ミノそしてイセ
日に日に涼しくなって行くような気がした。今日の空はどんよりとしている。もう少しすると雨が降りそうな気配だった。
アマミの里を出発してから6日が経つ。途中、オウミと呼ばれる海かと思うほど大きな湖のある街を抜け、もうじきミノの街に着く予定だった。
カルはヨウの事が気になっていた。叔母である斎王の事を耳にしてからヨウにいつもの笑顔がなく、ずっと悲しそうな表情を浮かべていた。
「ヨウ、叔母さんの事は僕達で何とかしよう」
「そうよ、私達は絶対何とかするわ」
「ああその通りだ、前の家でヨウに世話になった事、ヨウの薬に何度も助けられた事、私は忘れてないぞ。今度は私達が助ける、安心して欲しい」
「僕も手を貸すよ、ヨウの叔母さん助けるの」
ヨウは目に涙をいっぱい浮かべながら話す。
「皆さん…本当に、グスっ、本当…に…ううっ…」
ヨウは泣き崩れてしまった。慌ててセシルがヨウの背中に手を当て、さすりながら抱きしめる。ヨウは小さな子供のように泣き噦る。
そんなヨウを見て、大人っぽく振る舞っていてもやはりまだ少女なんだとカルは思った…。
………クリスはイセの神宮にたどり着いていた。最も、正面から入って行った訳では無いが、しっかりと気配を消し、まるで森と同化したかのように潜んでいる。辺りには、キスクの東の森で倒した暗殺者と同じ格好の者が数十人は集まっていた。
クリスは無理をせず、じっと様子を見、さらに人数がいるのかを確かめている。
クリスは見つかってはいないが、暗殺者のボスらしき者がしきりにこちらを気にしているのに気づく。
「チッ、目ざといのがいる…」
クリスは心の中で毒づいた。突然ボスらしき者が何かをこちらに投げつけた。苦無と呼ばれる手裏剣だった。クリスが隠れている石にぶつかって弾かれた…
「お頭、どうしました?」
「いや、気のせいか…誰かに見られている様に感じたのじゃが…」
配下の者が下っ端の者に命令を出す。
「誰ぞ、確かめて参れ!」
「はっ!」
数人の黒ずくめの男が苦無の弾かれた石の方に向かう。
身軽に崖を登り、直ぐにその場にたどり着いた。
石の裏に1人が行く…
「誰もおりません!足跡も無い様子です!」
ボスらしき者は頷き、手を上げる。それを見て崖にいる男達は元の場所に降りて行った。
その様子をさらに後ろからクリスは確認していた。統制の取れた動きだった。指揮官が良ければ兵も良くなる。
「…これは手こずるな…」
クリスはまた心の中で呟いた…。
……日が傾きかけ、ようやくミノの街にカル達はやって来た。街の宿屋に宿泊する手配をヨウが進めている。
まだ街に人は多かった。これまでの街に比べ、人の数は多く感じられた。交易をしに来る者、工芸品を見に来る者などが目についた。中々に栄えた街に見える。
「皆さん、宿の手配が終わりました」
ヨウの声に合わせ、他の皆は馬車を降り、宿に入って行く。馬車は宿屋で働いている馬子に任せた。
宿はそれなりに広く、一階に大浴場も備わっていた。
皆で風呂に行こうという話になったが、ブリトニーだけは何故か後でいいと拒否する。何かあったのだろうか?
カルは聞いてみたが、1人で入りたいとブリトニーは答える。
セシルに聞いても、良く分からないとの事だった…
「だ、大丈夫だ!皆で入るといい」
ブリトニーに言われ、皆は風呂に移動する。
カル達が風呂から上がった後にブリトニーは風呂に向かった様だ。
「セシル、何かあった?」
「い、いやぁ、大丈夫じゃないかな…?」
「そうなの?」
「う、うん」
ま、いいかとカルは思うことにした。やがてブリトニーが部屋に戻る頃には食事の用意も整い、皆で食べ始める。東国の鍋料理だった。
明日刀工の元を訪れ、情報を集める話になった。その後でイセに向かう。ヨウの表情が少し曇るが、今までよりも元気そうに見えた。
相変わらずウーリの食欲はとどまるところを知らない。1人で全て食べそうになるので、慌てて食事を追加する。何とか手配出来た…。皆もお腹は空いていた。
そこにスゥーっと人の姿が現れる。皆は驚いたが、直ぐに安心してその者に話しかける。
「オーリーさん、驚きましたよ…」
「ははは、いやぁ、ごめんそんなつもりでは無かったんだが」
「それでどうなりましたか?」
「ああ、ヨウの家族には姿を見せず、声だけを聞かせるようにしたら、皆びっくりしてたけど素直に聞いてくれたよ」
「お師匠様は何かおっしゃっていましたか?」
「ああ、少し心配はしていたけど、魔力で通信する方法を聞いて来た。これで大丈夫だろう」
「オーリーさん、本当にありがとうございます」
「何、お嬢の弟子の頼みは断れないからね」
ヨウが両膝の前に手をつき、頭を下げながらオーリーに話す。
「龍神様、この度の運び、誠に有難うございました。アマミの里を代表してお礼を申し上げます」
「ははは、ヨウ、そんなに改まらなくて大丈夫だよ」
「いえ、私は龍の巫女です」
「わかった、ヨウ、斎王を助け出そう」
「はい、必ず!」
オーリーは付け加えるように話す。
「カル君、イセの刀工の事なんだが、どうやら変わった物を持っていると噂を聞いた」
「変わった物ですか?」
「ああ、斎王の事が落ち着いたら調べてみるといい」
「わかりました」
「それでは、イセで会うかもしれないね」
オーリーは消えていった。
カルはオーリーは全てを知っていると思った。でも自分達の目で見ろと言っているのだろうか…。
皆寝静まった頃にカルはヨウに起こされた。
「どうしたの、ヨウ、こんな遅くに…」
「カル、カル!」
ヨウはカルに抱きつく。
「ど、どうしたの?」
「もしも、もしも叔母上がいなくなってしまったら…」
「大丈夫、皆で助けよう」
「そうでは、そうではないのです…叔母上がいなくなってしまうと、私が斎王にならなくてはならないのです!」
「……,!?」
「そうなれば、皆と離れ離れになってしまいます…私は、私はそれが堪らなく辛いのです…」
「ヨウ……」
「私は、カルが、皆が大好きです…このまま別れるなんて辛過ぎます…ううっ、うううう」
ヨウは泣きながらカルに必死に伝える。カルはヨウをぎゅっと抱きしめ答える。
「大丈夫、必ずヨウと離れ離れになんてならない、そして叔母さんを助けよう!」
「はい、はい…」
ヨウは泣きながら必死に返事をする。カルはヨウの頭を優しく撫でる。
「大丈夫、皆で叔母さんを助けて、また皆で旅を続けよう!」
「はい……グスっ」
しばらくそうしていると、ヨウは落ち着いた様子で布団に戻って行った。カルには、セシルもブリトニーも目が覚めているのがわかった。ウーリは…まあ、いいとして、2人もきっと同じ気持ちだったはずだと思った。外は雨が降り始めていた…少しひんやりとした空気をカルは感じていた…




