3-12
心地よい風の吹く雄大な草原の中で、僕らは魔獣の群れに囲まれていた。
「はあ!」
襲い掛かってくる狼の魔獣に、ウサギの獣人、リルは細剣を合わせるように当て、浅く傷を入れる。
切りつけられた狼は短く鳴き、後退しながら群れに戻る。その横を新たな狼が駆け抜けてくる。
リルはその狼も最小の動きで、浅い剣傷を入れ、対処する。
傷ついた狼はまた群れに戻ろうと後退を始めるが、そこに横から槍が突き込まれ、狼は絶命する。
「何ちんたらやってんだリル!」
槍の持ち主、犬人獣のジザはリルに激を飛ばしながら、刺さったままの狼を群れへと吹き飛ばす。
「冷静に対処してるだけよ」
リルは細剣で狼を攻撃するため数歩動き、攻撃を終えると定置に戻る。
僕・リル・ジザの三人は、三角形に陣形を組み、互い違いに襲い掛かってくる狼に対処していた。
狼の数は多く、ざっと数えただけで百は優に超えている。
それでも有象無象の集団であれば何とでもなった。しかし厄介なことに狼は理知的で、僕らの行動を予測するように的確に攻撃を仕掛けてきた。
そのたびに、僕らは少しづつズレながらお互いの穴を埋め、三角の陣を保っていた。
僕らの中心では、鳥獣人のアグリが狼を殲滅するための広域魔法を詠唱していた。
ちなみに、これがジザのステータスだ。
Name:ジザ・クロワ Level:39
Species:雨晨天戌 Distinction:♀ Age:18
Status: 体力:1041 魔力:190
筋力:411 防御:292
俊敏:477 器用:371
Skill: 武技 長槍術(直槍)初 無手勝流拳闘術 初
身体 痛覚耐性 小 寒冷耐性 小
感覚 視覚強化 嗅覚強化 獣の本能
魔技 水属性 初 占術 中
これは勝手にのぞき見したのではなく、ちゃんと見せてもらったので悪しからず。
ジザとの共闘は今回が初めてだが、ステータスを見るに筋力と俊敏が高く、槍を使う中・近接戦闘タイプだ。
拳闘術のスキルを持っているようだが、ぼくはまだ槍での戦闘しか見ていない。
「んなことやってたら日が暮れるぞ」
ジザは、またしてもリルがいなした狼に、横からとどめを刺す。
「またそんなに動いて」
「何とでもなる!」
ジザはリルの言葉を突っぱねて独断行動を続ける。
別にジザはリルのことを邪険にしているわけではない。
自分の行動、信念に確かな自信を持っているだけなのだろう。
そのほうが早く魔獣を倒せるし、安全なのだと思っているのだ。
だが、綿密な陣形を組んでいる時に、そんなことをすれば——。
「ジザ!狼が!」
僕の予感が的中したのか、一匹の狼が隙を狙ってジザの横をすり抜けて行った。
「しまった!」
狼は中心にいるアグリへと襲い掛かる。
「わぁ!こっちに来てるよ!」
アグリは杖を両手で持ったまま、対処できずに叫んでいる。
僕はフォローに入るため剣閃を出そうと剣に力を込める。
だが、僕が動き出す前に、リルの足は地を蹴っていた。
〈イグナット流体術 駿脚〉
ひと飛びでアグリの目の前まで飛ぶと、飛び上がっている狼に向けて足技を繰り出した。
〈半天月〉
空中で回転しながらの、頭上からの蹴り落とし。
蹴りは狼の頭に直撃し、地面に叩き落とされ動かなくなった。
あっという間の出来事だった。
「わぁ!リルすごいや」
「褒めてないで、魔法の準備!」
こっちも見とれている暇はない。
僕は飛び上がり、リルの管轄していた方角から雪崩のようにやってくる狼へ向けて剣閃を飛ばす。そして、そのまま宙を蹴る。
「リル。スイッチ」
「了解」
僕らは互いに位置を変え、狼の対処に戻る。
「持ち場は守ろうよ、ジザ」
「っ……うっせぇ。ぽっと出のやつが指図してんじゃねぇ!」
ジザは中指を立てると、槍を大振りに振り回し始めた。
また独断専行か。と思ったが、よく見るとジザの顔が赤い事に気付く。
ジザはジザなりに、失態を挽回しようとしているのかもしれないな。
……けど、陣形が崩れてしまうことには変わりない。
しょうがない。僕とリルで調整するしかないか。
「アグリ!あとどれぐらい」
「もうちょっと!」
アグリは魔法の詠唱に時間がかかっているようで、杖に魔力を流しながら目を閉じ、集中していた。
「イツキ、そっちに行った」
「了解」
リルから流れてきた狼を、剣の腹で叩き出す。
切り捨てるのは容易いが、死体が積み上がってしまうと動きずらい。
向こうに地の利を譲るつもりはない。
「魔法いけるよ!」
アグリの合図で、僕らは同時に中心へと集まった。
一時的に、敵との感覚が広がる。
『大地を走る勁風、強かな夏の息吹よ。私のもとに吹け。集え。留まれ。塵旋風となりて、敵を屠れ!』
アグリがすぐさま溜めていた魔力を解放し、魔法を発動させた。
解き放たれた魔力は、渦を巻き、大きな風のうねりを発生させる。
それは瞬く間に巨大な竜巻となり、狼たちを風の刃で切り刻み、吹き飛ばしていった。
『ギャオオォォォォ!!』
風の中心地は台風の目のようになっていて、無風の安全地帯に僕らは身を寄せた。
風が止んだ時には、ほぼすべての狼が息絶えていた。
生き残った数匹の魔獣を僕らは追撃し、戦闘が終了した。
「リル。ナイスフォロー」
「イツキもね。」
「それにしても、さっきのあの技すごいわね。一薙ぎで十匹以上の狼を倒していたわ」
「ほんとほんと!すごい攻撃だったよ!」
「ありがとう。アグリの魔法もすごかったよ」
「いやぁ。それほどでも、あるかな~。もっと褒めていいよ~」
「アグリすごいえらい天才」
「いえ~い!」
「っち……」
戦勝気分に水を差すように、小さな舌打ちが聞こえてくる。
見ると、ジザが不貞腐れたように口を尖らせていた。
「なんで、俺がこんな……」
ジザがブツクサと愚痴を吐く。
「お金がないんだから、仕方がないでしょ」
「そうそう、ダンジョンコインが無くなりそうなんだから、稼がなくちゃ。もうちょっとでテュルペーが食べられなくなっちゃうところだったんだよ~」
アグリは両手の翼を頬に当て体をくねくねする。
「だとしても、こいつと一緒に潜る必要ねぇだろ」
ジザは僕にガンを飛ばしてくる。
「なに照れてるのさ、ジザ。うれしいくせに」
「え、照れてるの?」
「ンなわけねぇだろ!」
「ほんとはイツキと一緒に潜れて舞い上がってるのよ」
「勝手なことぬかすな!」
「ツッケンドンなのがその証拠よ。ホントに嫌な時はあなた、無視するじゃない」
「ふん。知らん!」
リルはそっぽを向いてしまった。
なんだかんだで、優しい人なのだな。
草原に吹く優しいそよ風に、紫の髪先が静かに揺れる。
僕は目を細め、眼前に広がる草原地帯を眺めた。
見渡す限りどこまでも草原が広がり、青い空に雲が漂う。
まるで外の世界にいるような開放的な空間だった。
だがここは外ではなく、迷宮の中だった。
迷宮街クレオストルフォの中心には、雲を突き抜けるほどの大きな塔がある。
異相の塔と呼ばれるこの塔は、内部が迷宮になっていて、迷宮街にいる人は誰でも何人でも入ることができる。
この迷宮のことは、みな『塔の迷宮』と呼んでいて、個別に入ってきた迷宮は『渡りの迷宮』と呼び、区別していた。
今いる場所は、塔の迷宮の第二階層。草原地帯。
どこまでも広がる草原には様々な動物型の魔獣が生息し、やってくる探索者を執拗に襲ってくる。
草原地帯に果てはなく、果てを目指した人は、ついぞ帰ってこなかったという逸話があるのだとか。
戦闘後、僕らは小休止を取ることにした。
アグリはリルと軽食を取り、ジザは木陰に背を預けている。
僕はというと、珍しい形の植物を発見したので観察していた。
何か、錬金術に使えそうなモノはないだろうかと周囲を散策していたのだ。
何の植物か確認したいので、僕は師匠の本を取り出し、本の検索機能を使ってみた。
【オルタレルムス】
じわ、と本に文字が浮かび上がってくる。
いつもならお姉さんが読み上げてくれるのだけど、不思議なことに、お姉さんは他の人が近くにいると読み上げてくれなくなるのだ。
そのため、今日は珍しく活字に目を滑らせた。
【かつて大国をも買えるほどの高値で取引されたことのある草。一年草で草丈は三十~四十センチメートル。赤い花に赤い実をつける。この植物の根は特殊な作用があり、傷の種類に関係なく、小さな傷を癒す】
ふむ?傷薬のようなものかな。どんな傷も治るとなれば、大枚はたいて買いたくなるのもわかる。
けど……。
周囲に目を凝らせば、まだ何株か見つけることができた。
こんな簡単に見つかっていいものなのだろか。
「イツキ。何してるの?」
リルが膝を抱えて僕の横に座る。
「この草のこと調べてたんだ。傷を治す作用があるみたい」
「へぇ。その本に載ってるの?」
「そうだよ。これは僕の師匠が残してくれた本なんだ」
「師匠がいるんだ」
リルは本の表紙を覗き込む。
「そう。偏屈で、とても独特な人だけど、すごくいい人でね。僕にこの本と知識をくれたんだ」
「……これの知識を?」
「そうだよ。この本には、この世の真理が書き記されてるんだ」
「……ふぅん」
「これを師匠が初めて教えてくれた時、僕はとても感銘を受けたんだ。だから師匠が僕のことを弟子だと言ってくれた時はすごくうれしかったし、僕も師匠のように一人前の術師になりたいと思ってる」
「そっか……」
リルはゆっくり頷くと、優し気な声で言う。
「イツキはこういうのが好きなのね」
「こういうのって?」
「ふふ、別にとぼけなくてもいいのに」
リルの言っていることが分からず、僕はしばし困惑していた。
だが——
「…………っ!ち、ちょっと待って」
僕ははっとして、急ぐように本の表紙を確認した。
『落ちこぼれの俺、SSS級隠しスキル『闘気』に目覚めて覚醒する~魔法至上主義の世界で俺だけ使える異界の力で殲滅無双奴隷ハーレムざまぁもふもふ断罪譚。あれ?堅実に努力していただけなのに、なぜかクラスの女子たちが放っておいてくれないんだが』
「リル!まって、違うから!」
「わかってる。人の趣味はそれぞれよね」
「違うんだって!ねぇ!ほんとに違うんだってば!!」
「はいはい」
師匠。
今度会ったら覚悟しておけよ。




