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不遇職テイマーの最速育成録 ~経験値が自分にも入ると気づいた武門の三男は、従魔と最短で強くなる~  作者: 雅龍(がりゅう)
第一章 庭の小さな王様

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影足猫への進化

遠征最後の夜。進化は、朝までに終わらせる。


明日の朝には洞窟を出る。それまでに、ミュウが進化できるかどうかが決まる。


光ではなかった。


その夜、洞窟の奥の、ほとんど真っ暗な小部屋で、ミュウの身体から湧き出したのは、闇だった。


松明を消し、翡翠の根の光からも離れた場所で、ミュウは丸い寝床に座っていた。尻尾を足に巻きつけて、じっと目を閉じている。魔核の安定は、昨夜のうちに百に届いていた。


「始まる」


レクトが小声で言うと、護衛の三人が息を止めた。


ミュウの輪郭が、ほどけていく。


灰色の毛並みが闇に溶けた。溶けた闇が膨らみ、渦を巻く。光を吸い込む黒い霧が、小さな猫の身体を包んでいく。足先の影が、地面から離れて、ゆらゆらと揺れた。


(影が、足を持ち上げてる)


闇の中で、金色の目だけが光っていた。


やがて、霧がほどけた。


〈灰猫 → 影足猫〉

〈進化条件、達成〉


そこに立っていたのは、ひと回り大きくなった猫だった。毛並みは青みを帯びた黒に近い色へ。足先は、墨を落としたように黒い。耳が長くなり、尻尾が少し細くなった。


そして、足音が、まったくしなかった。


ミュウが一歩、歩く。濡れた石の上を。何の音もしない。影そのものが動いているみたいに。


〈進化刻印:暗所視・反射〉


胸の奥に、冷たい火が灯った。息を吸った瞬間、世界が変わった。


闇が、見える。


完全な暗闇だったはずの壁が、薄い灰色の線で浮かび上がる。岩の凹凸、水の筋、天井から垂れる根の一本一本。色のない、けれど鮮明な景色。


「見える」


声が震えた。


護衛たちが松明を灯し直すと、洞窟が黄色い光に染まった。その中でも、レクトの視界には闇の景色がうっすら重なって見える。どちらも、見える。


「坊ちゃん、目が。金色に光ってます」


トールが指さした。ミュウと同じ色の、細く尖った光が、瞳の奥で揺れているらしい。


「ミュウ」


呼ぶと、足元にすり寄ってきた。体温は、変わっていなかった。


「ありがとう。お前、すごいな」


にゃあ、と短い返事。その声だけが、進化前より低く、深く響いた。


 *


出発は夜明け。だから、暗所視は今夜のうちに試す。


「全部、消してください」


護衛の三人は一瞬、顔を見合わせた。


「松明を、ですか」

「はい。ベルクさんたちは、俺の肩に手を置いて。ミュウが先頭で」


灯りが落ちる。完全な暗闇が、三人と一人と四匹を呑みこんだ。ベルク、ダリオ、トール。一本の縄のように連なって、手探りで進む。


「坊ちゃん、本当に見えてるんですか」

「はい。右に岩の出っ張り。足元に水たまり。そのまま真っ直ぐ」


声に従って、三人が歩く。見えない道が、レクトの言葉でひとつずつ形になる。


(これ、ちょっと楽しい)


そう思ったとき、ミュウが止まった。


金色の目が一点を睨んでいる。レクトの暗所視にも、はっきり映った。


壁の裂け目から這い出してくる、十数匹の細長い影。根喰らい鼠の群れだった。


〈根喰らい鼠 Lv11 HP30/30〉

〈暗所に慣れた鼠。群れで獲物を囲む〉


彼らは、暗闇が自分たちの縄張りだと信じていた。光のない場所で、侵入者はなす術もなく噛み砕かれる。そう戦ってきたのだ。


その縄張りに、闇を見渡せる目を持った人間が入りこんだことを、彼らはまだ知らなかった。


「ベルクさん、動かないで。前に五匹。左右に四匹ずつ」

「何も見えんが、了解です」

「ミュウ、いこう」


同調。世界が遅くなる。


一匹目が飛びかかる。顔の横をすり抜けて、短剣で首筋を薙ぐ。二匹目、三匹目。横から来る個体の足を踏み、肘で弾き、背中側へ回り込む。足音は、ミュウと同じ歩き方で、殺したままだ。


鼠たちの動きが乱れた。見えない敵に、仲間が次々と倒れていく。暗闇が、味方でなくなった。


逃げようとした最後の一匹の足に、リプルの膜が絡みつく。動きを止められた鼠が、チップに首筋を噛まれて崩れた。


十三匹。ほんの数十秒。


「坊ちゃん。今、何匹倒しました」

「十三匹です。全部」

「我々は、一歩も動いていませんが」

「はい。そういう戦い方でした」


トールが、ごくりと唾を飲んだ。


「暗いのが、怖くないんですか」

「怖いですよ」


暗闇の中で、レクトは笑った。


「でも、ミュウがいるから。怖いのと楽しいのが、半分ずつです」


 *


翌朝の出口の手前、細長い通路の奥から、それは這い出してきた。


〈眼なし蜥蜴 Lv15 HP58/58〉


岩壁に溶け込む灰白色の大蜥蜴。体長は大人の背丈より少し長い。目がない。その代わり、口の周りに無数の髭が生えていて、空気の震えを拾っている。


「しっ」


レクトが唇に指を当てる。護衛の三人が息を止めた。


足音、息づかい、鎧の擦れる音。こいつは、音と振動で獲物を探す。


(暗所視は、効かない)


こちらがいくら見えても、向こうは「見ていない」。


(なら、音を使う)


「ピピ、天井へ。風で水の滴りを散らして。リプル、右の壁に弱い振動を」


ピピが音もなく舞い上がり、羽ばたきを抑えて風を細く絞る。天井の水滴が、通路の反対側にぱらぱらと落ちた。


蜥蜴の頭が、そちらを向いた。


(今だ)


レクトとミュウが反対側から距離を詰める。足を置く場所を選ぶ。呼吸を細くする。あと五歩。


蜥蜴が、ぴたりと止まった。髭がふるふると震えている。


(気づかれた?)


次の瞬間、頭がぐるりとレクトに向いた。牙が並ぶ口が開く。


「ミュウ!」


黒い影が、蜥蜴の目の前に飛び込んだ。牙が空を切る。反射が、噛みつきの軌道を紙一重でかわした。


蜥蜴の尻尾が岩を叩く。通路が揺れる。


「チップ!」


石響鼠の耳が、尻尾の振動を読んだ。次は右へ薙ぐ。


「右に屈んで!」


護衛たちが屈んだ頭上を、尻尾が通り過ぎた。壁が砕けて、岩の破片が飛ぶ。


その隙に、レクトは側面へ滑りこんだ。短剣を、首の付け根の関節の隙間に。


ずぶり。


蜥蜴は大きく痙攣して、動かなくなった。


静寂。


「…………勝った」


膝が少し震えていた。ベルクが、深く息を吐く。


「目が見えない敵と、目を使わずに戦う。恐れ入りました」

「いえ、みんなが全部やってくれたので」

「そう言い続けるところが、坊ちゃんらしい」


これで、苔も進化も済んだ。あとは帰るだけ。


そのはずだった。


帰り道、袋小路の前を通りかかったとき、肩のチップが、ぴたりと動かなくなった。


小さな前足が、あの壁のほうを指している。


「また、そこか」


きゅい。


闇の奥のその壁は、何も答えなかった。


あの向こうには、何があるのだろう。


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