第五話 王都
最高権力者たる王様が御坐す王都。城門ではさぞかし厳重な警備がされているのだろうと意味もなく身構えていたんだけど、それは全くの杞憂だった。
王都の警備はザルもいいところで、ギルドカードを見せる必要すらなかった。これじゃあ悪い人も入り放題だと思うんだけど。
そんな感じで簡単に王都に入る事ができた私達は今、目の前に広がる美しい街並みに目を奪われていた。
上空から見た通り、王都は木組みの家と石畳の街だった。道ゆく人々は皆清潔であり、住まう人々の生活が豊かであることも窺える。
そして今まで見て来た街と違うのは、露店がないということだった。そのお陰なのかは分からないけど、そこまで広くないはずの道までもが広く感じる。
だからといって活気がない訳では無く、店先では可愛い女の子や快活な男の子が客寄せをしていて、街ゆく人々はその子たちと一言二言話しては店に入っていく。
有栖が新宿とかで見た鬱陶しいキャッチとは大違いな、優しい世界だった。
「綺麗な街ですね……」
「うん。私、将来はこんなところに住みたいな」
カミラちゃんは、感嘆の息を吐いて目を輝かせていた。かく言う私も、側からみればそうなのかもしれない。
どうしてもテンションが上がるのを隠せないけれど、王都観光は後回しにせざるを得ない事情が私達にはある。
この街並みのお陰で、あのタイミングで王子様に呼び出された怒りが少しは落ち着いた気がする。
……と思ったけど、フォルトの現状を思い出したら全然そんなことなかった。それとこれとは全くの別問題だった。
そんな訳で、私達は不本意ながらも街ゆく人々に王宮への道を聞きながら王都を歩いていた。
王宮なんだから城門から一直線に歩いていけば辿り着けると思っていたんだけど、どうやら敵に侵攻された時にそれだと危険だということで、敢えて複雑な道にしているらしい。
因みに、浮遊魔法は街の中での使用を禁止されている。城壁から城門を介さずに直接外に出られちゃうから、これは仕方ない事だね。
結局一時間以上かかって漸く王宮の前までたどり着く事ができた。王都がとても過ごしやすい気候で本当に助かったよ。これで日本の夏や冬のような気温だったら、こんなに歩いてられなかった。
しかし困った。目の前にはハノーヴァー邸を遥かに凌ぐ巨大な門が聳え立っていて、とてもじゃないけど勝手に開けていいものとは思えない。
だというのに、門の前には誰もいない。門番の一人もいない王宮なんてある? って思ったけど、そういえば王都は城門の警備でさえガバガバだった。
もしかしたら、セ○ムしてるのかもしれない。それか吉田沙○里が影から見守っていたりするんだろうか。
私が霊長類最強の存在を懐かしんでいると、突然城門が音を立てながら開き始めた。やっぱり見られていたみたいだけど、全然そんな気配は感じない。一体どこで見張っているんだろう……。
「ようこそお越しくださいました、アリス様、カミラ様」
「うひゃあ!?」
突然真後ろから聞こえた声に吃驚しすぎて、めちゃ変な声が出た。いつの間に私の後ろに来てたんだ、この人……。
その人の格好を見るに、おそらく王宮のメイドさんだと思う。凛々しい顔つきの若い女性で、しかしメイドさんとは思えない程、気配がとんでもなく希薄な人だった。暗殺者ですって言われた方が自然なくらいに。
そしてこの人、私達が名乗る前に名前を言い当てたよね? この世界にはカメラなんてものはないし、顔を伝える手段なんて似顔絵くらいしかないはずなんだけど、そんなもの描いてもらう時間無かったと思うんだけど。
「初めまして、アリスと申します。この度はお招き頂き、ありがとうございます。平民の身でありながらこのような貴重な機会を賜りました事、光栄の極みにございます」
私はコホンと一つ咳払いをして動揺を隠し、フォルトで購入して以来愛用しているローブの端をつまみ上げて礼をした。
「同じくお初にお目にかかります、カミラと申します」
カミラちゃんも私を真似て礼をした。当然二人とも、ローブのフードは外してある。流石に知らない街を付与魔法無しの服で歩き回る勇気は無かったから、ローブ姿なのは許して欲しい。
私達の礼を見たメイドさんは一瞬驚いたような顔をして、しかし一瞬で元の無表情に戻る。
「私は王宮でメイド長をしております、レイと申します。あのクソ王子……ゴホン、セウェルス様よりお二人の世話係をするように命じられておりますので、何かありましたら遠慮なく申し上げてください」
まってこの人凄い暴言吐いてなかった!? あんまり素を隠さなそうな人だなとは思ったけど、それでよく王宮で働いていられたね!
「は、はい承知しました。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
私とカミラちゃんは少し引き攣った笑みを浮かべながら、再び礼をするのだった。メイド長にクソ呼ばわりされる王子様、一体どんな人なんだろう……。
それから私達はレイさんに王宮へ案内された。いつか写真で見たベルサイユ宮殿を彷彿させる煌びやかで豪壮なその内装に、私はすっかり萎縮してしまう。正直もう、キラキラし過ぎて目眩がしてきたよ。
さっきまで王子様に一発くれてやろうかとか考えていたのに、私ってやっぱり小心者だなぁ……。
その後は王宮内の案内もそこそこに、早速王様や王子様に謁見することになった私達は客人用の更衣室へと通された。
「それではこれよりドレスの着付けを行います。よろしいですか?」
「は、はい大丈夫です」
「よろしくお願いします」
私達はレイさんと、彼女が王宮内に入ってから連れてきた数名のメイドさんにドレスを着せられる。王様への謁見では正装をする。これは基本中の基本とされるルールで、破れば即不敬罪とのこと。
カミラちゃんが着せられたのは水色のフリルが綺麗なパーティードレスで、胸の辺りに花のような形の刺繍が施された可愛らしいデザインだった。
それが彼女の真紅の瞳と良いコントラストになっていて、魅力をより一層引き立てている。私はその綺麗さに魅入られて、思わず息を止めてしまっていた。
ちょっとしてから突然ゴホゴホと咳をした私を、メイドさん達は変な生き物を見るような目で見ていた。ちょっと恥ずかしい。
ちなみに私は、適性検査の時に着た自慢のドレスを持ってきていたので、それをマジックバッグから取り出して着付けてもらった。
鏡を見せてもらうと、やっぱりこのドレスは私と絶妙に似合っている。さらに着心地もバッチリで最高なんだけど、これ『擬態』を使って7歳児の姿になってるから着れてるんだよね。
普通の姿だと着れないのは残念だけど、よくよく考えてみれば人前で『擬態』を解くことはないから関係なかった。
「はぁ……。アリス姉さん、綺麗すぎです」
そしてカミラちゃんはキラキラとした目で私の全身を舐めるように見ていた。昨日のことがあって変に意識してしまってるからそう感じるのかは分からないけど、ちょっと熱がこもっているように見えるのは気のせいだろうか。
レイさんはそんな私達を見て満足気に頷いている。あの様子なら、王様の前に出て行っても恥ずかしい思いをしなくてよさそうだ。
「それでは玉座へご案内致します。どうぞこちらへ」
こうして私達は、遂に性悪(と思われる)王子様とご対面する運びとなったのだった。
正直言って、不安しかないけどね。




