第四話 乙女心は難しい
色々考えたけど、結局のところ対処方法は一つしか思いつかなかった。そしてその方法というのも、カミラちゃんの必要に応じて私から魔力を補給するため、もしくは"血の契約"の制約により吸血する必要がある場合には、かならず『土要塞』を使用することだった。
つまり症状を抑えることは無理だから、諦めて密室で吸血しましょうねというだけの対処療法である。
「はぁ、不老不死にしてこの制約。先が思いやられるよ」
「うぅ、ごめんなさいです」
「いやいや、カミラちゃんは命の恩人なんだから謝らないで。でも今回みたいに我慢できなくなったら、事前に言っておいてくれると助かるかな」
「……えーと、どういうことでしょうか?」
キョトンとした顔で小首を傾げるカミラちゃん。
「カミラちゃんは純血の吸血鬼だから、制約とは別に定期的に吸血しなきゃいけないんでしょ? だから昨日みたいに我慢できなくなったら、事前に言ってくれると助かるなって」
私がそう言うと、彼女はやっぱり分からないというように顎に指を当て、そしてハッとしたように目を見開いた。
「アリス姉さん、もしかして昨日私が口付けしたのは……」
「吸血衝動が抑えられなくなったんだよね? 分かるよ、私もカミラちゃんの魔力を吸った後は自分が抑えられなくて、何度もキスしちゃったし」
「……アリス姉さん、それ本気で言ってます?」
今まで聞いたことのない全く感情の感じられない声で彼女の声に、私は思わず息を呑んだ。その顔は完全無血の無表情なのに、その裏には般若のような悍ましい怒気が感じられた。
……まずい、私何か地雷踏んじゃったみたいだ。
「えっと、その、はい……」
怖すぎてちょっと後退りしながら、カクカクと挙動不審に頷く私。
ホラー映画とか怖すぎて全然見れなかった私でも、今なら分かる。本当に怖いのは、妖怪でも幽霊でも呪いの人形でもない。生きている人なのだと。
「そうですか、分かりました。それでは行きましょうアリス姉さん。王都はもう、すぐそこです」
カミラちゃんは無感情にそう言うと、私と自身に『擬態』を使ってから飛び立った。不意に置いていかれた私は、慌てて浮遊魔法で彼女を追いかける。
いつものカミラちゃんなら私の後ろについてくるのに、今回のは相当怒ってるよ……。
そして飛ぶ速度にも全く容赦がない。リニアモーターカー並みの速度が出てるんじゃないかってくらいの高速飛行で、風圧に顔が潰される。
王都までは結構距離があるはずなのに、すぐそこって言うから変だとは思ったんだけど、こういうことだったんだね……。
というかこの状況でも、カミラちゃんはまるで無風状態なのかってくらい風の影響を受けていない。あれも何かの闇魔法なのか、はたまた私の知らない風魔法があるのか。
そしてそれを私に使ってくれないところを見ると、怒りが解けるにはまだまだ時間がかかりそうだ。
一体どれが地雷だったんだろう?
怒った理由として真っ先に思いつくのは、カミラちゃんのしたキスが、その、私の事が好きだからした本気のものだったってことだ。
もしあのキスがそういう意味のものだったなら、あれだけ怒るのも納得できる。寧ろ私が最低だ。
でもこの世界では同性のことを好きになる人は殆どいない。魔族の文化がどうなのかは、分からないけど。
そして何より、それを聞く勇気が私にはない。有栖だった頃の私が告白して振られた記憶。それがどうしても蘇ってしまうのだ。
あの件以来、私は恋愛事に臆病になっているんだと思う。
今回は告白する訳ではないけど、「カミラちゃんって私のこと好きなの?」とか聞いて違ったらと考えるだけで、胃がキリキリと痛み、身体が震える。
それに、ちょっとそれっぽいことされただけで勘違いしちゃう残念な子って思われるのも辛い。カミラちゃんとはそれこそ本当に、永遠の時を共に歩んでいく仲なのだから。
そんなことを悶々と考えながら飛んでいると、遠くの方に小さく街が見えて来た。
ドイツにあるネルトリゲンという街にも似た、歩廊だけが朱色で壁部分は白色の綺麗な円形状に作られた城壁と、その中心に聳え立つ荘厳で巨大な城がまるでRPGゲームの中に入り込んだかのように錯覚させる。
城壁と同じ色の屋根が特徴的な木組みの家が建ち並ぶ石畳の街並みは、遠目に見てもとても綺麗なものだった。街中を流れる川もとても澄んでいて美しい。
爆速で飛んでいたのもあり、見えてからは一瞬で城門近くまで辿り着いてしまった。もうちょっと景色を堪能していたかったけれど、カミラちゃんがそれを許してくれなかったのだ。
私はカミラちゃんに倣って、城門から少し離れた人目につかない場所に降り立った。
「あの、カミラちゃん。……本当にごめんなさい。私馬鹿だから、カミラちゃんが何で怒ってるのか分からないけど、でもずっとこのままなのは嫌で、それで……」
私はカミラちゃんを直視できず、思わず俯いてしまう。本当はもっと、ちゃんと目を見て謝るべきなのに。
するとカミラちゃんは、溜め息を一つ吐いてから私を優しく抱きしめた。温かく柔らかな感触に包まれると、不思議な安堵感が胸を包んだ。
「こちらこそごめんなさいです、アリス姉さん。私も言葉が足りてなかったと思います。それに、焦らなくても私達にはまだ時間がたっぷりあるんですから、ゆっくりでよかったんです」
「カミラちゃん……」
彼女はそう言って私から離れた。その顔は、いつもの朗らかで可愛らしい笑顔に戻っていた。
「行きましょう、アリス姉さん。王都へ」
差し伸べられた小さな手。私はそれを手に取り、そして繋いだ手を離さずに歩いていく。
「いつの間にか、私がカミラちゃんに引っ張られることが増えた気がするよ」
「私の方がお姉さんだったんですから、当然です。あ、でも有栖さんだった頃を足したらやっぱりアリス姉さんの方が年上?」
「まあ、私の魂の年齢は17で止まってるらしいんだけどね……」
そして私たちは、そんな他愛のないことを話しながら城門に向かう。やっぱり、こうやって楽しくお喋りして笑い合える関係は心地良い。
安心したらちょっとだけ涙が滲んできちゃったけど、バレないようにこっそりと拭い取る。
……さて、この街では一体どんな試練が待ち受けているかな?




