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不遇職テイマーの最速育成録 ~経験値が自分にも入ると気づいた武門の三男は、従魔と最短で強くなる~  作者: 雅龍(がりゅう)
第一章 庭の小さな王様

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根喰らいの大百足

ベルクの合図が出る前に、決める。


昨夜、そう約束した。危なくなれば、隊長が合図を出す。出たら、レクトは必ず下がる。


だから、それより先に、この階層主を倒す。


闇が、動いた。


川沿いの通路の奥から、地鳴りのような振動が這い寄ってくる。ずず、ずず、ずず。壁に並んだ青白い苔が、ひと筋ずつ、順番に消えていく。


「来ます」


チップの警告と、レクトの声が重なった。


曲がり角に、漆黒の頭が現れた。


〈根喰らいの大百足 Lv34 HP420/420〉


頭だけで、小屋ほどの大きさだった。黒光りする甲殻。鋏のような牙が、岩を挟んで、飴細工みたいに砕いた。


(でかい)


想像の十倍だった。その後ろに、まだ胴体が続いている。通路いっぱいに、百本を超える脚がうねる。


「全員、散開!」


ベルクの怒号が、洞窟を揺らした。


壁の裂け目から、人の腕ほどの小さな百足が、わらわらと溢れ出す。


「出た、子分だ!」

「ダリオ、右! トール、左!」


昨夜の作戦どおり、護衛は子分の相手だ。本体は、こっちが引き受ける。


大百足の頭が、ぐるりとレクトのほうを向いた。目はない。触覚だけが、鞭のようにしなる。


「ミュウ、前へ!」


黒い影が、岩の上を滑るように駆けた。顎が噛みつく。紙一重で避ける。背後で、岩が粉々に砕けた。


「リプル、足元!」


清流の膜が床に広がる。滑った脚が壁にぶつかり、ごおん、と轟音。巨体が、ぐらりと傾いた。


「いけるぞ――」


そう思った矢先、尻尾が壁を跳ね返って、逆から薙ぎ払ってきた。


「うわっ!」


身を伏せる。頭上を、黒い塊が通過した。髪が数本、風圧で千切れた。


壁にぶつかっても、まったく堪えていない。殻が硬い。HPが多い。長引けば、こっちが先に削られる。


「ピピ、上から!」


青い翼が天井を駆け、小さな竜巻が頭の上に渦を巻く。大百足が、一瞬だけ首を持ち上げた。


(見えた)


首の下に、薄い節。昨日、脱皮殻で見た、色の違う一枚だ。


 *


見えた、と思った瞬間に、隠れた。


大百足は天井を叩いた。洞窟全体が揺れ、根と岩が降り注ぐ。急所は、視界から消えた。


「くそっ!」


足元に、巨大な脚が叩きつけられる。破片が頬を切った。


(急所の場所は合ってた。でも、高い。二、三歩、短剣が届かない)


「坊ちゃん、後ろ!」


小百足の群れが、側壁を這い上がって背後を取りにきていた。


「リプル!」


薄い膜が背後に広がり、小百足たちがずるずると床に落ちる。


(足場が悪い。前にも後ろにも敵。どう動く?)


頭の中で、庭の水路の地図が閃いた。泥顎亀の夜。勝てる場所に、誘い込んだ。


「ミュウ、ピピ、リプル、チップ。作戦変更」


声を張る。


「勝てる場所を、作る」


視線を走らせる。通路の右手に、川の浅瀬が広がっていた。幅が広くて、浅い。あそこなら、脚が全部、水に入る。


「ベルクさん! 敵を、右の浅瀬へ!」

「承知!」


ベルクが鉄板を構え、わざと派手に音を立てて走る。


「こっちだ、化け物!」


ミュウが反対の壁を駆け上がり、ピピが天井で風を巻く。二方向に視線を割られた大百足は、身体を捻って右へ流れた。


ばしゃあああん。


百本を超える脚が、一斉に浅瀬へ踏み込んだ。


「リプル、今!」


膜が水の中で一気に広がる。脚が水の層を踏む。足元が、ぬるりと、すべて同時に滑った。


百本の脚が、同時に空を切る。


巨体が傾き、その頭が、水面すれすれに落ちてきた。


 *


近い。


水面から三歩の高さ。目のない顔が、まっすぐこちらを向いている。首の下の節が、短剣の届く距離で揺れていた。


でも、ここで踏み込めば危ない。脚が滑っても、牙は動く。顎は岩を砕く速さで閉じる。


(読め。次の動きを)


息を止めた。


チップが拾う震えが、足の裏から流れ込んでくる。脚が水を叩くリズム。節が軋む順番。顎が弾ける直前の溜め。


(右の三番目の脚が、浮いた)


(顎が、上がる――)


「ミュウ!」


同調。世界が、ゆっくりになった。ミュウの反射が、噛みつきの軌道を線で見せてくれる。


頭が、左へ傾く。右から噛む気だ。


庭で、洞窟で、何度も練習してきた。足音の先を読む。反射で避ける。その二つを、ここで、一本の線にする。


(右の顎が閉じる、その瞬間に、左下へ潜る)


右の顎が、すぐ横で閉じた。岩が砕ける音が、耳元でする。風圧で前髪が舞う。


(今)


レクトは、潜った。薄い節へ、短剣がまっすぐ向かう。


 *


ざくり、と刃が通った。


殻の下の肉に、短剣が根元まで沈む。紫の体液が吹き出して、顔にかかった。


大百足が、絶叫した。洞窟全体が震える。


(まだだ。一撃じゃ足りない)


刃を捻って、節の内側を横に裂く。


大百足が首を振り回した。レクトの身体が、短剣ごと宙に持ち上がる。天井が近づく。


「坊ちゃん!」


ベルクの声。合図の前触れだ。


(離すな。まだ、合図じゃない)


「ミュウ!」


黒い影が首に飛びつき、爪が傷口を裂く。


「ピピ!」


風が、傷口に吹き込む。


「リプル!」


清流の膜が、傷を押し広げる。


「チップ!」


鼠の合図で足元の岩が崩れ、巨体の体勢が水の中で崩壊した。


四匹の力が、一点に集まる。


レクトは全身の体重を乗せて、短剣を押し込んだ。


ずぶり。


節の奥、神経の束を、貫いた。


大百足の動きが、止まった。


百本の脚が、水の中でゆっくり力を失っていく。巨体が傾いて、傾いて、轟音とともに川へ崩れ落ちた。


水柱が天井まで届き、豪雨のように降り注ぐ。


静寂。


川の音だけが残った。


レクトは、水の中で膝をついていた。短剣を握った手が、離れない。指が固まって、開かない。


ぽん、と肩に手が置かれた。ベルクだった。


「坊ちゃん」

「はい」

「合図を出す暇もありませんでした」

「…………すみません」

「謝ることじゃない」


護衛長は、レクトの指を一本ずつ、短剣から外してくれた。その手が、微かに震えていた。


〈レクト:Lv32→36〉

〈チップ、ミュウ、リプル、ピピ:経験値獲得〉


四つ分の熱が、身体の底から噴き上がる。階層主の経験値は、桁違いだった。


「やった……んですか」

「ええ。やりました。作戦どおりに」


トールが泣いている。ダリオが膝から崩れて座り込んだ。


水面に、透明なものが、ぷかりと浮かんだ。リプルだ。その上にチップがちょこんと乗って、きゅい、と鳴く。ずぶ濡れで岸に上がったミュウが、盛大に身震いをした。水滴が、護衛三人の顔に降り注ぐ。


「うわっ!」

「ミュウ殿!」

「にゃあ」


ピピが頭の上に止まって、勝ち誇ったように胸を張った。


笑いが、洞窟に反響した。


その向こう、大百足の横たわる通路の奥で、青白い光が、ぼんやりと揺れている。


この主は、何を守っていたのだろう。


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