↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不遇職テイマーの最速育成録 ~経験値が自分にも入ると気づいた武門の三男は、従魔と最短で強くなる~  作者: 雅龍(がりゅう)
第一章 庭の小さな王様

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
9/27

庭の下にある道

「ここが入口、で、この線が水路の流れ、で……」


レクトは地面に腹ばいになって、大きな紙に鉛筆を走らせていた。


雨が近い。ハンスは、早ければ数日で崩れると言った。それまでに、庭の下の水路の地図を仕上げたい。


隣では、ミュウが日向ぼっこ。リプルは紙の端に載って、重しの役目。チップは地面に耳をつけて、足元の震えを聞いている。


この二週間、水路の測量が日課になった。使うのは三つ。チップの地面の震え。リプルの水の流れの感覚。そしてレクト自身の測量。縄の端を杭に結び、歩幅を数え、メモを取る。従魔の観測と人間の実測を重ね合わせると、少しずつ形が見えてくる。


(図鑑は地図を出してくれない。だから、自分で作る)


不思議と苦ではなかった。前世のゲームの「マッピング」が現実になったみたいで、楽しくてたまらない。


昼過ぎ、問題が見つかった。


「あれ。チップ、そこ、止まって」


水路の入口にあたる古い石の格子だけ、足元の震えが不自然に弱い。のぞきこむと、格子の根元がひび割れて、錆びた鉄が傾きかけていた。


(もし大雨が来たら、これが外れて、流れが一気に庭へ入る)


迷わず立ち上がって、屋敷へ走る。


「ハンス! 水路の入口の格子が傷んでます。今日見つけました。写しはこれです」


ハンスは地図に目を通し、眼鏡を押し上げた。


「……承知いたしました。旦那様に、本日中にご報告いたします。修繕の手配は、明日から」

「ありがとうございます!」


報告は、見つけたその日のうちに。それだけは決めていた。


夜、父が帰ってきて、短く言った。


「格子の件、聞いた。明日、職人を呼ぶ」

「はい」

「よくやった」


それ以上は言わなかった。でも、その夜のスープは、いつもより温かい気がした。


 *


バレット工房の主、ボルド・バレットは、岩のような男だった。


肩幅は扉ほど。腕は丸太のよう。ごつごつした指で、驚くほど繊細に鈴の紐を結ぶ。屋敷の応接間にどっかりと座り、運び込んだ荷を広げていく。


「ほれ、坊主。連絡鈴だ」


小さな真鍮の鈴だった。従魔の首に結べる。


「音が三種類出る。長く、短く、二回。お前さんの三つの合図と合わせるんだろう? チップとやらに、試してみな」


チップの首に結ぶと、きゅい、と小さな音が鳴った。長く鳴らすと「進め」、短く鳴らすと「止まれ」、二回鳴らすと「戻れ」。遠くにいても、音で合図を返せる。


「すごい……」

「ふん、当たり前だ。次はこれだ」


細長い包みの布を解くと、短剣が現れた。刃渡りは前腕ほど。柄は子供の手にぴったり。刃は薄く、よく研がれている。


持ってみた。重くない。振ると、ひゅ、と軽い音がした。


「使うときは、旦那の許可と訓練の範囲でな。いいか、坊主。道具ってのは、使う人間を映す鏡だ。雑に扱えば雑になる。丁寧に扱えば、丁寧に返ってくる」

「はい!」


部屋の端で腕組みをしていたガイゼルが頷いた。


「ボルド。金は私が出す。この子には、不足のない装備を」

「へいへい。旦那、気前がよろしいことで」


ボルドは笑ったあとで、ふと思い出したように言った。


「そういや、うちの姪っ子が坊主と同い年でな。機械いじりと工具が好きで、工房に入り浸ってる。ノエルっていうんだが、これがまた手に負えんくらい頑固でな。この前なんて、俺が打った鎚を『重心が悪い』と言い切りやがった」

「えっ、当たってたんですか」

「……三日後に、打ち直した」


豪快に笑いながら、ボルドは頭をかいた。


その午後、格子の補修も始まった。石工たちが古い格子を外し、新しい鉄を組む。職人の手際に見とれた。


(こういう人たちが、世界を作ってるんだな)


腰に下げた短剣の柄が、手のひらに吸い付く。不思議と背筋が伸びた。


 *


敷地外縁の管理林は、初夏の匂いがした。


下草が足の下で柔らかく鳴る。木々の間から射す光は、斜めで、薄緑だ。実戦の初日。同行するのは、衛兵のダリオと、騎士見習いのトール。


「坊ちゃん、前に出すぎないでくださいよ」

「分かってる。護衛の邪魔はしない」

「いや、邪魔じゃなくて、俺らの仕事を奪わないでほしいんです」

「ダリオさん、それは無理なお願いだと思います」


軽口を叩き合いながら進む。先頭はチップだ。


(足元、土が柔らかい。奥に、重いものがいる)


地面の震えが、一定の間隔で響いている。四本足。犬くらいの体重。


「止まれ」


足を一回、止める。三人と三匹が、息を殺した。茂みの向こうに、牙猪が一頭、鼻を鳴らしていた。


〈牙猪 Lv9 HP64/64〉

〈短い生態:突進。雑食〉


「やってみる。チップが足音を読む。ミュウが目線をずらす。リプルが受け流す。最後に、俺が決める」


足を二回踏む。「とん、とん」。


チップが前に出た。牙猪が気づいて、唸り声を上げる。突進が来る!


「ミュウ」


灰色の影が鼻先を横切る。金色の目がぎらりと光り、一瞬、猪の視線がそちらに吸い寄せられた。


「リプル!」


清流の膜が、レクトの前に広がる。受け止めるのではなく、角度を、ほんの少しだけ逸らす。猪の巨体が、斜めに流れた。牙が風を切ってすり抜ける。


(そこだ!)


短剣が、首の付け根にすっと入った。ずん、と重い手応え。牙猪は数歩進んで、どさりと倒れた。


「……すげえ」


ダリオがぽかんとした顔で呟く。


「坊ちゃん、完全に息が合ってましたよ。俺ら、出番なかったじゃないですか」

「でも、いてくれたから、安心して前に出られました」


トールが、小さく笑った。


〈レクト:Lv14→15〉


 *


「今日は、特別な稽古をする」


父の声が、訓練場に響いた。後ろには、屋敷の精鋭の騎士が三人。


「レクト。この三人を、お前が相手にする。従魔も短剣も使っていい。ただし、正面から殴り合うな。お前が『勝てる場所』を作って、そこへ誘い込め」


勝てる場所。


訓練場を見回す。広い空き地。柵。倉庫の影。端には溝と小さな丘。


(正面では勝てない。この三人は、Lv40以上。けど、地形を使えば)


「チップ、東の丘の裏を調べて。ミュウは倉庫の屋根へ。リプル、溝に水を張る準備」


父の合図で、三人が動いた。レクトは真正面から向かわず、柵に沿って走る。足音が三つ、重なって追ってくる。


丘の裏から、鈴が鳴った。長く、ちりん。


騎士たちを丘の影へ誘い込む。そこは、リプルが水を張って、ぬかるんでいた。一人目が足を取られた。二人目も。三人目が慌てて避けると、倉庫の屋根からミュウが飛び降りて、顔の前をひゅっと横切った。


「うおっ」


動きが乱れる。そのすきに、レクトは短剣の柄で、三人の脇腹を順番にぽんぽんと叩いた。


「そこまで!」


勝った。三人は、ぬかるみの中で毒気を抜かれた顔をしている。


「いやあ、まいった。坊ちゃんに、まんまとやられましたわ」

「靴が泥で駄目になりました。経費で落ちますか」

「落ちませんな、ベンさん」


ガイゼルが腕を組んだまま歩み寄ってきた。


「勝てる場所を作り、勝った。お前の判断は、正しい。ただし、倉庫の屋根にミュウを置いたのは危うかった。落ちたら、猫でも怪我をする」

「あ……はい。次は、受け止める足場を用意します」

「それでいい」


父の手が、頭に置かれた。一つだけ具体的に褒めて、一つだけ具体的に正す。その簡潔さが、かえって胸に残った。


夕方、屋敷に戻ると、母と使用人たちが雨支度をしていた。


「明日から、天気が崩れるそうよ。水路の水位に気をつけなくちゃ」

「俺も手伝います!」

「ありがとう。じゃあ、地図を見せてちょうだい。どこから水が増えるか、一緒に確認しましょう」


地図を広げた。母は赤鉛筆で、危ない箇所に印をつけていく。格子は、もう直した。ほかに、弱いところは。


母の赤鉛筆が、上流の岸のあたりで、長く止まった。


窓の外を見ると、灰色の雲が、遠くの山の向こうから、ゆっくり近づいていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。