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2日目放課後

 放課後。

 昨日よりもさらに学校を出るのが遅れてしまった。

 隣の席の田川佐紀たがわさきが数学のノートを見ながら、顔をしかめているのを見て、つい声をかけてしまったのが良くなかった。

 田川佐紀に解き方を教えていると、他のクラスメートも寄ってきた。

 おかげで余計時間を取られてしまった。


 だが、いいさ。

 我々は知らなければならない。我々は知るだろう。

 数学の素晴らしさを少しながら啓蒙けいもうできたんだからな。


 駅へ到着。結局、昨日と同じ17時の電車には間に合った。

 もっとも、古野見有紗はいないが。

 ……いや、いた。


 男子生徒と楽し気に話している。今朝のクラスメートとは別人だ。知り合いの多い奴だな。

 目が合った。古野見有紗はノーリアクション。

 もちろん、俺がなにかリアクションをとるわけもない。


 例によって生成AIに出題してもらって、それを解いていると電車が来た。


 古野見有紗とは別の車両。

 ヒョットしたら途中で移動してくるかもしれないがな。


 今回のAIの作った問題は複雑だった。だが、それがいい。

 頭をフル回転させて数式を解いていく、このプロセス。

 難しければ難しいほどに解けた時の快感は増すのだ。


「ねえっ、無視しないでよ」

 グイっと腕を引っ張られ、顔を上げる。

 

 目の前に古野見有紗が立っていた。吊り革につかまりながらも、上体を折って俺の顔を間近にのぞき込んでいる。相変わらず何か怒っている。


「やっと、こっち見た」


「なんだ。いつのまに現れたんだ」


「さっきから声かけてるわよ」


「そうなのか? すまない。集中していて気づかなかった」


「嘘。さっきのこと怒ってんでしょ」


 今度はなんだか嬉しそうだ。表情、豊かな奴だな。


「意味が分からないが」


「だから、さっき駅で先輩と話してたこと」


 ますます意味が分からない。

 古野見有紗が先輩とやらと話していることで、なぜ俺が怒るんだ。

 俺の表情に疑問符が見て取れたのだろう、古野見有紗が、えっ、と驚いた顔になる。


「違うの? マジで? ヤキモチじゃないの?」


「ああ、なるほど」

 

 ようやく理解できた。

 先輩と話していることで嫉妬してスネていた、と誤解したわけか。


「なに、その顔」


 また怒った顔だ。この女の情緒じょうちょは大丈夫か?


「想像力が豊かで結構なことだな」


「ムカツク。ていうかさ。彼女が他の男子と2人っきりで話してて、かないとか」


 みるみる古野見有紗の怒りのボルテージが上がっていく。


「嫉妬しなくてはならないような関係なのか? その先輩は」


「ぜんぜん。前からちょくちょく話しかけてくるってだけ」


「そうなのか? 楽しそうに見えたが」


「塩対応なのも、なんかさ。先輩だし」


「好意を持たれてるんじゃないのか?」

 

 なにしろ学年で1、2を争う美少女らしいからな。古野見有紗は。


「たぶんね」


 臆面おくめんもなく肯定した。てっきり、そんなんじゃないわよ、とか返してくるかと思ったが。


「なによっ」


「いや、相変わらずモテるんだな、と感心したところだ」


 中学3年時も古野見有紗が告白されたとか、誰々が彼女にフラれたなんて話が耳に入ってきたものだ。ボッチの俺でさえ耳に入るくらいだからな。


「別に嬉しくないわよ。好きでもない人にモテたってさ」

 ジッと俺を見つめる。


「そうか? 相手が誰であれ好意を持たれるってことは光栄なことじゃないか」


 ふーん、と古野見有紗が試験管のような目で見る。

「そう思うんだ。あんたは」


「好意を持たれたことがないからわからないがな」


「……それ、あんたが気づかないだけよ」


「そうは思えないが」


 しばらくそのまま古野見有紗は口を開かず。

 俺は先ほど解いていた問題に再チャレンジ。

 隣の男が席を立ったので、そこに古野見有紗が座った。

 

「私のクラスも飼ってたんだ。ネズミ」


 まだ集中する前だったので、古野見有紗のつぶやきのような声も拾うことができた。


「ほう。流行はやってたんだな」


「…………そうかもね」


「しかし、どうも印象が薄い。4年の夏には転校したからだろうが」


「うちのクラスのは逃げちゃったわ」


「当番がドジを踏んだのか?」


「そうっ」

 いきなり声が大きい。

 おかげで他の客の視線が集まった。

「そうなの」


 古野見有紗は自分が注意を引いたことなど気にした様子もなく、近距離から俺を見つめる。

 顔が近いな。息がかかるぞ。


 奇妙な圧力を感じながら見つめ合う。

 なんだ? これは。


「そうなのよ」

 古野見有紗が言って視線を切る。寂しげな声音だった。


 なにか間違えたか。

 フォローするべきところなのか。

 考えている間に電車が止まる。丘ノ下南おかのしたみなみ。自宅最寄り駅だ。

 立ち上がる。


 なぜか古野見有紗は席を立たない。


「降りないのか?」


「えっ、あっ、うん、降りるわよ」


 単にほうけていたようだ。


 通り道なんだろう、古野見有紗は俺の自宅まで同行した。

 その間、小学校時代の話をした。古野見有紗がやたらと振ってきたからな。彼女も4年の時に転校したらしい。3年時に両親が離婚して、進級に合わせて引っ越してきた、とのことだ。


 古野見有紗の小学校の話は夜の電話でも続いた。

 例によって、入浴後の自由時間に入ろうという時にショートメッセージがきたのだ。



ーーーーーーーーーーーー

電話していい?

ーーーーーーーーーーーー

忙しいと言ったら?

ーーーーーーーーーーーー

電話するから

ーーーーーーーーーーーー



 そして直後に電話がかかってきた。

 相変わらず意味のないやり取りだな。


「小学校4年の時なんだけどさあ。担任がすごく適当な感じで。明るくて楽しいから人気はあったんだけど。ホント、テキトーだったんだから」


「ほう」


 ずいぶんとローカルなネタを振ってきたな。

 ハッキリ言って、だからなんだ、という話だが。


「私、その頃、父親のことでちょっと人間不信ぽくなっててさ。クラスにぜんぜん、溶け込めなくて。でも、担任、ぜんぜんフォローとかなかったから。なんか懐いてる子ばっか相手にしてて」


「教師も人間だからな」


「あんたはどうだったの? 小4のときとか?」


「担任か? きつい感じの中年女性だったぞ」


「それ、違くない? 勘違いしてない?」


「そんなことはないと思うが」


「1学期で転校したのよね。そんとき、お別れ会とかなかったの?」


「いや、別になかった気がするが」


「やったわよ。絶対」


「そうか?」


 なんだか知らないが妙に確信を持っているな。

 うん? 

 いや、そうか。そういうことか。


「その口ぶり、そっちも同じ学校だったんだな」


 考えてみれば俺の家がある小野坂西おのさかにしと古野見有紗の住む小野坂北だったら同じ学区内になるはずだ。


「そうよっ」


 だからやたらとローカルなネタを振ってきたわけか。


「じゃあ、そうなんだろうな」


「な、なにが?」


「うん? お別れ会をしたって話だろ」


「そ、そう。したのよ」


「しかし別のクラスなのに良く覚えてるもんだな」


「べ、別のクラス?」


 いくら人の顔を覚えるのが苦手な俺でも、さすがに同じクラスだったら再会したときに分かるはずだ。


「ムカツク」


 直後に通話が切れた。

 うん? 昨日、おやすみを言わなかったことでキレてなかったか?


 直後にショートメッセージが届いた。



ーーーーーーーーーーーー

おやすみ

ーーーーーーーーーーーー



 律儀な奴だ。

 おやすみ、と返しておいた。

 しかし、同じ小学校だったのか。確か、小学3年の時にクラス替えしたはずだ。小学校1、2年のクラスは楽しかった想い出がある。3、4年はあまり記憶にないな。

 まあ、いい。今日も楽しい数学の時間だ。

 そして、なんといっても今日は明日は土曜日。少し夜更かしもできる。

 さて、なにをしようかな。

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