3-10
安曇家分家屋敷には、南方花曇殿という名が付いていて、門をくぐり屋敷を抜けた先には、屋敷を代表する広い庭園がある。
そこは自然の風景を表現した池泉庭園で、小さな滝や川が流れ、そこに石組や橋が架かっている。
草木は丁寧に手入れされ、苔むした岩や灯篭が風情を感じさせる。
庭園の奥は森と繋がっていて、それもまた自然を強く思わせる。
四季折々、様々な顔を見せるこの庭園を、敷石を歩いてぐるりと回れば、来た人は皆、満足して帰って行ったという。
まさに桂離宮もかくやといった、とても優美な日本庭園だ。
そんな庭園を背景に、屋敷近くの広場で巨大な衝突音が響き渡っていた。
「どりゃぁぁぁ!!」
「甘いぞ凪!」
広場では二人の人間が激しくぶつかり合っていた。
輝く拳を振り回わす江畑くん。
その拳に、ガントレットをつけた男性が正面からぶつかっていく。
男性は上着を脱いだまま戦っており、日に焼けた肌を惜しみなくさらしている。
野性味あふれる姿に、釣り目がちな目。
彼の名前は、龍波 錫也。
迷宮探索と戦闘を生業とする戦闘集団刃螺依隊。その正規隊員の一人だ。
熱しやすく冷めずらい性格で、部下思いの優しい人物だ。
今は江畑くんに稽古をつけてくれている。
そんな彼らを、僕は縁側からのんびり観戦していた。
ちなみに庭園には結界が張られているそうで、強力な技を使いさえしなければ景観を損ねるようなことにはならないのだとか。
「そんなもんじゃないだろ!もっと食らいついてこい!」
「これでも精いっぱいやってっすよ!」
「まだだ!こんなもんじゃないだろ!」
そんな二人を少し離れたところから、見守っている人物がいた。
龍波 弥薙。錫弥の兄だ。
「凪、攻撃が単調だ。それじゃあすぐに行動が読まれてしまう。もっとフェイントを入れろ」
「うっす!」
江畑くんの動きを観察し、的確なアドバイスを送っていた。
ガタイが大きく、短髪で端正な顔立ちをしている。
隊服の上着を腰に巻いていて、黒いアンダーシャツの内側から、筋肉が盛り上がって見えた。
顎に入った傷が印象的な表情の硬い人物。
龍波 錫也と弥薙。この兄弟は、ここではよくスズナギ兄弟と呼ばれていた。
「お前は何のために強くなりたい!」
戦闘中、錫也が叫ぶように問いかける。
江畑くんも負けじと叫び返すように答える。
「攫われた友人を助けたいんだ!エレクスとかいう組織に連れ去られちまって、消息が分かってないんだ!俺はモリミツを助けたい!」
「それなら、俺らに任せればいい!エレクスとは俺らともかかわりの深い相手だ。待っていてもお前の友人の情報は必ず入ってくる。俺らが助けてきてやるよ!」
「待っているだけじゃダメなんだ!」
ひときわ大きな声で江畑くんは叫んだ。
「助けられたんだ。助けたと思ったんだ。けど、いつの間にかあいつは俺の手からすり抜けていっちまった。あの時の無力感を、無力な俺を、俺は許せない。……もう大事な時に、何もできない俺でいたくないんだ。俺は俺の手で、あいつを助けたいんだ!」
錫也は江畑くんの答えに、満足そうにニィっと笑う。
「その意気やよし!だが、今のままじゃだめだ!お前はその力をうまく扱いきれていない!」
そこまで言うと、弥薙が会話を引き継ぐように話し出す。
「凪、お前のその力は何だ」
「精霊の力です!」
「そうだ。精霊とは元来自然をつかさどる魔法生物と聞いている。なのにお前は拳にばかり力を集めて接近戦ばかりしている。なぜだ。」
「それは、自分で体を動かすほうが性に合っているっていうか……」
「先頭に夢中になって、体を動かすことしか考えられないんだろう」
「う……そうかも」
「精霊の力を使えば、もっと多彩な攻撃ができるはずだ!何も考えずに拳を振り回すな!考えろ!頭を動かせ!精霊の強みを生かせ!」
「はい!」
錫也が叫ぶ。
「そして、もっと拳に力を入れろぉぉぉ!!」
「わかってっすよぉぉ!!!」
ドゴォォォォン
稽古と呼ぶにはいささか実践じみた戦いを見つつ、僕は成長したなぁ、と感慨深く思う。
初めのころよりだいぶ動きがよくなってきている。
最初はただ、拳を振り回すだけだったのに、今は動きに切れがるように見える。
本人も成長を実感しているようで、毎日楽しいのだとか。
……ただ、少し苦言を呈するとすれば、もう少しスマートに戦って欲しいというところだろうか。
それは、戦闘のことを言っているわけではない。
「答えろ、凪!俺らの拳は」
「王者の拳よ!」
「激烈」
「無敵」
「「百折不撓!」」
「「見よ!南方は赤く燃えているぅぅぅぅ!!」」
「あほくさ」(弥薙)
彼らは毎日飽きずにこんなやり取りを繰り返しているのだ。
暑苦しいったらないよ。
「相変わらず、暑苦しいやつらだな」
僕と同じ意見がとなりから聞こえてくる。
隣を見ると、黒い袴に、隊長を示す金の刺繍の刃螺依の文字。
細い三つ編みを長く垂らす、燃えるような赤髪の女性。
袖なしの上着から適度に筋肉質な腕が覗く。
この人は、刃螺依隊の隊長、坪根 朽葉さんだ。
坪根さんは、稲置に対して砕けた口調で話してくれる数少ない人物だ。
「毎日よくやりますよね」
「稲置さまも飽きずに見てるじゃないか」
「勉強になりますから」
精霊の力はともかく、戦いの際の立ち回りや、多彩な動きなど、見ているだけで勉強になる。
だから僕は、夕方ごろから始まる稽古を時間があるときに眺めに来ているのだが、坪根さんはその時間によく茶菓子を持って現れる。
僕がいることを分かっているかのように来るので、何かしらの確信をもっているのだろう。
僕らはお茶を啜りながら、こうして何気ない会話をする。
「錫也の腕につけているあれ、魔巧陣機ですか」
「あぁ、あれは確かにうちのやつらが開発した魔巧陣機だ」
腕組をしながら、坪根さんは頷く。
「龍波弟が使ってるのは装備型に攻撃性の高い魔法陣を組み込んだMG320だな」
魔巧陣機とは、機械に魔法陣を組み入れた現代魔法兵器の総称だ。
ミラーズシティで武器屋を見に行った時、普通の武器や迷宮産の武器も並んでいたが、店の大半の武器が魔巧陣機だったのには驚いた。
使われている魔法陣も、稲置さんの母親が作った直線的幾何学模様の魔法陣だった。
曲線の魔力回路を使わないのかと店主に聞いてみたところ、いまはこっちが主流なのだと答えてくれた。
こっちのほうが、直線な分、分かりやすく素直なのだとか。
理屈より感覚でものをいう店主だったので、少し理解に苦しんだが何となく理由は分かった。
だが、まだ疑問一つ残っていた。
「不思議なんですけど、どうしてフラクトラスは使わないんですか?」
「ん、フラクト……」
「迷宮の魔道具にほとんど必ず入ってるやつです。魔力を通して命令を実行させるっていう」
「あぁ、あの半導体モドキか」
僕の言葉で思い出したのか、坪根さんはそんなことを言った。
「半導体モドキ?」
「無栖霊隊のやつらが言ってたが、あれはいわゆるスイッチのようなものなのだろう。命令を実行させるプログラム。ならわざわざそんなもの使うより、本物を使うほうが早い。手に入れやすいし、安価で圧倒的に小さい。魔力によらない力だから管理もしやすい。どの面から見ても、理にかなっているだろ」
「でも、半導体って繊細で壊れやすいんじゃ」
「そのための魔法じゃないか。魔巧陣機は魔法と科学のハイブリッド兵器だ。どちらの欠点も補い合うことができる」
なるほど、それなら納得だ。
フラクトラスという、不確かなものに頼る必要がないのだ。
半導体なんて、僕らのような、魔法のない世界でしか作り出されることはないだろうから、他では使われることがないんだ。
僕の剣のような迷宮産の純正武器のほうが強いと思ってたけど、案外わからないかもしれない。
僕らの世界にしか流通しない武器。
量産できるならこれほど強い武器もない。
「おや、そちらは」
考え込んでいると、坪根さんが僕の後ろを見ていた。
なんだろう、と後ろを向くと、そこには稲置さんが立っていた。
「い……よるさん。いつの間に」
稲置さんは坪根さんに丁寧にあいさつをする。
「よると申します。稲置様の従者をさせていただいております」
「ふ~ん。堅苦しいな君」
坪根さんは興味深く稲置さんを見る。
「そして。強いね、君」
そう言うと、坪根さんは目にもとまらぬ速さで稲置さんに攻撃を仕掛けた。
指を二本立て、首元めがけて横薙ぎに振り抜く。
稲置さんは表情を変えることなく、難なく指でつまむように止めた。
一瞬の出来事だった。
坪根さんの二本の指には、ブレード状に魔力が集まっていた。
「君、何者だい」
「稲置さまの従者をさせていただいております」
「……あくまで、その解答か」
「ちょ、ちょっと何攻撃してるんですか!止めてください!」
慌てて間に入る。
「何してるんですか。坪根さん」
「悪いね。強い人見ると、つい癖で手が出ちゃうんだ」
えへ、っと舌を出して坪根さんは笑った。
「よるさんは、怪しい人じゃないですから!もうやめてくださいよ」
「わかった。もうしないから、許してくれ」
飄々とした態度に、呆れてしまう。
とんでもない手癖の悪さだな。
僕は稲置さんを近くの部屋まで引っ張って行って事情を聞く。
「どうして此処に?忙しいんじゃ」
「しばらくお前と一緒にいるようにと指示があった」
「どうしてまた」
「それが命令だから」
「そういうことじゃなくて……どうしてそんな指示があったのかっていう」
「それが必要だからでしょう。必要のない命令はしない」
「ん~……」
具体的なことが何も返ってこない。
なんだこれ、禅問答でもしてるかのようだ。
「意味なんて必要ない。命令はただそこにあるだけで、私はそれを実行するだけ」
「……」
その答えは少し寂しいよ。稲置さん。
僕らが縁側に戻ると、坪根さんが眉根を上げて歓迎してくる。
「帰って来たな。君たちにこれをあげようと思って待っていたんだ。お詫びのしるしとして受け取ってくれ」
坪根さんはポケットから何かを取り出すと、稲置さんと僕に渡してくる。
それはデフォルメされた二頭身キャラのフィギュアだった。
「なんですか、これ」
「私謹製の目印チャーム。どこでも坪根さんシリーズだ!」
……確かに、どことなく坪根さんに似ているような気もする。
って、え。どこでも坪根さんって……自分のグッズを自分で作ってる、ってこと?
この人、正気か?
ん?これ……
「魔法陣が入ってる?」
「よく気付いたな。それは魔力を流すと光るんだよ」
どこでも坪根さんの背中に小さく魔法陣が描かれている。
若干魔力も見えるので、充電ならぬ、充魔力されているのかもしれない。僕でも光らせられるかな?
「私には、必要ありません」
稲置さんは、いつものようにわが道を行く。
坪根さんは稲置さんから帰ってきたフィギュアをみて、ため息をつくと、魔力を通し光らせた。
すると、顔だけが絶妙にぬぼーっと光った。
……なぜ顔だけ光らせる仕様にしたんだろう。シュールすぎる。
「ほら、輝く坪根さんだ。これで欲しくなったでしょ」
「必要ありません」
「持っていれば、懐中電灯いらずだぞ?」
「いりません」
「本当に?」
「いりませ——」
「上官命令だ」
「頂戴します」
「よろしい」
ここまで食い下がる坪根さんもすごいが、さすが稲置さんだな。命令には忠実だ。
「ちゃんとどこかにつけるんだぞ」
「……はい」
どうせならと、僕もどこでも坪根さんをカバンにつけてみた。
フィギュアの出来は悪くないので、正直カバンにつけていても何の違和感もない。
とはいえ、稲置さんがどこかにつけるとも思えない。
けど、上官命令だし、どうするのだろう。
稲置さんはどこでも坪根さんを見て、不服そうに眉を寄せていた。
「そんなに嫌なら断っても……」
「違う。近づいてくる」
「え、何が?」
そこでふと、足音が近づいてきていることに気づいた。
屋敷の奥から、ぞろぞろと人を引き連れた人が歩いてくる。
その人物は、縁側まで歩いてくると、わざとらしい口調で僕に話しかけてきた。
「誰かと思えば、あの時逃げだした臆病者じゃねぇか」
歩いて来たのは本家当主の三男坊、安曇界成だった。




