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シントシンデート①

 本日は晴天、土曜日。7時45分。

 通常ならば朝食後にひと通りのルーチンワークをこなし、勉強時間までの休憩をとっていたところだろう。もちろん、俺にとっての休憩時間とは数学に没頭することにほかならないわけだが。


 最寄り駅であるところの丘ノ下南駅に向かって歩く。

 俺は身長別の成人男性の平均的な歩行速度をかなり上回っているらしい。走るのは遅いのだがな。

 誰かと歩くときは意識しないと、すぐに相手を置き去りにしてしまう。丘ノ下南駅からの家路でアリサに何度も文句を言われたな。

 俺の歩行速度が6㎞/h。対するアリサは身長が155㎝くらいだから、歩幅が65㎝くらいか。歩行速度は4.5㎞/hといったところだろう。1秒間で約0.42mの差が出るな。

 これからは歩行速度を遅くする習慣をつけるようにしよう。

 

 待ち合わせ時刻は8時。俺はその15分前に到着したはずだが、アリサはすでに来ていた。上は黒の半袖、下はライトブラウンのパンツという服装で駅のエントランス前に陣取っていた。

 こちらを見ていたためにアリサが先に気付き、手を振った。それで俺がアリサに気付いたわけだ。


「おはよっ」

 アリサが満面の笑顔で迎える。


 俺が挨拶を返すと、アリサは俺の上から下まで視線を何度となく往復させた。

 今回はパジャマじゃないぞ。上は錆色のカーデガン、下はデニムのパンツという、ちゃんとした服装だ。まあ、たぶんな。


「今回はスウェットじゃないんだ?」


「行き先が行き先だしな。安心したか?」


「別にトオルがどんな服着てても気にしないってば」


 本気だったのか。

 だったら家族からアドバイスをもらう必要はなかったな。


「まっ、でも」

 アリサが言って俺の横にくっついた。左手をとられる。

「……そっちの方が、カッコいいかな」

 

 照れ臭くも嬉しくもあり。要するに気分が高揚した。

 勝ち組かどうか知らんが恋人がいるというのはいいものだな。

 好意を寄せられ、選ばれるというのは自己を肯定されたわけだからな。


「あっ、そろそろ電車きちゃうかも。ほら、行こう」


 アリサがグイっと俺を引っ張り、歩く。


「なるほど。手をつなげばいいのか」


「えっ、なに?」


「手をつないで歩けば、俺がアリサを置き去りにすることはない。これからは一緒に歩く時は手をつなぐことにしよう」


「なによ、それ」

 言いながらも、アリサは嬉しそうだった。


 約1時間電車に揺られて信戸進駅に到着した。

 さすがに俺たちの住む地域では一番の都会だけあって駅の構内も広い。


「どこ行くのよ。こっちだってば」


 俺は見当違いの方向へ行こうとしたらしい。アリサに手を引っ張られる。信戸進駅は久しぶりだからな。別に俺が方向音痴というわけじゃない。


「シントシンにはよく来るのか?」


「よくってほどでもないけどさ。買い物にきたりするわよ」


「なるほど。どうりで都会が板についているわけか」


「大げさ」


 駅から伸びる地下街でクレープを食べ。地下から地上へ出た後はバスに乗って『シントシンタワー』へ移動する。


 乗車中、アリサからの視線に気づき、彼女を見る。しっかりと目が合った。


「なんだ?」


「えっ、べ、別にあんたのこと見てたわけじゃないから」


「そうなのか?」


「ちょっと見惚みとれてただけで」


 見てたんじゃないか。

 しかし、見惚みとれるような顔だろうか。


「こんな近くで見れて。話せて。マジで幸せかも」

 小声でつぶやくのが聞こえた。


 自分でも顔が赤らむのが分かった。


 シントンシンタワーはこの街で一番の観光名所だけあり、展望台へと向かうエレベータには列ができていた。とはいえ、10分と待たずにすんだのだが。

 満員のエレベータの中、アリサと俺はほぼ0距離となった。アリサのひかえめな香水の匂いが鼻腔びこうをくすぐる。


 アリサがトンと俺の胸に頭をつける。はあ、と悩まし気な吐息が聞こえた。

「ヤバいってば」


「なにがだ?」


 アリサがバッと音がするような勢いで顔を上げる。湯上りのように紅潮した顔。目もうるんでいる。

「な、な、なんでもない」


 可愛いな、と心底、思った。また、ことあるごとに脳内で再生されそうな一場面だ。


 展望台に到着。円形の通路を手をつないで歩く。


「ずっと来たかったんだ、ここ」


「うん? 小学校3年で来ただろう」


「私は来てないの。ほら、転校してきたし」


「ああ、そうだったな。だが、頻繁にこの街に来てるなら、機会はいくらでもあっただろう?」


 友人たちと来ることはなかったのだろうか?


「友達とこういうとこ来ないってば。だいたい、彼氏と来るの」


「なるほど」


「トオルと来たかったの」

 うつむいて言った。


 とっさに返す言葉が出てこない。

 俺も先ほどのアリサと似たような顔になっているのかもしれないな。

 2人、無言のまま窓ガラスの外の景色をながめた。


 やがてアリサが言った。

「ここで写真撮りたい」


「分かった。撮ろう」


 俺はスマホを出すと、アリサから離れて構えた。


「ちょっと、なにしてんのよ」


「写真を撮るんだろう?」


 アリサとタワーからの展望をうまくフレームに収めながら返す。


 うん、こんなものだろう。しかし、アリサは絵になるな。


「ねえっ、私の写真撮りたいわけじゃないんだけど」


「そうなのか。もう、撮ってしまったぞ」


「2人で撮りたいってことに決まってんじゃん」


「それならちゃんとそう言えばいい。写真を撮りたい、だけでは伝わらない」


「普通は伝わるのよ」


 恋人同士でデート中に写真を撮る、とは2人で撮ることを意味するのか。なるほど、確かに昼食を食べたい、と言われたとしたら、それは2人で一緒に食べるということを意味するしな。


「そうか。すまない。俺の不勉強だったようだ」


「べ、別に謝んなくていいけど。ほ、ほら、写真撮るからこっち来て」


 アリサの手招きに応じて彼女の隣に立つ。アリサが腕をいっぱいに伸ばしてスマホ遠ざける。


「はみ出てる。もっと顔近づけて」

 

 言われた通りにアリサの顔に顔を近づける。

 近いな。


「トオル、なんか、顔が変」


「これはどうしようもないぞ。そういう造形だ」


「じゃなくて、表情」


「写真を撮り慣れていないから仕方ない」


 そんなやり取りの後、アリサがシャッターを押した。

 撮れた写真を見ると、窮屈なフレーム内で俺たちの顔ばかりが映っている。ここで撮る必要はまったくない写真だな。


「……これはこれでいいか」


「いや、本末転倒だ。誰かに撮ってもらおう」


 俺たちの撮影ポイントで写真を撮ろうと待っている男女に声をかける。男がこころよくカメラマンを引き受けてくれた。

 もちろん、撮影後、今度は俺が彼らのカメラマンになったわけだが。


 最後は土産屋でグッズを見る。知らないうちにシントシンタワーは饅頭まんじゅうからTシャツまで幅広くグッズ展開していたようだ。あまり需要はなさそうだが。

 アリサはシントシンタワーのストラップを手に取っている。

 それほどオリジナリティのあるデザインではないように思えるが、まあ記念品とはそういうものか。


「ねっ、これ、記念に買わない?」


 好きにすればいいんじゃないか、と口から出かけて、気づく。

 そうだ。これも2人で、という意味があるに違いない。

 自分が欲しいなら、これ、買おうかな、とか、これ欲しいな、とか言うに違いないからな。

 買わない? と俺に疑問を投げかけているのは、一緒に買おうという意味だ。


「ストラップか。スマホに付けるのか?」


「うん。ダメ?」


 おねだりするような上目遣づかい。

 くっ、可愛いな。

 

「分かった。買おう」


「あっ、別におごってって言ってるわけじゃなくて。自分の分は自分で買うし。トオルも買ってつけて欲しいってことだからね」


「大丈夫だ。今回は完全に意図を理解しいる」


「そ、そう? それならいいけど」


「だが、それでも俺が買おう」


「えっ、なんで」


「そうしたいからだ」


 アルバイトもしているし、大して高いものではないしな。

 唯一抵抗があるとすれば、スマホにストラップをつけることだが、アリサがそう望むのなら拒否するほどのことでもない。


 アリサが、ありがとう、と小さくつぶやく。


 ストラップを購入すると、さっそく付けて満面の笑みを浮かべ。

「ありがとう。絶対、大切にするから」

 もう一度、礼を言った。


 その後、俺のスマホにもこの場でつけさせられ、ついでに待ち受け画面を先ほど撮った2ショット写真に変更させられた。


 みんなそうしてるから、ということらしい。

 恋人同士というのは何かと慣習が多いな。

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