故か泣きたくなってきた。しかもレイさんにも見られてるし、どうして芹奈ちゃんもカミラちゃんも堂々と好きって言えるんだろう? 私がおかしいのかな?
その時、ふと柔らかくて暖かい感触に両腕が包み込まれた。二人に抱擁されたのだと気付いて思わず顔を上げると、私の顔を覗き込む二人の顔がすぐ近くにあった。
「私は待ちますよ。何年、何十年、何百年経とうとも、アリス姉さんが結婚する気になってくれるまで、私は待ちます」
「わたしも待つわよ。勇者になった私が一体何年生きられるのかは分からないけど、例えヨボヨボのお婆ちゃんになってもわたしの気持ちは変わらないから」
花が咲いたような二人の笑顔に、私の無いはずの心臓がドキリと跳ねたような気がした。そして改めて、私自身がこれ程までに二人に惹かれていたのかと思い知らされる。
告白に失敗したあの日、胸の奥深くに隠してしまった"好き"という感情。それが爆発して、全身を支配する。ああもう、頭がおかしくなってしまいそう……。
顔に集まった血液が沸騰したかのように熱を持ち、視界が真っ白に染まっていく。
その後自分が何を言ったのか、二人に何を言われたのか全く思い出せない。けど、これだけは断言できる。
この時の二人の笑顔を、私は生涯忘れることはないと。




