↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不遇職テイマーの最速育成録 ~経験値が自分にも入ると気づいた武門の三男は、従魔と最短で強くなる~  作者: 雅龍(がりゅう)
第一章 庭の小さな王様

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/26

合図は三つでいい

「違う」


父の木剣が、レクトの肩を軽く打った。


「もう一度」

「はい」


構え、踏み込み、振り下ろす。ひゅ、と風が鳴る。


「違う」


また打たれる。型は教わった通りにやっている。腕の角度も足の幅も、手本を目に焼きつけて真似ている。なのに、何度やっても「違う」としか言われない。


十回目の「違う」を聞いたとき、父が木剣を下ろした。


「何が違うかは、自分で見つけろ。明日の朝までだ」


それだけ言って、背を向ける。見学席の石段で、ジークが声を殺して震えているのに気づいた。


「兄さん、笑ってるでしょ」

「笑ってない」

「肩が震えてる」

「寒いだけだ」


五月の昼間である。


日が傾いてから、レクトは庭の隅でチップを石の上に座らせた。


「頼みがある。俺の素振りを、外から見ていてほしい。見たものを、あとで俺に見せてくれ。視覚共有を、逆向きに使うんだ」


やり方は単純だった。チップを数歩離れた石に座らせて、剣を振る。その視界を借りて、自分の姿を見る。


自分の背中が、そこにあった。


小さな少年が、木剣を振り下ろしている。腕の動きは悪くない。足の置き場も悪くない。けれど、踏み込む瞬間――。


(あれ)


右肩が、ほんのわずか下がっている。


剣が前に出るより先に、右肩が落ちる。そのせいで腕の力が剣先に乗り切らず、振りが一瞬、鈍っていた。


「これか……!」


父の「違う」の中身が、ようやく見えた。


肩を落とさず、腰から剣を出す。そう意識して振り直すと、チップの視界の中で、剣先の描く弧がすっと真っ直ぐになった。三十回、四十回。夕焼けが庭を橙色に染めるころ、肩は一度も落ちなくなっていた。


翌朝。父の前で同じ素振りをすると、ガイゼルの木剣が、ぴたりと止まった。


「……肩の癖が、直ったな」

「チップに外から見てもらいました」

「ほう」


父は、少しだけ首を傾けた。


「私が三年かけて直した癖を、お前は一晩か」

「え、父さんも右肩が?」

「…………」


しばしの沈黙のあと、父は咳払いして背を向けた。


「もう一度だ。構えろ」


後ろでジークが、こそっと囁く。


「いま、父上、耳が赤いぞ」

「聞こえているぞ、ジーク」

「すんません!」


 *


長兄のレオニスが大盾を地面に突き立てると、訓練場の空気が一枚、重くなった。


周りを囲む十人の騎士見習いが、一斉に木槍を構える。反対側にも十人。両側から挟んで、盾の兄に殺到する。


衝突音。掛け声。砂煙。


レクトは柵の外から、目を離せなかった。


(兄さんは、動いてない)


攻めているのは二十人のほうなのに、先に息が上がっていくのも二十人のほうだ。レオニスは盾を半歩ずらすだけで、槍の勢いをことごとく逸らしていく。力で受けているのではなく、流れを曲げているのだ。


「まとまりすぎだ」


低い声が飛ぶ。


「守りは、敵を受けるためだけにあるのではない。味方が動ける場所を作る。盾の後ろに余地を残せ」


見習いたちが、はっとして散開した。盾の両脇に回り込む。受けるのではなく、通す。通した先で、槍が待っている。


(場所を、作る)


その言葉を、レクトは手のひらの中で繰り返した。稽古が終わるのを待って、思い切って長兄の袖を引く。


「兄さん。試したいことがあるんです。リプルを、足場の補助に使ってみたい」

「やってみろ」


訓練場の隅の浅い溝に、リプルが薄い水の膜を張った。レクトとチップが同時に溝を飛び越える。着地の瞬間、足元の膜がふわりと衝撃を吸い込んだ。


「軽い!」


二度、三度と繰り返す。先回りしたリプルが足場を作り、そこへ踏み込む。三つの動きが、ひとつの流れになっていく。四度目、調子に乗って溝の端ぎりぎりに着地した。膜が足りなくて、思い切り尻もちをつく。


「いてて」

「今のは、場所が足りなかった。だが」


見下ろす兄の目が、わずかに緩んでいる。


「場所を作ろうとしたのは、合っている」


膝をついたレクトの頭の上に、大きな手が置かれた。剣だこだらけで、驚くほど温かい。


「お前の守りは、お前の仲間だ。大事にしろ」


足元でリプルが、ぷるんと揺れた。


その夜、レクトは育成計画表の隅に、初めて兄の言葉を書き写した。


〈盾の後ろに、余地を残せ〉


何年も先で、この一行が、あの人を救うことになる。そのときの彼はまだ、知らなかった。


 *


「チップ、ちょっと右から回って、ええと、やっぱり左、いや」


先日の甲虫戦で、レクトはそれを骨身に染みて学んだ。


叫んでいる間に、戦いは終わっていたのだ。迷って言い直している間に、チップは気を利かせて動いた。運よく助かっただけだ。声での指示は、遅い。戦いの流れは、人間の舌よりずっと速い。


だから、合図を三つに絞ることにした。


進め。足を二回、とん、とん。

止まれ。足を一回、止める。

戻れ。短く「ほい」。


それだけ。


庭の隅で、さっそく稽古を始める。チップとリプルを前に座らせて、レクトが立つ。


「とん、とん」


チップが走る。リプルがゆっくりついていく。


「ほい」


二匹が戻ってくる。


「止まれ!」


チップがぴたりと止まった。調子に乗って連続で出したら、チップが急停止して、後ろから来たリプルが背中に激突した。ぷるん、と跳ね返ったスライムが、不満そうに揺れる。


「ごめん、速すぎた」


一日目は、散々だった。二日目に、チップだけ反応が揃った。三日目、リプルが意味を覚えた。四日目の朝には、連続の指示にも二匹がきちんと動いた。


そして実戦。庭の隅に出た甲虫を相手に、レクトは足を鳴らした。


「とん、とん」


チップが右へ回りこむ。


「ほい」


素早く戻ってリプルの後ろへ。


「とん」


二匹が同時に前へ出る。


言葉が、いらなかった。合図が出た瞬間に、二匹はもう動いている。レクトは自分の剣を振ることだけに集中できた。一歩ごとにチップが予告して、リプルが退路を塞ぐ。そのすきに踏み込んで、首の付け根に刃を通す。


あっけなく、終わった。


「ひとりで戦うより、ずっと楽だ」


きゅいっと鳴くチップ。ぷるんと揺れるリプル。植え込みの陰から見ていたガースが、そっと拍手をしていた。


三つの合図が、世界で一番速い言葉に思えた。


 *


〈レクト:Lv10〉

〈契約上限:3〉


朝、目覚めた瞬間に、図鑑の隅に新しい文字が増えていた。


「きた……!」


寝台の上で、思わず拳を握る。昨夜の巡回でチップがこっそり稼いでくれた経験値が、あと少し足りなかった分を埋めたらしい。


(三枠目だ)


動きの速い仲間がほしい。チップは地面、リプルは水。次に加わる誰かが機敏なら、陣形の幅がぐっと広がる。ただし、速ければ誰でもいいわけではない。契約は、相手の一生に関わる。


図鑑の索引を開くと、〈灰猫〉の項が目に入った。


〈夜行性。足音を立てずに動く。縄張り意識が強い〉

〈飼育の目安:寝床は高所。爪とぎ用の木材が必要〉

〈性格傾向:気まぐれ・独立心が強い〉


「気まぐれ、か」


くすくす笑いが漏れた。うちの子たちは、素直なのしかいない。ちょっと癖があるのも、悪くない。


母のところへ行って、頼んだ。


「高い寝床に使える木の箱と、爪とぎ用の古い丸太、少し分けてもらえますか?」

「猫でも飼うの?」

「……まだ決まってないです。でも、用意だけ」

「そう。倉庫に余りがあるわ。ところでレクト、猫は窓際の日向が好きよ」

「えっ。なんで母さん、俺が猫を探してるって」

「あなた、朝からずっと、にやにやしているもの」


頬を押さえたレクトの背後で、ジークが通りすぎながら言った。


「どうせ竜とか言い出すんだろ三男は」

「言いません!」


その夜、倉庫から借りた木箱を窓際に置いて、中に古い布を詰めた。まだ誰も入っていない寝床を、チップとリプルが交互にのぞきこんでいく。


ベッドに入ってしばらくしたころ、納屋のほうから、猫の悲鳴のような声が聞こえた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。