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滅亡図書館:分類ファイル 少年漫画 その2

天窓から柔らかく注ぐ光に、暖かい碧が混ざり始めた。そろそろ冬が終わるな。そんな事を考えながら、仕事の手を止めて天窓を見上げる。

「⋯赤いですね」

黒い瞳が視界を遮った。⋯心臓が跳ね上がるかと思った。

「⋯カラシ、近い」

「失礼しました」

悪びれることなく居住まいと正すと、カラシはトレーに乗せていたコーヒーカップを音もなく机に置いた。

「館長の目の色は、少し変わっています」

「⋯⋯ああ」

赤みが強い⋯というか、色素が薄い。

この色自体はそこまで珍しいわけではない。

「この色が濃くなると臙脂色⋯全人類で2番目くらいに多い色になるぞ」

「そう⋯ですね。色が薄い。だから明るい色味になってる」

「何なんだ最近」



ここ数日、いやに顔を覗き込まれる。



そしてメモをとられている。今現在も何かメモをとっている。

「俺の目に、何かあるのか」

「まぁ⋯これも私の仕事なので」

「俺の目に関するレポートを仕上げてどこかで発表するのか?何処に需要があるんだ」

「それはまぁ⋯口外しないことが条件なので」

「俺の個人情報なのに?」

解せぬ。

「最近こういう事多すぎないか。俺の預かり知らぬ所で結構重要な事が勝手に決められている」

カラシが時期館長になるという、俺の殉職を前提とした縁起でもねぇ話が秘密裏に進行している。その上それをカラシ本人から聞かされるという、情報伝達系統がごっちゃごちゃな状況だ。今度は何が進行しているのだ。

「ご安心下さい。これはまぁ⋯宿題?」

「宿題!?誰の!?どうして!?」

「歌麿主任の⋯」

「なんだと」

あの助平ジジイ、絶対とんでもない思惑でカラシに接近したに違いない。そもそもあのジジイまでが俺の預かり知らぬ事態に加担しているのが気に食わない。

「⋯分かった、速攻で中止しろ。俺が抗議いれておく」

「中止しません。誰の課題を受けるかは私の自由です」

カラシは尚も俺の目を覗き込んできた。⋯柑橘のコロンが至近距離で香って思わず顔がこわばる。

「ちょ⋯もうやめろ!何なんだこれは!せめて何が目的なのか説明しろ!⋯これ以上俺が預かり知らぬところで勝手に事態が動くのはウンザリだ」

「うん⋯そうですね⋯どうしようかな⋯」

カラシが少しだけ顔を引いて、小さく首を傾げた。そして顎にそっと手をあてて目を伏せた。さら、と黒い髪が斜めに揺れて首筋に絡む。⋯相変わらず表情が読めない。

「⋯こんな仮説を立てたのです」

すっと指を立てて、カラシはまた俺の目を覗き込んだ。

「館長は目の色素が薄い。⋯結構、眩しいのが苦手だったり、します?」

「あ、あぁ⋯」

「学生時代は眼鏡を掛けていたと、副館長に聞きました」

「あいつ⋯そんな事話してたのか」

ぼやいていると、カラシが少し顔を逸らした。

「眼鏡の館長も、可愛かったと思います」

「あいつ何見せたんだ?⋯ホント文句言ってやる」

ガタリと椅子を揺らして立ち上がりかけた俺の肩を抑えて、カラシは再び目を覗き込んできた。⋯なにこれ、これからキスされる角度?などと場違いな感想が脳裏をよぎって瞬で打ち消した。

「⋯さっきから何なんだ一体」

「眼鏡をやめたのは、いつからです?」

「⋯⋯えぇ」

どうでも良すぎて頭が真っ白になった。

「別にやめてねぇだろ俺⋯眼鏡なんて必要に応じて掛けるもんだし」

今だって必要だと思えば掛ける⋯と思う。多分。

「今も掛けてます?」

「掛けてないな、そういえば⋯」

「館長の眼鏡って、遠視用なんです?遠くを見る必要がないから、掛けなくなった⋯?」

「⋯いや、視力関係ない。君がさっき言った通りだ」


俺は光が苦手だ。


目の色素が薄いせいなのだろう。室内の蛍光灯の明かりでも強すぎて適応出来ず、いつしか光が届かない最奥に引っ込み、弱めに設定したデスクライトだけを頼りに仕事をするようになった。⋯暗がりが落ち着く。

「そうですか。だから、こんな最奥で⋯」

そう呟いて、彼女は綺麗な顎を上げて天窓を見上げた。⋯顔の周りでさらりと動く髪は、明るすぎる世界を中和するように光を吸い込み、ただ、昏い。

そのせいだろうか、この黒い髪や瞳に無意識に惹かれてしまうのは⋯。

「まったく⋯深海魚くらい難しいですね、館長は」

「飼育か?失敬な」

どうも最近のカラシは俺を管理したがる。館長の座を狙っている彼女は、自分が30歳になり『安全圏』に到達するまでは俺を延命させるつもりなのだろう。⋯そのついでに少しは『年若い館長は早逝する』ジンクスを俺にも当てはめて気にしてくれているのかもしれない⋯などと淡い期待をしてみる。

に、してもだ。俺の食料在庫をチェックされたり無理やり休憩を取らされたりと過干渉が過ぎる。俺は飼育動物じゃない。⋯まだ目を覗き込んでくる。鑑賞されている。

「歴代の年若い館長は最奥の⋯この机を好む、と聞きました」

「⋯⋯なんかよく調べてるな。知らなかった」

「自分の事なのに」

「どうでもいいだろ、前の館長の話なんか」

「よくありません。全員死んでるんですよ」

「なんだよ、俺の席に毒が塗ってあるとでもいうのか」

「席のせいとは言ってません。ただ⋯20人以上いた年若い館長が全員ここを選んでいる、というのは」

ちょっと興味深くないです?と言ってカラシは俺の肩から手を離して自分の机に積み上げられたスクラップブックを手に取った。⋯まじかこいつ、歴代館長をスクラップしてんのか?そんなに館長になりたいのか?

「全員分はないですが⋯」

何人かの若い男女の写真が綺麗に貼られたページを開いて、俺の目を再び覗き込んだ。

「⋯⋯分かります?」

「⋯⋯ああ」

正直、俺も驚いていた。年若い、最奥を好む、それ以外の共通点を俺は知らなかった。



全員、俺と同じ色の目をしていた、とは。



「カラー画像が手に入った館長は11人。他の館長がどうだったのかは分かりませんが、少なくとも半数以上が現館長と同じ⋯偶然にしてはおかしくないです?」

「⋯⋯⋯これは」

俺の中で長年燻っていた朧げな『疑惑』が、くっきりと形をなして鼻先に突きつけられた。これを軽々とカラシの前で言っていいものかどうか躊躇われるが⋯何故だろう。言うならカラシしかいない、そう思った。



「俺は『管理血統』なのかもしれない」



カラシも重々しく頷いた。

「そうとしか、考えられなくないです?」

国家が有用と見なした⋯要は優秀な遺伝子を持つ個人は『管理血統』としてその遺伝子を管理される。当然だがその⋯卵子だとかそういったものも提供を促されるのだ。昔は強制だったらしいが、現在はある程度本人の意思も尊重されている。

「でも俺、そういう声掛けされた事ない」

管理血統の持ち主は成人したタイミングで、国から『遺伝子保存のオススメ♪』みたいな通知が来る。

「特殊管理血統、かも」

「⋯⋯⋯それな」

有用、ではあるが不都合な特性が抱き合わせで付与されている、所謂『厄介な血統』。それは遺伝性の疾患だったり、社会に適合しにくい精神構造だったりする。⋯困った、どちらもすげぇ身に覚えがある。役には立つが、そっちの特性は広めたくないので細々と、少人数だけ常に存在するように調整される。

「⋯⋯失礼ですが、ご家族は」

「いや、母さんはいる。別に国有児童じゃない」

世間には結婚制度の下に生まれる『両親持ち』が2割、母親が国から補助を得て育てる『親持ち』が6割、両親はなく国によって保護、育成された『国有児童』が2割いる。⋯国有児童を差別的に扱う人間もいるが、国によって最適な健康管理をされ、教育もしっかり受けている粒ぞろいの人材が多い。⋯まぁ、ほんの少しだけ精神不安定な人材が多いが。俺も人のことは言えないが。

「特殊管理血統だとすると⋯不都合な特性は、薄い色素?」

「⋯歴代館長みんな眩しがりだから最奥の机に引き篭るってか。あるかもな。ここの明るさが丁度よすぎて買い物すら煩わしい。もうずっとここに居たい」

「なんか可愛いですね。希少動物の習性みたい」

「やかましいわ。⋯いうて、全然見ない色でもないだろ?この瞳の色」

「そうです?⋯光が眩しいのは困るけど⋯ちょっといいな、って思います」

そう言ってカラシは上目遣いに笑った。

「私は真っ黒だから、羨ましい」



―――色素が濃いのがコンプレックスなカラシ可愛い。



俺と遺伝子が混ざったら子供は丁度よい色に落ち着くのでは、と一瞬キモい考えが過ぎったが、墓場まで持っていくことにする。

「そうかぁ?俺はそっちのが羨ましいよ!」

つい照れ隠しに大声が出てしまった。

「眩しいから外に出るのもしんどいし」

「ふふ⋯お互い、無い物ねだりです」



「そんな君たちに朗報!!」



いい雰囲気をおっさんの野太い大声に破砕され、弾かれたようにエレベーターホールを振り返った。

「無い物ねだりだね⋯どーも」

「⋯何やってんだ山田⋯!」

擬似二人の世界を粉砕されたイラつきで声が大きくなった。

「丁度タイムリーな話が聞こえまして、嬉しくなりましてね⋯ん?目の色でお困りですか?」

別に困っていない、何しに来たんだお前と言い返そうとして目を上げた瞬間、俺は山田の目に釘付けになった。

「⋯な、なんだこれ!?」

目元にピースサインをあてて瞳を強調するポーズでせまってくる不快な山田はともかく、問題はその瞳だ。赤地に黒いテトラポットのような模様が刻まれている。

「ふふふ⋯写輪眼!!」

「わあ、マジだこれ写輪眼!カカシ先生のやつだ!!」

『NARUTO』という少年漫画が、一般に解放している地上書庫で大ヒットしている。その作中に出てくるステキ設定⋯うちは一族か、彼らから継承した忍にしか使えないという写輪眼⋯のカラコンだ。写輪眼発現の条件は色々あるが、複雑なので割愛する。

「仲間を大切にしないやつは、それ以上のクズだ!!」

「え⋯急に何です?」

「気にするな、山田の『漫画の名言叫びたい病』が発病しただけだ⋯で、それなに!?」

「人気マンガのグッズ展開ですよ、ずっと温めていたんです!⋯試作品、まだありますよ」

「まじで!?サスケのやつある!?」

「モチのロン。ハイ、クロエ先輩の分」

六枚の花弁が広がったような模様の赤いカラコンを渡された。⋯指先が震えた。やばいどうしよう、久々に嬉しいものを貰ってしまった。

「おおおぉぉ⋯、ちょっと付けていいか!?」

「どうぞどうぞ」

山田に差し出された手鏡を頼りにカラコンを入れる。⋯少し、赤い枠がチラつく。視界はよくないがもうそういうのはどうでもいい。写輪眼の俺かっこよすぎる。


「雷鳴と共に散れ⋯!」


「本当に、何です?」

「カラシ、クロエ先輩は『漫画の名言叫びたい病』発病中だ」

「るっせえよ⋯ウスラトンカチ!」

手鏡で何度も確認しては悦にいったり、山田と思いついた名言を叫んだりしていたら、いつの間にかカラシが居なくなっていた。仕事に戻ったのだろう。俺と山田は暫くの間、名言を叫んだりポーズを取ったりして騒いでいた。



数日後、ふらりと訪れた歌麿主任にカラシの件を講義しようと立ち上がったら『館長は、夢中になると大事な話を打ち切ってしまう癖がありますねぇ⋯』『大事な話かもしれないから⋯』『もう大人なんですから、もう少し落ち着きを、ね⋯』と、穏やかに諭された。


要は、逆にやんわりと叱られた。

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