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転生少女は異世界で旅に出ます  作者: 沢口 一
第四章 王都騒乱編
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第二十五話 アリスの覚醒

 侯爵の剣が、胸の魔石に向かって押し込まれていく。まるでスローモーションのようにゆっくり流れていく時の中で、私は客観的にそれを眺めていた。


 ああ、私ここで死ぬんだ。


 吸血鬼になって、不死身になって、死とは縁の無い存在になったのかと思ってた。でも、そんなことはなかった。


 能力を封じられ、魔法を封じられ、更には身体強化までもが封じられた今の私は、ただのひ弱な女の子に過ぎないのだから。


 私は目を閉じて、その時を待つ。


 自ら二度目の死を直視できるほど、私の心は強く無いから。


――諦めるのですか?


 だって、どうしようもないじゃん。今の私に出来ることは何もないんだから。


――死が怖くはないのですか?


 怖いよ。当たり前じゃん。私は死の苦しみを知っているんだから。それに、有栖が芹奈ちゃんにしたように、仲間の心を傷付けちゃうんだよ?


 それに今の私の命はカミラちゃんと繋がってる。今や私の命は私だけのものじゃないんだ。


――それでも、生を諦めると?


 だから、どうしようもないんだって。


――では、死を受け入れるのですね。


 ……そんなの、受け入れられる訳ないじゃん。嫌だよ、本当は諦めたくもないんだよ。


 ただ私が無力だからってだけで、大切な人が傷付くなんて許せない。他の誰よりも、不甲斐ない自分自身への怒りではらわたが煮えくり返る思いだ。


――ならば抗いなさい。そして心の底から理解しなさい。自分の力を。その源を。


 力の源……?


――そう。貴方なら出来るはずです。星川有栖さん。


 どうしてその名前を……? いや、そもそもあなたは一体?


――健闘を祈っています。いつかまた、相見えることを願っていますよ。


 待って、まだ聞きたいことが!


 しかしそれきり、声は聴こえなくなってしまった。それと同時に、止まっていた時が再びゆっくりと動き始める。


 時間がない、でも力の源って何だろう? 私が扱うのはカミラちゃんと契約したことで得た吸血鬼の能力、そして魔力を用いた魔法に身体強化。


 いや違う。源っていうくらいだからもっと根本にあるもののはず。


 考えろ。


 あの得体の知れない声の言い方、私は既に答えを知っているかのようだった。


 思い出すんだ、私がこれまで経験してきたことを。


 その時、ふと脳裏にお父さんの言葉が浮かんだ。


「魔族ってのは、邪神『アジ・ダハーカ』の加護を受けた種族のことだ」


 それは知っている。魔族は『アジ・ダハーカ』の加護を受けている。それは勿論私も理解しているつもりだ。今更そんなこと思い出したって意味がない。


 しかし何故だろうか。その事実を無視してはいけない気がした。


「闇魔法とは違う気がしています。ですが、『アジ・ダハーカ』様の加護を受けた力であることは間違いありません」


 吸血鬼の魔法と能力を奪う力を見たカミラちゃんは、確かにそう言っていた。


 そうだ、この力は魔法じゃない。でも、邪神の"加護"が込められている。そして魔族である吸血鬼の能力だって魔法ではないし、一部の能力は魔力さえ必要としないんだ。


 つまり、力の根源は魔力ではない。"加護"なんだ。


「な、何ですかこれは!?」


 フランツ侯爵の慌てた叫び声が聞こえる。それはそうだろう。魔石を砕こうと私の胸に刺していた剣が、一切動かなくなったのだから。


 押しても引いてもびくともしない剣を、侯爵は手放して逃げていく。


「まったく、どっちが無様なんですかね?」


 私は両手足、更には全身の血肉を『ヒール』で治していく。それだけで、あっという間に傷一つない綺麗な身体に元通りだ。


「ば、馬鹿な! 何故魔法が使えるのです!?」


 尻餅をついて震えながら私を指差す侯爵の姿は、酷く滑稽だ。必死にあの人形を弄ったりもしたけれど、やはり私には効果がない。


「無駄ですよ。もう、私にそれらの人形は通用しません」


 今思えば、私は魔力量という言葉に囚われ過ぎていたのだろう。そして元々は『アジ・ダハーカ』の加護を受けていない人間だったから、気付くことが出来なかった。


 私は"血の契約"によって魔族となった。ではその契約とは誰の名の下に、誰に対して誓いを立てるというのか。


 それは当然、全ての魔族へ加護を与える彼らの神、『アジ・ダハーカ』に決まっている。でなければ、新たにその神から加護を得た存在、つまり魔族へと変質する"血の契約"が履行される訳がないのだ。


 つまり今の私は『アジ・ダハーカ』の加護を受けており、その加護の下魔法や吸血鬼の能力を行使しているんだ。


 フランツ侯爵が使ってきた呪いのような力は、特異的に吸血鬼の力と魔力だけを奪ってきた。つまり、純粋なる加護の力を奪っているわけでは無かった。


 神の加護を奪うなんて下界の存在が出来るはずもないのだから、当たり前だよね。


 それさえ理解できれば後は単純。吸血鬼だとか元人間だとか、そういった余計なバイアスをかけずに加護の力を引き出せばいい。そうすれば、"吸血鬼の魔力"ではない"無の魔力"を作り出すことができる。


 あとはそれに形を与えてあげれば、問題なく魔法が使えるって訳だ。


「有り得ません! この力の前に吸血鬼は無力なはず……!」


 確かに、普段から吸血鬼としての力を息をするように使える純血吸血鬼には、純粋な加護の力を使おうなんて発想は逆に出てこないと思う。


 息をする時、肺の筋肉を収縮させることで空気を出し入れする、なんて態々考える必要がないのと同じことだね。


「わ、訳がわかりません! "無の魔力"? そんな力聞いたこともありません!」


「当然ですよ。多分誰も使ったことないですし、何よりこんな回りくどい方法を使う必要自体無いんですから」


 私は思い出したんだよ。この世界で有栖の記憶を取り戻した時真っ先にやった事は何だったのかを。死の淵で必死に何を組み上げたのかを。


 そう、私は自分で魔法を創ったんだ。最近はお母さんから魔法を教わったり、カミラちゃんから知識を叩き込まれたり、自分で考えることが無くなっていた。


 だからすぐに思いつかなかった。これは、私が怠けていた証拠とも言える。我ながら不甲斐ないよ。


「魔法を、創っただと……? そんな事が可能なのか!?」


 セウェルス王子が、信じられないといった顔で私に剣を向ける。


「はい。そうでなければ、私はとっくに死んでいますから。例えば、こんなのはどうです?」


 私は自分の後方に火の球を作り出した。私が動いた事で騎士達が一斉に私へ突撃してくる。しかし、彼らの攻撃が当たる事はなかった。


 私は彼らが襲ってくると同時に、火球が作り出した騎士達の()()()()()のだ。


 そして最後尾の騎士の背後に姿を現し、風の初級魔法『ウィンド』で纏めて吹き飛ばす。宙に放り出された騎士達は錐揉状態で頭から落下して、皆意識を失った。


「か、"影使い"だと!? 何故吸血鬼の能力が使えるのです!?」


「だから、使えませんって。だから今()()()んですよ。新しい闇魔法を」


 "影使い"という能力をイメージして創った新魔法、『影移動』。今日だって何度も使った能力だし、イメージするのは実に簡単だったよ。


 これだって、普段から『影使い』を使っている吸血鬼にとっては、どう考えても不必要な魔法だから創られなかったんだろうね。


 そして吸血鬼以外には、この能力がどういったものなのかをイメージすることすら叶わない。


 だからこの世には無かった。ただそれだけのことなんだ。


 こうして戦況は一変し、先程まで優勢だったはずの騎士団の戦力は半減。フランツ侯爵は使い物にならなくなったし、Aランク冒険者達はみんな伸びている。


 そして、勝機の芽はそれだけに留まらなかった。


「お待たせしました、アリス姉さん」


 空からフワリと舞い降りたのは、真紅の瞳と紺青の髪を靡かせた美しい少女。私の契約主であり"封魔の杖"を持つ彼女は、今この場で最高戦力に数えられるだろう。


「本当、もうちょっと早く来てくれたら助かったんだけどね。……でもありがとう、カミラちゃん」


 私がそう言って彼女の頭を撫でると、まるで猫のように頬ずりしてきた。可愛ええ。


「この後に及んでカミラまで……! だが我が国の民のため、ここで引くわけにはいくまい」


 セウェルス王子は瞬時に呼吸を整え、剣を構える。その顔からは、諦めた様子は感じ取れない。私は戦いがしたいんじゃなくて、交渉がしたいんだけどね。


「それなら仕方ありません。力尽くで椅子に縛りつけて、私の話を聞いて貰うことにします」


 私はそう宣言し、『ウィンド』を使って遠くに転がっていた"紫炎"を手元に引き寄せた。


 その隙を突いてセウェルス王子が空間ごと私を切断せんと剣を振り下ろした。それを私は『影移動』で避け、王子様の背後に顕現して"紫炎"を振るう。


 それを騎士の一人に遮られるも、あっさりと彼の剣と鎧を切り裂いて真っ直ぐ王子様の元へ届いた。


「うぐっ!?」


 それをギリギリ魔剣で受けるセウェルス王子。流石の反射神経だ。


 でも、これで終わりじゃないんだよ?


「覚悟してください! 『ヘルフレア』!!」


「何だとっ!?」


 そこにカミラちゃん渾身の魔法が襲いかかる。しかしこれも、王子様は強引に身を捻って回避する。


 でも残念。カミラちゃんの狙いは、王子様本人じゃないんだよね。王子様もそれに気付いたみたいだけど、時既に遅し。


 彼女の放った『ヘルフレア』は、私が持つ"紫炎"へと吸い込まれていく。


「しまっ……!?」


 膨大な魔力を吸収した"紫炎"はその切れ味を極限まで高め、王子様の持つ魔剣を両断するに至る。


 そして目の前で驚愕と絶望の入り混じった表情を浮かべる王子様に向けて、容赦なく振り下ろした。

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