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不遇職テイマーの最速育成録 ~経験値が自分にも入ると気づいた武門の三男は、従魔と最短で強くなる~  作者: 雅龍(がりゅう)
第一章 庭の小さな王様

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石工の親方グラム

帰り道で、チップがまた立ち止まった。


洞窟の浅層、行き止まりの手前。影苔を採った、あの袋小路だ。日没までに外へ出る予定だったが、チップは壁の前から動かない。


「ここが気になるのか」


きゅい。


前足を岩に押しつけて、何度も壁を叩く。叩くたびに、違う場所を試している。何かを探しているみたいに。


レクトは壁に手を当てた。冷たくて、湿っている。苔の厚みも岩の質も、特に変わったところはない。


けれど、指の関節でそっと叩いてみた。


こん、こん。


別の場所で。


こーん。


「…………音が違う」


岩の分厚さが、場所によって違う。この壁の奥には、空洞がある。


「ベルクさん、ここを叩いてみてください」


護衛長が剣の柄頭で壁を叩く。こーん、と軽い音が響いた。ベルクの眉が上がる。


「空洞、ですな」

「奥行きは分かりません。でも、十歩以上はあります」


ダリオとトールが壁に耳を当てた。


「向こう側に、風が通ってる気がしますが」

「気のせいじゃないと思います」


洞窟の浅層の行き止まりが、本当は行き止まりじゃなかった。誰かが、昔、わざとここを塞いだのかもしれない。


そのとき、レクトの手が、勝手に短剣の柄に伸びた。


 *


「壊したい」


声に出したら、護衛の三人が一斉にこっちを見た。


「いや、壊しません。壊したいだけです」

「坊ちゃん、それは何が違うんですか」

「気持ちが全然違います。壊してもいいなら、もうとっくに壊してます」


短剣を握る手が、ぷるぷる震えている。


「やめておきましょう」


ベルクが言った。


「理由は三つ。ひとつ、壁を壊す道具がない。ふたつ、衝撃で洞窟全体が崩れるかもしれない。みっつ」


護衛長は、にやりと笑った。


「宝箱は、道具を揃えてから開けるほうが、中身がきれいに残ります。坊ちゃんが言ったでしょう。出ると思って準備しておけば、出たときに困らない、と」


痛いところを突かれた。レクトは壁を睨んだまま、大きく息を吐く。


「分かりました。道具を揃えて、戻ってきます」

「えらい」

「えらくないです。悔しいです」

「悔しがれるのも、えらいです」


トールが、地図に目印をつけてくれた。チップは、まだ壁の前を動こうとしない。そっと抱き上げて、肩に乗せる。


「ごめんな。もう少しだけ待ってて。必ず戻ってくる」


小さな爪が、服にそっと食い込んだ。


 *


道具を揃えるなら、専門家だ。


ヴァルディス領の北、石切り場のそばに、その工房はあった。低い屋根の下から、がんがんと金属を叩く音が響いている。看板には、一本の鑿の絵だけ。


「石工のグラム親方。偏屈で有名ですが、腕は領内随一です」


ベルクが扉を叩く前に、中から怒鳴り声が飛んできた。


「うるせえ! 後にしろ!」


ダリオが「ほらね」と肩をすくめる。


レクトは、勇気を出して扉を開けた。


薄暗い工房の奥で、大柄な老人が岩の塊に向かっていた。灰色の髭が胸まで垂れて、腕は丸太のように太い。


「後にしろと言った」

「あの。壁を、壊さずに開けたいんです」


老人の手が、ぴたりと止まった。


「…………なんだと?」

「洞窟の壁の向こうに空洞があります。傷つけずに、中を見たいんです」


グラムが、ゆっくり振り向いた。皺だらけの顔の奥で、青い瞳が鋭く光る。


「ヴァルディスの三男か。鼠と一緒にバカでかい亀を倒した小僧だな」

「バカでかい亀は、みんなで倒しました」

「…………」


グラムは、じろじろとレクトを眺めて、ふん、と鼻を鳴らした。


「地図を見せろ」


レクトは丸めた紙を広げた。洞窟の全体図、壁の位置、叩いた音の違いの分布。トールが書き足した目印も、そのまま載っている。


長い沈黙。


やがて、がらがらした声が聞こえた。


「……誰が書いた」

「俺です。仲間たちの観測も合わせて」

「測量はどうやった」

「縄と杭で。歩幅も数えて」

「こんな精度で、ガキが」


老人は地図から顔を上げて、レクトを真正面から見据えた。


「面白え。連れてけ」

「え」

「壁を壊さずに開ける方法はある。ただ、壁の質を見ないと分からねえ。道具も持っていく」


グラムが工房の隅から、人の頭ほどもある鉄の塊に短い柄をつけた槌を引っ張り出した。


「こいつは『ちびすけ』だ。名前は気にするな」


護衛三人が、同時に後ずさった。


 *


石工の技は、力ではなかった。


袋小路の壁の前で、グラムは長い時間、何もせずに立っていた。掌を当て、指先で叩き、耳を近づけて音を聞く。それから、細い鉄の楔を岩の継ぎ目に当てる。


「この壁は、土砂の詰め物だ」

「土砂?」

「昔、誰かが空洞を塞いだんだ。大きな石を積んで、隙間に土を詰めた。年月が経って固まったがな」


楔の頭を軽く叩くと、継ぎ目に細い隙間が走った。


「ガキ、そのスライムを貸せ。水を含ませる。詰めた土が緩んで、石が外れやすくなる」


リプルが壁に張りついた。清流の膜が、継ぎ目にじわじわ染み込んでいく。


グラムが楔を一本、また一本と打ち込む。鑿で土を掻き出し、小さな石を一つずつ外していく。レクトたちは、外れた石を運び、並べ、順番に記録した。


半日かかった。


護衛の三人は汗だくだ。トールが「全部で百個近いですね」と呟いた。


夕刻。最後の大きな石が、外れた。


ごとり。


壁の向こうから、冷たい風が吹き出した。


「…………!」


石の隙間の向こうに、暗い通路が続いていた。天井は低く、壁は滑らかに磨かれている。自然の洞窟ではない。人の手で削られた、整った石の回廊だった。


足元から、緩やかな下り階段が始まっている。階段の先は闇に消え、その奥から、かすかに青白い光が漏れていた。


「…………星みたいだ」


グラムが、ふん、と鼻を鳴らした。


「誰かの隠し通路だな。ガキ、お前、とんでもねえもん見つけたぞ」


チップが肩の上で、きゅい、と鳴いた。ずっとここを、聞いていたのだ。


壁は、壊さずに開いた。


では、あの青白い光は、何だろう。


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