初めての船旅
ヴィスニーで一夜が明け、カル達は船で出発する事になった。ヨウ以外は大きな船に乗るのは初めての事だった。船の手配は、全てヴィスニーの新しい領主アンドレが進めてくれた。
カル達はアンドレに別れを告げ、ミー・リーとチムに馬車を預ける。
港には巨大な船が停泊していた。この船に乗りおよそひと月後に東国に辿り着く予定だった。途中途中で港に寄港し物資を補給することになっている。
港までミー・リーとチムは見送りに来てくれた。
「皆さん気をつけて行ってきてください」
「行ってらっしゃい」
ブリトニーが答える。
「ああ、わかった、お前達も仲良く過ごすのだぞ、そして里の者達によろしく」
「ミー・リー、チム、馬車をありがとう、それじゃ行ってくるね」
ブリトニーとカルにミー・リーが答える。
「はい、馬車はお任せ下さい。帰ったら里でお待ちしています」
船はじきに動き出した。港の人々が徐々に小さくなって行く。ミー・リーとチムはずっと手を振っていた。
カル達は自分達の船室に戻る。豪華では無いが、不快な程でも無かった。しかし船の旅には危険が付き纏う、その事はずっと忘れないようにしないといけない。
カルはクリスもこの船に乗っているのか考えていた。船には酒場などはもちろん無い。カルは甲板に出て、様子を見る事にした。
巨大な帆船は気持ち良く進んで行く。船員達は休みなく動いていた。頬に当たる海風が心地良かった。
甲板には船員とカルの他には誰も見当たらなかった。海を眺めていると後ろから声をかけられる。
「船旅は初めてですかな?」
大柄の屈強なそうな男だった。黒の皮のパンツに黒いブーツ、巨大な曲刀を腰に下げている。白髪混じりの口髭を生やし、黒髪だが白いものが混ざっていた。
「はい、大きな船は初めての経験です」
カルは答える。
「初めまして、私は船長のダウニングと申します」
「あ、初めましてカル・エイバースです」
「東国へ向かうとお聞きしました、船内ではごゆるりとお過ごし下さい」
「はい、ありがとうございます」
「それでは失礼致します」
ダウニングは去って行く。カルは後ろから声をかけられた。
「挨拶は済んだか?」
クリスだった。
「クリスさん!」
「よう、カル…」
「やっぱり乗っていたんですね」
「ああ」
「もしかしてダウニング船長は…?」
「同士だ」
「やっぱりそうですか」
カルはクリスに聞いてみたい事があった。
「クリスさんはやはりウバクの血筋なのですか?」
「……違う」
「でもウバクの民は血筋を保つのでは?」
「……カル、私はウバクの民に育てられた者だ」
「育てられた?」
「私には生まれついての力があった」
カルは東の森でのクリスを思い出していた。暗殺者を放り投げる程の力を持っていた…
「それは、あの時暗殺者を放り投げたような?」
「まあそうだ」
「すごい能力ですね」
「そう思うか?」
「はい、もちろん」
「私には忌まわしい能力だがな」
「そんな事は無いと思います、僕達は少なくともクリスさんに助けられてます」
「私はこの能力ゆえに親に捨てられた…怖がられてな」
「……」
「そしてウバクの者達に拾われ、格闘術や諜報術を学んだ。私はそうやって生きて来たのさ」
「僕はクリスさんの事嫌いじゃないです」
「何?」
「…いえ、クリスさんがすごく自分を嫌がっているように聞こえてしまって…」
「…そうだな」
「僕はクリスさんを信頼してますし、友達になりたいと思ってます」
「友達…私をか?」
「はい、お願いします」
「考えておこう…」
クリスはその場から去って行った。その後ろ姿はどことなく悲しさが漂っているように見えた。
ヴィスニーを出港し、1週間が過ぎた。今日は最初の寄港地に停泊する事になっていた。今のところ問題は起こっていない。
やがて陸地が見えて来た。今日寄港する港タラスだった。タラスの街は交易港として栄え、特に水の街として知られている。豊富な地下水が湧き出し、その水はクリスタル・クリアと呼ばれ、近隣の街にも話題になっている。
カル達は船を降り、1週間ぶりの陸に降りる。
「 なんだか安心感あるわね、陸の上!」
「まだ揺れてる感じがするぞ」
「そのうち慣れるはずです」
「うーん、僕は海のものには変われないんだよね…イルカとかいいと思うけどな…」
そんな話をしながらカル達は港に降りた。出港は半日程先だった。カル達は街を散策する事にした。
「ここは水が有名なんだって」
「そうね、ここの水はなぜか美味しいと言われてるわね」
「水の街タラスか…この水で料理したり、お茶を淹れたりするのもいいかも知れんな」
「僕は何か食べたいかな…」
カル達はこの街の名物でも食べようという話になった。
カル達は食事も取れる酒場に入った。昼時の為か人は多かった。カウンターにクリスが座っていた。既に飲み始めている。チラリとこちらを見たようだが、直ぐに気にもしてないようにグラスを口にする。
カル達はこの街の名物料理を頼む。魚介類をトマトソースで煮込んだものや、東国の料理に近い、魚を生で独自のソースにつけて食べる物などが有名だった。
「これって美味しいね、東国の料理とはまた違った感じ!」
「うん、キスクにも確かタラスの料理屋あったよね?今度皆で行こうね!」
「そうですね、私もタラスの料理初めてですけど、美味しいです」
「うむ、何と言うか魚料理のバリエーションが増えた感じがするぞ」
ウーリは何も言わず、一心不乱に食べている…また皿が並びそうな勢いだった。
皆満足して店を出る。
街には至る所に水を汲む場所があり、水資源が豊富なのがわかる。カルは水汲み場所の水を手ですくい、飲んでみる。
「….ゴクっ、あー、美味しい!」
「本当?」
皆カルを真似て水を飲む、本当に美味しい水だった。
やがて出港の時間が近づいて来た。世界はまだまだ広く、自分の知らない事も多い、カルはそう感じていた。
また暫くは船上の生活になる、今のところは何も起きていない、このまま何も起きずに済むだろうか?カルは不安を抱えながら船の停泊している海を見つめた。日の光が水面に反射し眩しかった…




