第二十六話 和解
"紫炎"によって斬り落とされた鎧と魔剣が地に落ちる甲高い金属音が辺りに響き渡る。
その様子を騎士団やフランツ侯爵はただ呆然と見ているだけで、動くことも出来ずにいた。
「流石はアリス姉さんです。一撃で終わっちゃいましたね」
ただ一人カミラちゃんだけが、嬉しそうに私の元に駆け寄ってくる。その様子はなんだか犬みたいだ。
「さて、これで少しは私達の話を聞いてくれる気になりましたか?」
私はそう言いながら、上半身裸で座り込んでいるセウェルス王子に笑いかける。
「な、何故私は生きている……? 私は確かに、君の刀に両断されたはず……」
「あれ、王子殿下は"紫炎"の能力をご存知だったはずでしょう?」
「……まさか、本気で言っているのか? 問答無用で君を始末しようとした私のことを、君は敵だと認識していないと言うのか?」
「当たり前です。私は【ノルトハイム王国】の国民であり、貴方様はその王子殿下なのですよ? 敬愛こそすれ敵対心を持つなど有り得ません」
そう、"紫炎"には吸収した魔力の分だけ切れ味を上昇させるのとは別の能力がある。
それが、味方を一切傷つける事がないという特性だ。
私は最初にギルマスからこの話を聞いた時、それはこの刀が纏う紫色の炎の事だと思っていた。
見た目にして派手だし、何よりめっちゃ危なそうだしね。だから私は旅の途中、カミラちゃんに一度"紫炎"で私を斬ってもらったことがある。
まあ、あまりにも手加減されすぎて刃が肌に少し触れたくらいのものだったんだけど、それでも能力の凄さはよく分かった。
なんと、刃は私の身体を透過していたのだ。そのままゆっくりと刃を腕に沈めてもらうと、刃はまるでそこには何も無いですと言わんばかりに傷一つ付けることなく、私の腕を通り抜けた。
つまりこの刀、どんなに適当に振り回しても同士討ちが絶対に起こらないというチート能力を持っていたのだ。例外として、自分自身は斬れるみたいだけどね。
つまりこの刀を私が振るって傷付かなかった人は、私が本心から仲間、若しくは味方だと認識している相手ってことになるのだ。
フランツ侯爵? アレは明確な敵なので斬っても問題無し。
「ですのでもう一度言いましょう。私はこの国に害を為すつもりは一切ありません。もし信用していただけるのであれば、この手を取ってはいただけませんか? セウェルス王子殿下」
私はそう言って、座り込んだままでいる王子様に手を伸ばす。
「殿下、どうか惑わされぬようお気を付けください! そこの吸血鬼は貴方様を騙そうとしているのです!」
遥か後方でフランツ侯爵が喚き散らしているのが聞こえてきて、鬱陶しいことこの上ない。
とはいえ、今のタイミングで彼を手にかける程私も馬鹿じゃない。
「五月蝿いです。ちょっと黙っててください」
「ぐっ!?」
しかし私が何もしなくても、余りの五月蝿さにキレたカミラちゃんの『ファイヤーボール』で吹き飛ばされていた。服が全て焼け焦げて裸同然で転がる侯爵の姿は実に惨めだね。
「……コホン。勿論、降りかかる火の粉は払いますので、一切誰も傷付けないとはいいません。ですがそんな人、この世に存在しないと思います」
「成る程、それは確かにそうだ。誰にも逆らわず、殴られても殴り返さず、自分の意思を持たぬ存在など、もはや人ではない」
王子様はくつくつと笑い、私の手を取った。
「分かった、君の言葉を信じよう。そうでなくとも私は完膚なきまでに敗北した。敗者がとやかく言うのも筋違いというものであろう」
私は掴んだ手で王子様を引っ張って立ち上がらせる。さっきまで見下ろしていたのは私だったけど、今は長身な彼を私が見上げる格好になっている。180cmはあるんじゃないのかなこの人?
「すまなかったアリス、そしてカミラよ。父上には私から説明をしておこう。それから後日、正式に謝罪の場を設けることを約束しよう」
「ありがとうございます、王子殿下。感謝いたします」
人間である王子様が、魔族である自分、そしてカミラちゃんに心を開いてくれた。それが嬉しくて、思わず笑みが溢れる。
しかしその後、王子様のした予想外の行動によって場が凍りつくことになる。
「ふむ。では僭越ながらこの場で一つ謝意を示すと共に、詫びの印を君に託そう」
セウェルス王子がそう言って差し出してきたのは、綺麗に磨かれた程良い大きさのダイヤモンドが填められた指輪だった。
そして王子様はそれを私の左手薬指にそっとはめた。
突然のことに阿呆みたいに口を開けてポカンと固まってしまう私とカミラちゃん。
左手、薬指、指輪……? そ、それって……!?
「こ、これもしかして、こ、こここ婚約……っ!?」
「な、なんですって!? ちょっとアリス姉さんそれ外してください! 早く!!」
「ちょ、ちょっとカミラちゃん!?」
カミラちゃんは私の手を取って指輪を必死に外そうとするって、めちゃ痛いんだけど!?
しかも全然取れないし、どうなってるのこれ?
「あのー、王子殿下? これは一体どういうことなんです?」
「そのままの意味ですよ。アリス、君を私の妃に迎えたい。そして王族という最高位の身分を与え、今後一切魔族だからと君が迫害されないことを約束しよう」
「本音は?」
「素直に君に惚れた。その身も心も天使のように美しく、その上騎士団長である私よりも強い。これで惚れない男がいる訳が無かろう?」
いきなり指輪はめてくる男もいる訳無かろうが。もしかして馬鹿なのかなこの王子様は。
そういえばレイさんも彼のことをクソ王子扱いしてたし、案外そういう人間なのかな?
「っていうか外れないってどういうことですか!? 私呪いの装備でも装着されちゃったんですか!?」
「ふむ、その指輪は"契約の指輪"だ。互いに交わした約束や契約を破らない限り、体内の魔力循環を安定化させる効果がある。だがその契約を反故にした場合、死よりも恐ろしいとされる激痛を与えるという」
なにそれ怖っ! 本物の呪いの装備じゃん。
それにしてもこの王子様、口では信じたと言っておきながらちゃっかり保険を用意する辺り、思ったより切れ物みたいだ。
「そんな物騒なものアリス姉さんに渡さないでください! アリス姉さんも、あんなもの着けられるなんて無防備すぎです!」
「ま、まあまあ私達が裏切らなければ害はないんだしいいんじゃないかな? セウェルス王子も同じもの着けてるから、彼も私達のこと裏切らないんだし」
「でも、それ見た目から場所から結婚指輪じゃないですか! それがあったら私の分は何処に填めればいいんですか!?」
「ふむ、それは女性の君が気にすることではないのではないかい? それに私は王位継承権一位の王子であり、男だ。何か問題あると思うかい?」
セウェルス王子がカミラちゃんをそう煽ったのをきっかけに、二人はそれからギャーギャーと喧嘩を始めてしまった。
なんだかもう取り付く島もなさそうな感じだったので、私は溜息を一つ吐いてから両手を掲げて魔力を集中させる。
発動させたのは、『エリアヒール』。私が指定した範囲、今回で言うなら私が障壁を適用させた範囲内全てにいる味方を治療する超級の治癒魔法。
騎士団や冒険者達、私が結構痛めつけちゃったからね。特に冒険者の一人は腕まで砕いちゃったし、流石にそのままにしておくのは可哀想だ。
無事に全員の治療が済み、セウェルス王子と和解することもできてとりあえずは一件落着だね。
そう思って油断しきった、その時だった。
「(ア、アリスさん! 緊急事態、です!)」
サラちゃんからの、緊急連絡が入ったのは。




