3-13
「階段はもうすぐそこね」
リルは地図を広げながら歩く先を指で差す。
そこには石垣で出来た巨大な建造物があった。
リルの持っている地図は、僕が以前手に入れた【白紙の與地図】だ。
自動マッピングと現在地が分かる機能が付いていて便利な代物だ。
この草原地帯は一度リルたちと来たことがあるので、すでにマッピングは終わっている。
「これホント便利だよねぇ」
地図を覗きながらアグリがそうつぶやく。
「今いる場所も、方角もわかるんだから。方向音痴の人でもこれなら絶対迷わないよ」
「そうね。地図を買わなくて済むのは経済的にいいわ」
「そこ?リルって、時々主婦みたいなこというよね」
「節約するのは大切なことよ」
リルはそう言ってくすくす笑う。
「まあ、冗談はさておき、こんないろんな機能が付いてるなら、だれもが欲しがりそうなものね」
「いろんなって、自動マッピングと現在地が分かるだけでしょ」
「そんなことないわよ。ほら、こうすると」
「すごい立体的になった!」
「え、ほんと!?」
リルが柔らかそうな白い毛の生えた指を広げ、三本指で地図の表面をなぞる。すると3D映像のように地図が立体的に映し出された。
立体的な地図は階層を跨いで映し出されるようで、一階層と到達したことのある三階層までの地図を同時に見ることができた。
「知らなかったの?他は、こんなこともできるわよ」
今度は二本指で横にスライドさせるとツールバーらしきものが横から出てきた。
バーの一つをタップすると、地図上に赤い点が現れる。
「これで魔獣の位置がわかるわね」
「なにそれ……そんなハイテクだったんだ」
現代人もびっくりなハイテク技術だ。
「でも、なんでそんなこと知ってるの」
「こんなの普通でしょ」
「魔道具の仕様としてはありきたりな物よね」
リルとアグリは何でもないことのように言う。
「もしかして、イツキって魔道具音痴?」
「お、音痴っていうか、基本も知らないから」
魔道具なんてここにきて初めて目にしたものだから、使い方が分からなくて当然だ。
「イツキの世界って、魔法が発達してないのね」
「原始時代のまま止まってたりして」
「はは……」
魔法文明という点に関しては、あながち間違ってはいないかもしれない。
迷宮から出るアイテムは、どれも僕らが作れないような高度で特異な物ばかりだと思っていたけど、魔道具の基本的な部分はどこも変わらないようだ。
いや、逆に迷宮で手に入れた魔道具をもとにして、彼女らの世界の魔道具が発展していったのだろうか。その考え方のほうがしっくりくるかもしれない。リバースエンジニアリングのようなものだ。
とはいえ、説明書ぐらいは欲しいところ。
僕が一人で使っていたら一生気付かなかったと思う。
……劣化版〇ーグルマップなんて言ってごめん。君はすごいやつだよ。
「おい、先行ってるぞ」
建物は石垣をぽっかりくり抜いたような大きな入り口があるだけで、扉はなく、地下への階段が続いているだけだった。
建物自体に飾り気はないが、とにかく大きい。
パリにある凱旋門を彷彿とさせる大きさで、数百人単位で扉を行き来しても大丈夫なほどだ。
僕らは、建物の大きさに似つかわしくない小さな体で、ちょこまかと階段を下りて行った。
塔の迷宮は、渡りの迷宮と同様下り階段になっていたが、階段は螺旋上に降りていく構造になっていて、一定の間隔で窓が設置されていた。
窓の外を眺めると、塔の外、迷宮街を見下ろすことができる。
だが、僕はそのことに、疑問を抱かずにはいられなかった。
「ねぇ。どうして下に降りてるのに迷宮街を見下ろすことができるの?」
塔なのに登り階段ではないこと自体おかしな事なのに、ここでは階層を跨ぐほど——つまり、下に降りるほど、明らかに見える景色が高くなっていくのだ。
「僕らは、塔を登ってるの?それとも降りてるの?」
「さあ、分からないわ。それこそ、迷宮のみぞ知るってところじゃないかしら」
「ここは、地下へと伸びるバベルの塔」
僕らの会話を聞いていたのか、少し先を歩いていたジザが口を挟む。
「バベルの塔?」
僕らは一斉にジザを見る。
「……だって、父さんが言ってた」
ジザは、少し照れたようにそっぽを向いた。
「照れるなら、カッコつけなければいいのに」
「うっせえぞ、鳥!」
「鳥?うん。ぼくは鳥だよ!夜を翔ける猛禽さ」
「……はぁ、こいつに言っても無駄か」
三階層に着くと、そこは一転、どこまでも広がる荒野になっていた。
ビュートと呼ばれる塔のような岩が乱立する地形は見通しが悪く、まばらに生えた草は背が低く色あせたような緑色をしていた。
三階層に付くと直ぐ、アグリが爪の先で地図をひょいとつまんだ。
「地図かして、今度は僕が道案内するから」
「あ、でもまだここは地図ができてないよ」
前回は階段付近を探索してすぐ帰ったので、ここから先は地図が白紙のままだった。
「それでもいいよ~。地図が出来て行くの見るの楽しいから」
「それ、すごい分かる!端っこのところから順番に埋めていきたくなるよね」
「そうそう。コンプリート欲が刺激されるっていうか」
「そうなんだよ!」
「ね~」
「なんか、男の子みたいな会話してるわね」
リルの言葉にぎくりとする。
バレたわけじゃないよね。
「アグリ。お前、羽があるんだから飛べば地図なんて必要ないだろ。こっちよこせ」
地図を広げるアグリにジザが心無い言葉を投げる。
「だから~地図埋めが楽しいんだってば~」
「地図広げてたら飛べないだろうが。索敵担当が何言ってんだ」
「敵なら、地図に出てくるでしょ」
「それは敵の数と大まかな場所だけだろ。なんの魔獣かもどんな状況なのかもわからない。ここからは強い魔獣も多いんだ。遊び感覚でやってると怪我するぞ。だからほら、貸せって」
「やだー。今日は僕が見るんだー」
「わがまま言ってないで、よこせってば」
「なんでそんなに必死になってるのさ……ん~あれれ、もしかして、ジザも地図が埋まっていくところ見たいの?」
「ばっ!?そ、そんな訳ねぇだろ!お前と一緒にすんじゃねぇ!」
「なんだ、それなら言ってくれればいいのに。ほら、一緒に見ようよ」
「ばっかお前。こっちくんなし」
「ふふ。仲いいね」
「いつも楽しくやってるわ」
二人の楽し気なやり取りを聞きながら、僕はさっきまでの戦闘のことを思い出していた。
塔の迷宮は渡りの迷宮と比べて敵が多く、集団戦闘が基本の戦術となってくる。
狼の魔獣との戦闘で使っていた戦法は、敵に囲まれた際の陣形で、僕らが互いを助け合いながら襲い掛かってくる魔獣に対処し、中心にいるアグリが魔法で範囲攻撃を行い魔獣を殲滅する、というもの。
敵に遠距離攻撃がいない場合であれば、実に有効な戦法だと思う。
三角の範囲を狭めれば守りが硬くなり、広く取れば柔軟性が生まれる。
他にもいくつか四人でのフォーメーションがあるが、どの戦法も安定感があり、実直で分かりやすい。
けど、僕は少し、物足りなさも感じていた。
最近、いろんな人たちの戦いを見る機会があった。
リルたちとの共闘。江畑くんやスズナギ兄弟、安曇家の人たちの模擬戦。天武八梢とエレクスとの戦い。
けど、どれも首をかしげてしまうような戦いが多かった。
確かに天武八梢の人たちは特異な力を持っているし、リルの武術やアグリの広範囲魔法だってなかなかの威力だと思う。江畑くんの精霊の力も使いようによっては強力な武器になるのだろう。
けど、それだけだ。
突出した武器があるだけで、だれもかれも総合的な実力が足りないように思われるのだ。
短所を補い合うための集団戦なのかもしれないけど、遠中近、すべてをこなせる僕としては、どうにも物足りなさを感じてしまう。
さっきの戦いだって、僕一人ならいくらでも対処ができた。
宙を駆けながら、空から斬撃を飛ばして回ることもできるし、四之剣で剣を伸ばして一息に薙ぎ払ってもいい。弐之剣で闘気のシールドを張り長期戦の構えだってとれる。
リルたちと迷宮探索をするのは楽しいけど、そこだけは少しフラストレーションを感じてしまっていた。
一人でも塔の迷宮を進めるなんて、思い上がったことは言わないけど、もう少し体を動かしたいな。
「ねぇ、この反応、なんだと思う?」
地図を見ていたアグリが疑問を口にする。
「どれどれ?」
僕らが地図を覗くと、白紙の部分に緑色の点が複数と、紫の大きな点が映っていた。
「緑はほかの探訪者だと思うけど、紫は何だろう。取り囲んで戦ってるように見えるけど、敵は赤く映るはずだよね」
「……もしかしたら、巨獣かもしれない」
「巨獣だって!」
リルの言葉にアグリが飛び上がる。
「巨獣って?」
「階層をまたいで移動する魔獣や、突然変異のような見た目の違う魔獣が時々出たりするのよ。他の魔獣とはどこか違う、不気味で、圧倒的な存在。大抵の場合、そういった魔獣は巨大で恐ろしまでの強さを持っているから、みんな巨獣なんて呼んで恐れてるの」
「なら緑色の人たち、危ないんじゃ!」
「そうだよ!助けに行かなくちゃ!」
アグリは居ても立ってもいられないと、羽を広げ空に飛びあがった。
「まってアグリ!本当に危険なのよ!」
「ふん。楽しくなってきたじゃねぇか!異獣なんて私がひねり潰してやる」
「ジザまで何を言うのよ!」
「危険だと思うなら、リルはここで待ってて」
僕とジザも走り出す。
「ちょっと……もう知らないわよ!」
先行しているアグリが、敵の様子を伝えてくれる。
『見えた。直線距離で一・五キロメートル先、巨大なイノシシの魔獣だよ!』
上空のアグリは声が届かないほど高く飛んでいるが、その声は僕らの耳元から聞こえて来る。
風の魔法を使い、音を飛ばしているのだ。集中を要さない簡単な伝音の魔法は空を飛んでいても使えるらしい。
『襲われてる人たちは負傷者多数。そろそろ限界っぽい。急いで!』
「わかった。なら、みんな横並びに走らなくていいから、全力で敵まで走って!」
アグリの情報を聞いて、リルが的確に指示を出す。
「初めに到着した人が敵との戦闘!他の人が来るまで時間を稼いで!それ以外の人は負傷者の保護を優先!」
「わかった」
「了解」
「うっしゃ、戦闘は私だ!」
勢い込んで加速していくジザ。大きな槍を持って走りずらそうに見えるのに、随分器用に走るものだ。
でも残念。戦闘は僕だ。
僕は闘気操作で、足に闘気を纏わせる。
「リル。時間稼ぎって言ったけど、別にアレ、倒してしまっても構わないよね」
「ちょ、それフラ——」
〈蒼月歩法 クレーエ〉
僕は全力で地面を蹴り、空に飛びあがった。
二歩、三歩、四歩。弾丸のようなスピードで空を駆け上がる。——あれだ。
遠くに微かに見える巨大な猪の魔獣。闘気を僅かに目に集めれば、それはより鮮明に、はっきりと瞳に映し出される。
今の僕の瞳は、この世にあるどの機器よりも綺麗に、遠くを映し出すことができるだろう。
そして、見えたということは——すなわち、そこは僕の間合いだということ!
〈蒼月歩法 マーリン〉
猪のすぐ真上に跳ぶと、猪は一瞬にして僕に気付き、驚きに目を見開いた。
気付かれた。
だが、気付いたところでもう遅い。
「退屈していたところなんだ。少し遊んでよ!」
僕は隙だらけの頭に闘気を纏わせた盾を思い切り打ち当てた。
アグリ「ねぇリル、フラってなに?」
リル「……なにかしら」




