第15話「進が危機一髪?」
「……さ、『先立つ物』……ですかい?」
頼りにしている先輩の思わぬ言葉に、つっこみ屋は一瞬固まる。
「ああ、そうさ。早い話、『救助費用』を出せ、と言ってるんだ。
俺達ヒーローはボランティアじゃないんだからよ。
命賭けて必死に街の奴らを助けてやってるんだ。
お前も分かるだろう、俺の後輩というならなぁ?」
宇出は嫌らしい笑みを浮かべながら、片手を差し出し、
つっこみ屋に返礼を要求する。
(……わての考えとったヒーローとは、ちょっと違わへんかな……?
とはいえ、助けて貰ったんは事実や……ここは払うのが正解やな。)
つっこみ屋は一瞬渋い顔を浮かべたが、
宇出の世話になっている事もあり、財布を取り出した。
「……ほな、少ないですが……これで足りますでしょうか?」
つっこみ屋はおずおずとした手で一万円札を取り出し、宇出に差し出す。
資金を受け取った宇出は、途端に笑顔に戻り、つっこみ屋の肩を叩いた。
「おお、分かっているじゃないか!ありがとな、後輩君♪
これだけ有れば、俺の筋肉を育てるプロテインが買えるぞ!」
「はは…喜んでもらえたんなら、ええんやで……。」
こうして宇出はつっこみ屋を尻目に、上機嫌でその場を去っていった。
しかし、つっこみ屋の胸中には、何か思う所があったようだ。
(……確かに宇出先輩は、ワイの事を助けてくれたり、
普段からお喋りやメシに誘ってくれる良い一面もあったのは事実や。
……でも、ヒーローちゅうんは、金の為に動くモンやったか?
ワイには、どうにも分からへんで……。)
◆
──所変わり、ヘラクレスカンパニー6Fにて。
6Fのオフィスエリアでは、新入りの事務員である佐藤進が、
今日ものんのんという音が聞こえてきそうな勢いで仕事に励んでいた。
因みに彼は先日、Cランクヒーローとして、
紅唐区で暴れていた怪人組織『出酢泥井』の対処に当たり、
親玉であった包丁使い・マグロナイフを倒してきたばかりである。
尤も、彼はその事を鼻に掛ける事無く仕事に邁進しているのだが。
(……ふぅ、入社から1週間ぐらい経ちますが、
この会社の事務の仕事にも慣れてきましたね。
しかし、今日は鳴神さんがヒーロー活動でいませんので、
分からない事が聞き辛いのは痛いですが。
まあ、これも自分の修行の機会と思えば……。)
進は頼りになる上司・鳴神禰音の不在に少し困りながらも、
自分を鼓舞しながらヒーロー達の報告書をデータ化していた。
その時、オフィスエリアのドアが、「バンッ」と勢い良く開いた。
「はっはっは、今日も良い筋肉日和だねぇ、諸君!」
眩しい黒のリーゼント、そして「力こそ正義」と書かれたタンクトップ。
Bランクヒーロー・宇出太志の登場である。
(……うわぁ、宇出だ……!あの自慢話が長いという……!)
(……しかも、最近はスタッフにも、
プロテインを押し付けていたらしいぜ?関わりたくないわー……。)
オフィスエリアにいたヒーローや事務員が、ひそひそ声で囁いている。
しかし宇出本人に気付かれる訳にはいかないので、
直ぐににこやかな笑顔で応対する事になったのだが。
宇出も爽やかな笑顔で、スタッフたちに要件を伝える。
「いつもお疲れさまだね、君たち。
今日、俺は紅唐区を救ったという勇者、
佐藤君とヒーローとしてのお話があるんだ。
悪いけど、少しの間彼を借りさせて貰うよ!」
宇出は笑顔であったが、その笑顔はどこか芳しいものであった。
一方、当の進はというと──
「初めまして、私は佐藤進です。私に何か御用でしょうか?」
まるでプロフェッショナルさを崩していなかった。
こうして、宇出と進は互いに軽く自己紹介を行い、
廊下へと出て、カフェスペースへと向かっていった。
宇出の去ったオフィスエリアからは、進を憐れむ声が聞こえてきた。
(ああ……佐藤の奴、可哀想に……
よりにもよって、宇出の奴に捕まってしまうとは……。)
(精々、無事を祈るしかないか……。)
──ヘラクレスカンパニー・カフェスペース
進と宇出は、互いに丸テーブルを囲んで席に着く。
そして宇出が、進の方を向き話し始めた。
「佐藤君……君は確か前の日、上司の鳴神さんと紅唐区へ行って、
『デストロイ』とかいう組織から来た怪人のリーダーを倒したんだってな……
新入りの癖に凄いじゃないか──
──等と言うと思ったか?調子こいてんじゃねえぞ腰巾着。」
それに対して、進は一瞬驚いた顔をするも、直ぐに冷静になる。
(……成る程、私が事務員の身でヒーロー活動をする事に、
拒否感を示される方もいるのですね……。
確かに、私みたいな不器用な人が現場に出のは、お門違いでしょうか。)
そんな進を尻目に、宇出は更に捲し立てる。
「怪人と闘うのは、俺達ヒーローの役目なんだよ。
それを、お前のようなデスクワーク上りが、現場で勝手に暴れて、
邪魔されたとなっちゃあ、こっちも商売ができないってもんなんだよ。
特に俺は『広告塔』として、会社の看板背負わせて貰っているの。
分かったらその下らないヒーローごっこを止めて、
大人しく報告書でも書いていろ、な?」
「……」
進は宇出の言葉を聞き、嘗ての巡回活動において、
前に禰音の指示を無視し、バナナ男に立ち向かった事を思い出した。
「確かに、以前の私は周りを顧みず怪人に立ち向かい、
ご迷惑をお掛けした部分があったのは事実です。
その点で会社に混乱を生じさせたことは、誠に申し訳ございません。
しかし、おこがましい事ではございますが、
会社で務めております以上、過ちに対しては仕事で償う事が、
会社員としてあるべき姿であると私は捉えております。」
進は過去の行いを顧みて、宇出に誠心誠意謝罪する。
しかし、宇出はそんな進を見て、鼻息を荒くして更に捲し立てた。
「はっ、新入り風情が偉そうに仕事論を語ってんじゃねえよ!
どうせ紅唐区の戦いでも、鳴神さんの戦いに横入りして、
ペチペチと攻撃を当てて貢献した気になっていたんだろう?
……ああ、そうかぁ。それとも、最近はAIが発達していると聞くからなァ。
お前がAIで嘘の記録を作って、上層部に取り入ったんじゃないのか?」
矢継ぎ早に罵詈雑言を捲し立てる宇出であったが、
対する進は冷静であった。
(……先程から聞いていれば、彼の言う事は私への叱責を超えている気もしますね。
もしかして、これが前に定食屋で言われた噂の『悪いヒーロー』でしょうか?)
「お言葉ですが、宇出様。私みたいな一介の会社員には、
精巧なAI動画を作成する程の知識も時間もございません。
もしどうしても納得頂けないのであれば、
私自ら鳴神様に記録を確認して頂き、然るべき書類をお見せいたします。」
そんな進を見た宇出は、顔を真っ赤にして語気を荒くした。
「……全く、ああ言えばこう言う……何て生意気な腰巾着だろうな!
ああ、良いとも……そっちがその気だっていうんなら、俺にも考えがあるぜ。」
宇出はそう言うと、持っていた荷物から一通の紙とペンを取り出し、
素早くペンを紙に走らせた後、進に叩き付ける。
進がその紙を見ると、こんな文面が書いてあった。
『果たし状
○月○日
ヘラクレスカンパニーの地下コロシアムにて待つ
宇出太志』
(……果たし状、ですか。
そういうのは、漫画の中だけの話だと思っておりましたが。)
進は内心で冷ややかに突っ込んでいた。ぶれない男である。
「兎に角!俺はお前みたいなモヤシ野郎がヒーローを名乗るのが気に入らん!
こうなれば、決闘でヒーローの現実という奴を刻み込んでやるよ。
逃げたら言いふらして、ヘラカンにいられなくしてやるからな!!」
宇出はそう吐き捨てると、ドカドカと歩いて去っていた。
こうして一人残された進は、果たし状を手に、少し頭を抱えていた。
(……コテコテの手ですが……取り敢えず、鳴神さんに報告するべきですかね?)
進が仁義外れのヒーローに目を付けられてしまった……果たして、進はどう立ち向かうのか?
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