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不遇職テイマーの最速育成録 ~経験値が自分にも入ると気づいた武門の三男は、従魔と最短で強くなる~  作者: 雅龍(がりゅう)
第一章 庭の小さな王様

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門の向こうの朝

屋敷の門をくぐった瞬間、世界の音が増えた。


車輪が石畳を噛む音。馬の鼻息。遠くで商人が声を張り上げて、近くで子供が笑って、どこかの鍋が煮える。庭では一度も聞いたことのない音が、風に乗って、いちどきに押し寄せてきた。


今日の目標は、日没までに最初の宿場へ着くこと。父との約束で、行き先と戻りの時刻は毎回報告する。


「うわ……」


立ち止まったレクトの背中を、護衛隊長のベルクが無言で軽く叩いた。


「口が開いてますぞ、坊ちゃん」

「だって、これ、全部……」

「全部、ただの街道です」


ただの街道。そう言われても、子供の目には、全部が冒険の入口に見えた。石畳の割れ目から生えた野花。道端で荷を直している行商人の、見たこともない色の荷馬車。向こうの丘の上に霞んでいる、名前も知らない森。


肩のチップは、鼻をひくひくさせすぎて、ときどき震えで止まらなくなっている。足元のミュウは尻尾をぴんと立てて、一歩ごとに周囲を睨んでいた。リプルは腕の中で、風の湿り気を測るみたいにゆらゆらしている。


「ふふん。見ろ、トール。あれが坊ちゃんの『三匹と一人』だ」


軽口を叩いたのは、護衛のダリオだ。あの雨の夜に縄を握っていた衛兵のひとりで、その一件以来、レクトのことをやたらと弟みたいに扱う。


「あの荷物の量を見ろ。母君が何度詰め直したと思う」

「ダリオさん、やめてください……」


疲れた声が返った。騎士見習いのトールだ。背負った荷は少年の背丈ほどもある。サンドイッチと水筒と着替えと、母が「念のため」と詰めた毛布。ついでに父が「土産を忘れるな」と無言で押しつけた空の革袋まで、きっちり入っている。


「あの空袋、何を入れる気なんでしょうね、旦那様」

「さあな。多分、旦那様も分かってない」


馬鹿な会話を聞きながら歩くうちに、緊張がほどけていった。


街道の両脇には麦畑が広がって、遠くで農夫が手を振っている。道の脇を流れる小川は、屋敷の水路とは匂いが違った。もっと冷たくて、もっと遠い山の味がした。


(ここから先が、全部、図鑑の続きなんだ)


そのとき、肩のチップが、きゅっと身体を伸ばした。耳を立てて、空を見上げる。


釣られて顔を上げると、青い空の端を、小さな影が横切っていった。雀だ。いや、雀にしては速い。羽の先が青みを帯びて、陽に透けている。街道の風を斜めに切って、あっという間に森の向こうへ消えた。


〈風羽雀 遭遇登録〉

〈危険度帯:最下位 主な生息域:街道・開けた草地〉


図鑑に、新しい項目が灯った。


 *


三日目の昼、街道の分岐で、ハロルドの荷馬車と合流した。ありがたいことに、行き先が同じ方角だったのだ。レクトたちは、荷を護衛する立場で荷馬車の後ろを歩く。


荷馬車が、がたん、と大きく跳ねた。


「おっと。坊ちゃん、掴まってな」


ハロルドが手綱を引くと、山羊が二頭、同時に足を止めた。


「この先の道が、ちっとおかしいんでさあ。見た目は何ともない。でも、山羊が嫌がる」


日没までに次の宿場へ着きたい。ここで足止めされれば、荷も約束も遅れる。


レクトは、チップを地面に降ろした。石畳に前足を押しつけたチップのひげが、ぴくぴく動く。しばらくして、きゅい、と短く鳴いた。


「ハロルドさん。前方二十歩のところ、路面の下が空洞になってます」

「空洞?」

「雨で土が流れたんだと思います。見た目は平らだけど、荷馬車の車輪が通ったら、陥没するかもしれません」


ハロルドは慎重に前へ出て、棒で路面を叩いた。ごとん、と空虚な音がした。


「……坊ちゃん。これは、うちの馬車の車輪がおじゃんになるとこでした」


背後で、ダリオが口笛を吹いた。


迂回路は、チップが二つ見つけた。草地を抜ける道と、枯れ川の脇を通る道。ハロルドは後者を選んだ。


「山羊の足にやさしいのは、こっちですな」


道を決めるのはハロルドで、道を教えるのはチップとリプル。ミュウは先に走って、安全を確かめて戻ってくる。人間と三匹と山羊が、一つの隊列になって進んでいく。日没の少し前に、荷馬車は無傷で宿場の灯りをくぐった。


「次の宿場で、うまい焼き飯を奢りまさあ」

「やった!」


荷馬車の上から、ハロルドがあの大きな手で、ぽん、とレクトの頭を撫でた。


「それと、うちの山羊が、坊ちゃんの鼠をずっと目で追ってまさあ。こいつら、人間の言葉は分からんが、信頼できる奴のことは分かるんで」


その夜、レクトは宿の台所の隅で、チップが拾った路面の異常の位置を書きとめた。次にこの道を通る誰かが、同じ穴で悩まないように。


 *


浅い林は、庭とは匂いが違った。


土が深い。木が高い。空気が重くて、足音が吸い込まれていく。足の裏から伝わる震えも、庭のそれとは桁違いに情報が多くて、チップが落ち着きなく耳を動かしている。


「点検済みの林だから、大物は出ません。でも、油断はしないでくださいよ」

「分かってる、ベルクさん」


先頭を行くのはレクト。護衛の三人は十歩後ろ。ここから先は、仕事の時間だった。


「チップ。三時の方向、数は四」


石響鼠の耳がぴくりと動く。茂みが揺れて、褐色の毛をした四匹の小型の狼が飛び出した。


〈森小狼 Lv12 HP40/40〉

〈群れで動く。連携が上手い〉


「くる!」


四匹が扇形に広がる。庭では経験したことのない動きだ。しかも、足音が重なって、チップの探知が混線する。


(一匹ずつ追うと、後ろを取られる)


「ミュウ、右。リプル、左に膜。チップは俺の後ろ、背中の震えを読め!」


灰色の影が右へ跳ぶ。清流の膜が左に広がる。狼の動きが、両側から崩れた。その戸惑いが、命取りだった。


レクトは踏み込んだ。短剣が左の一匹の前脚を払い、倒れた体の下をくぐって右へ回る。ミュウに気を取られている一匹の首筋へ、柄を叩きこんだ。


残る二匹が背後から跳びかかる。


「チップ!」


足元の震えが、跳躍の瞬間を告げた。振り向きざまに、短剣を逆手で斜めに薙ぐ。ひとつは剣に弾かれ、もうひとつはリプルの膜に滑って木の幹に叩きつけられた。


立ち上がる者はいなかった。


後ろで、ベルクが腕を組んだまま、ゆっくり首を振っていた。


「坊ちゃん。庭の狭い水路とは、勝ち方がまるで違いましたな」

「はい。広いと、囲まれるので。でも、三人の役割は同じです」


ダリオが「ほーん」と感心の声を上げた。


「いつの間に、そんなに頭が回るようになったんですか」

「ずっとです」

「いや、つい最近まで鼠に『三週間』って叫んでた子が」

「それは忘れてください!」


トールだけが、目を輝かせていた。


「俺、いつか、坊ちゃんの隊に入れてもらえませんか」

「まだ隊じゃないってば!」


〈レクト:Lv19→20〉


 *


〈レクト:Lv20 契約上限:4〉


その夜、街道沿いの宿の屋根裏で、レクトは図鑑に浮かんだ文字を、何度も指でなぞっていた。


「四つ目だ」


寝台の上で、チップとミュウとリプルが、三方向から顔を寄せている。


昼間、林の上を横切っていった小さな影を思い出す。風羽雀。図鑑の索引には、短く書いてある。


〈風羽雀 街道・開けた草地に生息〉

〈短い生態:群れで飛ぶ。風を読む。人懐こい個体もいる〉


「風を、読む」


つぶやいて、目を閉じる。空から見た世界は、どんな色をしているだろう。庭の端から屋敷を見下ろしたら。街道を、自分たちが歩いているのを、上から見たら。


(俺たち、地面のことしか知らなかったんだよな)


チップは地面、リプルは水、ミュウは暗がり。三匹とも、足元の世界の専門家だ。そこへ空が加われば、見える範囲が一気に広がる。


契約の準備は、少し違った。宿の主人に頼んで、庭の木の実を少し分けてもらう。それから、明日の朝、街道沿いの開けた草地まで足を伸ばす許可を、ベルクに頼んだ。


「風羽雀に会いに行くんですか」

「会いたいだけです。契約するかは、会ってから決めます」

「坊ちゃんは、いつも先に用意してから動きますな」

「癖です」


寝台に戻ると、ミュウが膝を陣取っていて、チップがその隣で威嚇していた。二匹の喧嘩に挟まれて、リプルがぷるぷる揺れる。


窓の外で、夜風が屋根をなでていく。


空にも、席はあるだろうか。あの小さな翼は、会ってくれるだろうか。


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