3-11
「誰かと思えば、あの時逃げだした臆病者じゃねぇか」
界成は、僕に向けて不敵な笑みを浮かべた。
面倒なのが来たな。僕は率直にそう思った。
界成は、部下らしき人たちを何人か後ろに侍らせ、屋敷の中を我が物顔で歩く。
界成の後ろには、以前にもいた金髪の女の子の姿もあった。たしか、ことぎと呼ばれていたっけ。
本家と分家では本家のほうが立場は上なのだろうけど、分家の屋敷でもこんなに大きな態度でいられるものなのだろうか。
……まぁいいや。彼らのことはあまり知りたいとも思わない。
関わりたくないので、適当にあしらっておこう。
「いつぞやはどうも」
「ふん。言い訳もできないか。とんだ腑抜けだな。そんなんで天武八梢が務まるのかよ、なぁ稲置様よぉ」
随分厭味な言い方をしてくる。鼻持ちならない男だ。
「勤まるも何も、僕が決めることじゃないですから」
「腑抜けたこと言ってんじゃねぇつってんだ!」
「そんなこと言われても、これが平常運転ですから」
「ふざけるな!仮にも迷宮連盟最強の称号を持つ集団だろうが!強えならそれらしい態度を取れよ!」
ん?褒めてくれてるのかな?
「まぁ、頑張ります」
「痴れ者め!せっかく界成さまがお前のためにくんとーを与えてくれているというのに!なんだその態度は!」
今度はことぎが後ろから罵声を浴びせてくる。
「ことぎ!てめぇふざけんなよ!誰がこんな奴に薫陶を与えてるって!」
「す、すみません!界成さま!界成さまはお優しいので、ことぎはてっきり……」
「どこが優しいだ!ふざけんな!」
「間違いました!界成さまは、優しくありません!極悪です!まごうかたなき極悪人です!」
「だれがそこまで言えといった!」
「ご、ごめんなしゃい」
「おい、お前!違うからな!お前のために言ったんじゃないからな!」
「……はぁ」
コントでもしに来たのかな。
界成は僕に対して、これでもかと敵意をむき出しにしてくる。
この前会った時も、今回も。なぜこれほどまでに僕を——稲置さんを目の敵にするのだろうか。
……前は訳も分からず攻撃されて逃げるしかなかった。けど、少し事情を知った今ならその行動の意味も分かる気がする。
あれは俺が賜るはずだったんだ。と界成は言った。あの言葉は稲置という名前、立場のことを言っていたんだ。
つまり、界成は本来稲置という立場をもらえるはずだったのに、それを稲置さんが奪ってしまった。という事情があったと推察される。
「痴れ者には勿体ないものだというのが分からいでか!身の程を弁え、今すぐ界成さまにその立場を譲りなさい」
……いや、こういったことは、多分に私情が含まれるもの。
ただの逆恨みや八つ当たりの可能性も十分考えられる。
あとで稲置さんに事情を聴いてみることにしよう。
「随分な言いぐさじゃないか」
それまで黙っていた坪根さんが、口をはさんだ。
視線を界成から外すと、江畑くんたちも何かあったのかと手を止め、こちらの様子を見ていた。
「誰だお前は」
怪訝な視線を向ける界成にため息をつきながら、坪根さんは答える。
「分家当主旗下、降魔抗衡隊刃螺依隊隊長の坪根 朽葉だ」
「あぁん?はらえたい~?そんな組織あったかぁ?分家のひ弱な組織なんぞ、いちいち覚えてられないなぁ」
馬鹿にするような態度を取る界成に動じず、坪根さんは冷静に対処する。
「まさか本家の嫡弟ともあろう者が、家の組織図を把握できていないなんて言うつもりじゃないだろうな」
「んだとてめぇ」
「本家の教育も知れたものだな」
「言わせておけば!」
界成と坪根さんがにらみ合い、一触即発の状況が生まれる。
これはまずいか。
「か、界成さま、界成さま。こんな無礼なやつ無視してしまいましょうよ。それより、今日こそあの痴れ者から、稲置の座を奪い返しましょう」
「……ふん」
と思いきや、ことぎの言葉で界成は怒りを収めた。
それから口撃の矛先を僕へと戻した。
「おい、稲置様よぉ。いつまでもそこで、胡坐をかいていられると思うなよ」
……はぁ。
不毛なやり取りに、少し飽き飽きしてしまう。
早く話を終わらせよう。
「そんなに稲置の名が欲しいなら、口先だけじゃなくて奪いにくればいいじゃないか」
「あぁ?」
「知ってるでしょ。決闘のこと」
天武八梢の姓は、決闘によって正当に移譲することができる。
それは迷宮連盟が定めたルールであり、掟だ。
僕が譲ると言ったところで、譲れるものではない。
「まあ、な」
「また、あの透明な蛇でも出してくればいいんじゃない?ま、あんなのいくら来ても返り討ちだけどね」
僕の言葉に、ことぎはわなわなと体を震わせた。
「痴れ者がぁ!!軽々しく蛇などとのたまうな!」
先ほどまでとは怒りの度合いが違う。
本気で怒ってる。
「御身こそ、掛けまくも畏き御霊にして、安曇家の四ほ——」
「ことぎいぃぃぃぃ!!!」
突然、界成が大声を上げた。
その声は屋敷全体に響き渡るのではないかと思うほど巨大な声だった。
僕らはその声に驚き、しばらく口を開けなかった。
響いていた声が消えた後、辺りは耳鳴りがするほどしんと静まり返った。
ことぎは我に返ると、はっとして口元に手を当てた。
「す、すみませ……界成さま」
「おまえ、もうしゃべるな」
界成に険しい目を向けられ、おろおろとすることぎは、今にも泣きそうな顔をしていた。
「シラケちまった。今日は帰るぞ」
界成は僕らに何も言わず、踵を返して屋敷の奥へと歩き出した。
ことぎは目を伏せたまま、界成の後ろをとぼとぼと歩いていく。
僕は去って行く彼らの姿をじっと見つめた。
見つめ続けた。
ふいに襟首を引っ張られ、僕は体制を崩す。
「わ、えっ?」
稲置さんが僕の耳元に口を近づける。
吐息がかかり、ドキリとする。
「ちょ、何を!?」
「お前、あれが見えてるの」
「……うん。黒い、大きな奴が」
今もはっきりと。
「光沢のある鱗は黒に見えるけど、光の加減で緑色にも見える。きれいで、でも、とても恐ろしい」
僕の目には、界成の後ろを付いて移動している巨大な蛇の姿が映っていた。
以前は見えなかったが、〈看破の瞳〉のおかげか、今ははっきりと見ることができた。
蛇の方も見られていることが分かっているようで、去り際に僕を見つめてきた。
エメラルドのような透明な目玉の奥から、底知れない力を感じる。
僕はあんなのに襲われていたんだ。
さっきは軽口を叩いたけど、あの蛇に勝てるかと言われると、正直自身がない。
「よるさんは見えてるの」
「私には見えない。わかるのは気配だけ」
「そっか」
坪根さんは気づいていたのか良く分からないけど、他の人は気づかなかったようで、錫也たちが不満そうにこっちに歩いてくる。
「なんだったんですか、あいつ」
「あれは、本家当主の三男、安曇 界成だ。本家でも手を焼いている、底抜けの無頼漢でね。たびたび分家に来てはああやって、諍いを起こすんだ」
「迷惑な奴ですね」
「稲置にちょっかいかけてたけど、なんだ。あいつ、稲置に惚れてんのか?」
「稲置さまだろ」
「痛っ!」
坪根さんにチョップされ、錫也が唸り声を上げる。
「大丈夫か。蒲生」
江畑くんが、心配して声をかけてくれる。
「うん。なんともないよ」
「ならいいけど……あの偉そうなやつと会ったことあるのか」
「前に一度だけね」
僕はそういって、誤魔化した。
襲われたことを話すと、心配させてしまうかと思ったから。
「まぁ何ともならなくてよかったよ。……それよりそっちの人って」
稲置さんをみて、江畑くんの表情が変わる。
「うん、そう。よるさんだよ」
僕の回答に、江畑くんはごくりとつばを飲み込んだ。
「この人が」
江畑くんには、僕の事情は稲置さんの影武者をしているという話だけしてあったが、それ以外はほとんど情報を共有している。
稲置さんが、どれだけ冷酷無比な怪人であるかを、ね。
必要なことしか話そうとせず、無意味な質問には無視をされ、冗談は通じず、目つきがキツくて顔を見て話せない。
僕がどれだけいつも気を使い、神経を張り詰めさせているかを、たっぷりと愚痴ってあるのだ。
それにもかかわらず、江畑くんは稲置さんに話しかけようとしていた。
なんて無謀なことを。
「……は、初めまして。俺は——」
「挨拶はいい。そちらの情報は把握している」
「そ、そっか。……その、よろ——」
「よろしくする気はない」
「あ、はい。…………あの、こ」
「今度もない。話しかけるな」
「……」
「消えろ」
「」
あまりのことに、江畑くんは固まってしまった。
取り付く島もないとはこのことだ。
……ヤムチャしやがって。
江畑くんは、口を開けたまま、どうしたらいいのかと、目で訴えてきた。
「こういう人なんだ。長い目で見てあげてよ」
「……おう」
「……でも強気でぐいぐい行ったら、意外とかまってくれるよ」
「え、マジ?」
江畑くんは期待のまなざしを稲置さんに向ける。
「殺す」
「……ほ、ほらね」
「こんなかまわれ方は嫌だ!」
ブンブンと激しく首を振る江畑くん。
友好を得るには、先は長そうだな。
「邪魔者はいなくなったし、仕切りなおそうぜ、凪」
ショックを受けているところに、錫也が話しかけてくる。
「う、うす!今すぐ始めよう錫也アニキ!」
江畑くんは逃げるように錫也の方へ走り寄る。
「稲置様もどうですか?たまには汗をかくのもいいですよ」
弥薙が僕に模擬戦の提案をしてくる。
彼は錫也と違って礼儀正しい。
でも、江畑くんに対しては指導的立場にいるからか、命令形の言葉を多く使う。
立場できっちり分けるタイプなのだろう。
「ありがとう。でも、やめておこうかな」
だって、坪根さんが見ているから。
僕は目の端で坪根さんを見やる。
この人、けっこう感が鋭そうなんだよね。
さっきも一見しただけで稲置さんの実力をある程度予測していたし、闘っている姿で、何か悟られかねない。
むやみな行動は慎むべきだろう。
「そうですか」
弥薙は残念そうにしょんぼりと眉を寄せた。
気難しそうな見た目をしているわりに、表情が顔によく出る。
「なら、私が相手をしてやろう!」
「隊長が相手をしてくれるんですか!」
途端に嬉しそうに目を輝かせる。
背中にしっぽが見えるようだ。
「えっ!た、隊長はいいっすよ!いっつも訓練してくれてるじゃないですか」
「いいじゃないすか。俺、坪根隊長と手合わせしてみたいっす」
「ばっか!お前!この人の異名を知らねぇのかよ!」
「え?なんかやばいんすか?」
「やばいなんてもんじゃねぇ!」
錫也は江畑くんの顔をガシッとつかむと、小声で話し出す。
僕はすかさず、耳元に闘気を集め、聴力を強化する。
「ひとたび訓練が始まれば、どれだけ殴られようが、瀕死の重体になろうが訓練をやめてくれないんだよ!ほんとに死にでもしない限り……いや、死んでも強制的に立たされ訓練が続くんだ。あの人が、満足するまで」
「マジ、すか」
「それで付いたあだ名がネクロマンサー。訓練が終わるころには、魂のない抜け殻の屍集団が誕生してるってわけだ」
「……おれ、ちょっとトイレに」
「だれがネクロマンサーだって?」
「「ヒェッ!!」」
「今日は、お前たちに免じて特別に手加減しないでやるからな。ありがたく思えよ!」
「「こ、殺さないでくれぇ!」」
「よろしくお願いします」
「何嬉しそうにしてんだ!お前は変態か!」
肩に腕を回され、連行されていく江畑くんと、錫也。
その後ろを、嬉々として付いていく弥薙。
彼らの楽し気なやり取りを眺めながら、僕は稲置さんに話しかけた。
「僕らはどうしようか。このまま訓練見てる?」
「それは私が決めることじゃない」
「よるさんが決めていいけど」
「……」
これは、僕のやりたいことに付き合ってくれるってことだろうか。
と言ってもなぁ。
「よるさんは、趣味とかないの?」
「必要ない」
「じゃぁ、好きなことは?」
「……その質問に、何の意味があるの」
「答えたくない?なら好きな食べ物は?」
「……」
ガードが堅いなぁ。
それとも、本当に何もないのかも?
「う~ん。それじゃぁ、よるさんの好きな物を探しに行こう」
「は?」
「まずは屋敷の中に何があるか見て回ろう。ほら」
僕は稲置さんの手を取った。
抵抗されるかとも思ったが、すんなり僕の手は稲置さんの手を包み込んだ。
少し冷たくて、細い、小さな手だった。
普段より幾分目を見開いている稲置さんを連れ、僕らは夜が更けるまで屋敷内を散策した。




