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不遇職テイマーの最速育成録 ~経験値が自分にも入ると気づいた武門の三男は、従魔と最短で強くなる~  作者: 雅龍(がりゅう)
第一章 庭の小さな王様

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空から見た庭

その雀は、草地のど真ん中で、堂々と餌をついばんでいた。


〈風羽雀 未契約〉


日没までに屋敷への帰路につく約束だ。それまでに、契約するか、見送るか。決めるのは、会ってから。


人を恐れないのか、ただ図太いのか。レクトが十歩の距離まで近づいても、ちらりと目を向けただけで、また餌に戻る。羽の先が空色で、頭に小さな冠羽がぴんと立っていた。


「……人懐こい個体も、いるって書いてあったな」


袋から、分けてもらった木の実を取り出す。しゃがんで、手のひらに載せた。


雀が首をかしげる。しばらくこっちを睨んで、ちょんちょん、と二歩だけ近づき、実をくわえた。くわえたまま、レクトの肩に飛び乗る。


「おい、そこは」


肩にはチップがいる。チップが「きゅ!」と鳴いた。雀が「ピッ!」と返した。肩の上で、二匹が至近距離で睨み合う。


「ちょ、待て、喧嘩しない!」


その隙に、レクトは指先を雀の足元へ向けた。


「契約を、お願いしたい。俺は、レクト」


雀が、ふい、とこっちを向いた。


「〈テイム〉」


緑の光が、翼を伝って走る。


〈契約成立〉

〈風羽雀 Lv6 HP18/18〉

〈性格:好奇心旺盛・せっかち・生意気〉

〈適性:風属性(中) 飛行(高)〉

〈進化分岐:風切隼〉


「生意気って書いてあるぞ……」


雀が、ぴいっ、と鳴いて、勝ち誇ったように胸を張る。


「ピピ。お前の名前は、ピピだ」


ピピはさっそく、肩の上のチップに「どけ」と言わんばかりに羽根をばたつかせた。チップは頑として動かず、ミュウが後ろから尻尾でピピを払いのけ、リプルが無言でピピの足元に滑り込む。契約して五分で、序列争いが始まった。


けれど、その夕方。


レクトは丘の上で目を閉じていた。


「ピピ、いくぞ。視覚、共有」


契約の糸の先が、ふわりと軽くなる。身体が浮き上がるような、不思議な感覚。


(……あ)


世界が、一気に広がった。


足元の草が遠くなる。街道が、細い灰色の線になる。川が、銀色のリボンみたいに丘の間を蛇行している。麦畑が、緑と黄色の布を継ぎ合わせたみたいに、遠くまで続いていた。


その向こうに――屋敷が、見えた。


小さな点だった。赤い屋根と、庭の木々と、塀。自分のすべてだった世界が、手のひらに載るくらいの大きさで、ぽつんと緑の中に置かれている。


(……小さい)


ほんの二ヶ月前まで、庭の端から端まで歩くだけで、冒険だった。薪置き場も、石垣も、納屋も、この景色の中では見えもしない。


もっと遠くへ目を移す。地平線の向こうに、霞む山脈の輪郭。さらに奥には、雲の色が少し違うところがある。そのあたりに、まだ誰も見たことのないものがある。


「ピピ。お前、すごい世界、見てたんだな」


ピピは、答える代わりに、さらに高く上がった。


地上のレクトの身体は、丘の上で、涙ぐんだまま、にやにやしていた。ベルクが遠くから、呆れ顔で眺めている。


「あれは、また何か見つけたな」

「見つけましたねえ」


日没前に、全員で帰路についた。新しい仲間を、一羽連れて。


 *


最初に気づいたのは、母だった。


「レクト。袖が、短くなってるわ」

「え?」

「昨日仕立てたばかりのシャツよ」


見ると、手首の骨がむき出しで、袖口が足りない。ズボンの裾も、くるぶしを覗かせている。


「……育ってる?」

「育ってるのよ。やっと、ね」


セリアは笑って、仕立て屋を呼ぶ手配をした。


冬を二度越えて、春が来て、夏が過ぎ、秋が終わるまでのあいだ、レクトは屋敷と街道を行き来する生活を続けた。記録に残すほどの事件はなかった。ただ、少しずつ、確実に、積み重なるものがあった。


春には、ピピの飛行持久を伸ばした。庭の端から端まで、三往復、四往復、五往復。最初は羽がもつれて着地に失敗していたのが、いつのまにか風を掴んで、ふわりと肩に降りるようになった。


夏には、ミュウと一緒に夜の屋敷を巡回した。月明かりの廊下で、灰色の影とレクトの足音が重なる。音を殺す歩き方を、猫から学んだ。


秋には、父の稽古に毎朝欠かさず混ざった。最近は、父の木剣を、三合に一度、受け止められるようになった。


「……ほう」


それだけ言われたが、その夜は夕食の肉が一切れ多かった気がする。


そしてある朝、レクトは気づいた。視界が、少し高い。井戸の縁に手をついたとき、水面が思ったより下にあった。


「背が、伸びた」


十歳になっていた。


ジークが後ろから、ぽん、と頭を叩く。


「三男も、やっと兄ちゃんたちの背中が見えてきたか」

「見えてた!」

「嘘つけ。この前まで、俺の腰の高さだったろ」

「それは七歳のときの話だ!」


 *


「ピピ、右! 右だって!」


返事は、盛大な羽音と、枝をバキバキ折る音だった。


小さな風羽雀が、庭の木の梢に頭から突っ込んで、絡まった葉っぱを髪みたいにくっつけて落ちてくる。レクトが慌てて下で受け止めると、ピピはぷるぷる首を振って、「ピッ!」と胸を張った。


「いや、今のは失敗だからな!」

「ピッ!」

「胸を張るな!」


飛ぶ合図の稽古は、思った以上に難航した。空には、足踏みも「ほい」も届かない。声は風に流れるし、鈴の音も弱い。連絡鈴をつけても、ピピは気まぐれに別の方向へ飛んでいってしまう。


悩んでいると、肩のチップが、きゅい、と提案するみたいに鳴いた。地面に前足を押し当てる仕草をして、もう一度レクトを見上げる。


(……そうか)


試しに地面を強く踏んだ。とん、とん。足の振動は地面を伝って遠くへ届く。チップがそれを拾って、合図に変えてくれるかもしれない。


「ピピ、いくぞ。俺が右足を踏んだら、右。左足を踏んだら、左」


とん。


ピピが、右へ傾いた。


とん、とん。


今度は二回続けて。ピピが旋回して、滑るように低く降りてきた。


「できた……!」


まだ偶然かもしれない。何度も繰り返す。右、左、上昇、下降。一日目はうまくいかなかった。二日目に、半分合った。三日目、九割。


その日の夕方、ピピが庭の上空で、ぴたりと止まった。


翼を広げたまま、風に乗って、空中で静止している。夕焼けに、青い羽が透けていた。


「ピピ……」


声をかけると、小さな雀は、ゆっくり降りてきて、レクトの肩に着地した。


「お前、風を掴んだな」


ピピは、得意げに胸を張って、ふい、とそっぽを向いた。


(生意気って書いてあったけど、可愛いな、こいつ)


口には出さなかった。調子に乗ると、また木に突っ込むからだ。


 *


肩は二つしかない。


その単純な事実に、レクトは十歳の秋になって初めて直面した。


朝の中庭。レクトの前に、四匹がずらりと並んでいる。チップ、リプル、ミュウ、ピピ。全員が、自分こそ最も肩にふさわしい、という顔をしていた。


「だから、順番。今日の右肩はチップ、左肩はピピ。ミュウは頭の上で我慢して」


にゃあ、と返事があった。声の調子は「却下」だった。


結局、母に相談した。セリアは少し考えてから、羊皮紙に表を描いた。


「曜日ごとに、場所を決めましょう。月曜は右肩がチップ、火曜は左肩がピピ、水曜は頭がミュウ。公平にね」

「母さん、仕事が早い」

「帳簿をつけるのと、同じよ」


でも、翌朝になってみると、当然のように表は守られなかった。ミュウは頭の上でごろ寝して、ピピは肩を行ったり来たりし、チップは右肩に正座して動かない。リプルだけが、表をきちんと読んで、水曜の腕に巻きついてきた。


「リプルだけが真面目だ……」


レクトは苦笑して、表の隅に小さく書き足した。


〈備考:守られない〉


その夜、ジークが枕元の表を見て、ぶはっと吹き出した。


「備考が、全部だな」


 *


「約束通りだ。今日は、本気の三割増しで行くぞ」


ジークが木槍を肩に担いで、訓練場の砂を踏んだ。十五歳の次兄は、〈雷槍士〉の補正を完全に受けて、屋敷でも指折りの突き手になっていた。


「三割増し? 前は三割だったから、六割?」

「細かいところに気づくな。兄ちゃん、泣くぞ」


レクトは笑いながら、短剣を構えた。肩の上にはピピ、足元にミュウ、腕にリプル、懐にチップ。四匹の感覚が、身体の中で共鳴している。


今日の目標は、三撃目まで。前は、一撃目でお陀仏だった。


「ルールは同じだ。穂先は布。当てる寸前で止める。始め!」


レオニスの声が響く。


ジークの足が、砂を蹴った。


(来る!)


足音が教えてくれた。一歩目の速さは、前回の倍。ミュウの反射を借りる。世界が少し遅くなる。穂先が、顔の横をかすめていった。


「一撃目!」


手首を返して、二撃目が下から跳ね上がってくる。リプルの感覚が、衝撃の方向を教えてくれる。身体を沈めて、膝のバネで横へ流れた。槍の柄が、頭上を通り過ぎる。


「二撃目!」


三撃目は、足元の払いだった。跳ぶ。跳んだ瞬間、ピピの視界から、ジークの肩の動きが見えた。次の一手が分かる。


分かっていた。でも、身体が一拍遅れた。


穂先の布が、レクトの脇腹を、ぽんと叩く。


「――三手目だ!」


ジークが満面の笑みで槍を引いた。


「惜しかったな!」

「あと半拍だった……!」

「いやいや、二撃目まで避けたのが凄いぞ。前は一撃目でお陀仏だったのに」


砂の上に座り込んで、レクトは悔しさと嬉しさが混ざった、変な顔になった。


「兄さん、強い。当たり前だけど」

「当たり前だろ。兄ちゃんだぞ」


ジークは胸を張って、それから声を落とした。


「でもな、三男。俺、さっき、本気を六割より少し出したんだ。使わないつもりだった二撃目の変化を、使わされた。お前の動きが、読めなかったからな」


その目が、爛々と光っていた。


「次は、もっと上げるぞ」

「うん。受けて立つ」


遠くで、ガイゼルが腕組みをして立っていた。息子たちの稽古を眺めている口元が、ほんのわずか動いたような気がしたが、レクトは見なかったことにした。


 *


その夜。


部屋で図鑑を開くと、ミュウの欄が目に入った。進化条件の一覧で、残りが数項目に絞られている。


〈影属性素材(微量):0/2〉


斥候技能も、足音の抑制も、あと少し。魔核の安定は、休ませれば満ちる。いちばん手に入りにくいのは、素材だ。


倉庫にも、街の店にも、影属性の素材は置いていなかった。


膝の上のミュウが、金色の目で、じっとこっちを見上げている。


(どこに行けば、手に入る?)


その答えを知っていそうな人が、一人だけ思い浮かんだ。


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