3-9
「四人目、か」
事務服を着た女性を見て、真人さんは怒りを露わにする。
「連盟は何をやってる!馬鹿どもが!ここの警備はザルか」
憤る真人さんと対照的に、周防さんは冷静だった。
「いえ。あの女性、見覚えがあります。以前からここで働いている職員のはずです」
「じゃあなんだ。こいつはそんな昔から潜入していたっていうのか」
「いえ、見た目を変える手段を持っている可能性も十分に考えられます」
二人の会話を聞いて、それは違うと思った。
だって僕の目には、彼女の姿が偽りなく見えているのだから。
周防さんの情報が確かなら、彼女は昔から連盟の職員だった人なのだ。
「……でよ」
呟くような声に視線を移すと、死んでしまった男性たちを見てショックを受けているみよっちの姿があった。
「なんでこんな……なんでよ!あなたの仲間じゃなかったの!」
みよっちは叫ぶように女性へ訴えかける。
だが、女性は酷く冷徹な声を発する。
「私はあなた方と話をするためにいるのではない」
そういうと、女性は袖からナイフを取り出し首に当てる。
彼女もまた、男たちと同じ末路を辿ろうとしている。
「待って!死んじゃだめだ!」
僕は大声で、彼女を止めた。
彼女は、僕に視線を向ける。
「どうして?」
「どうしてって、死んでしまったらそれで終わりじゃないか!」
僕は必死で彼女を止める。
少しだけだけど、僕は彼女と行動を共にした。彼女と会話をした。
僕は彼女関わりを持ってしまった。
だから、死んでほしくないと思った。
「楽しいことも、うれしいことも、死んでしまえば全部消えてしまうじゃないか。死ななければ、この先きっといいことだって……」
「優しいのね……けどその感情は無用よ」
そういうと、彼女は視線を鋭くする。
「我らにとって死はただの通過点に過ぎない。真なる救済とは、我らの行動の果てにこそ!」
女性はためらうことなく、自身の首元にナイフを突き立てる。
「ダメだ!」
その瞬間、幾重もの刀が現れ、女性の体を突き刺した。
いや、突き刺さってはいない。体の間を縫うように刀が空中に現れ、女性の体を拘束したのだ。
「情報を吐くまで、死ぬことは許さない」
真人さんの能力だろうか。刀はすべて峰側を向いていて、女性は身動きどころか体を傷つけることさえ出来ない。
しかし、そんな状態にもかかわらず、彼女はニタッと口元を歪めた。
「いいえ、私は死ぬのよ。いや……すでに死んでいるのよ」
女性はいつの間にか、口にビー玉のような透明な球を含んでいた。
ガリッ
瞬間。眩い光と共に女性の頭が吹き飛んだ。
それに呼応するように、すでに死んでいたエレクスの体が膨張し、破裂した。
血肉があたりにまき散らされ、血と肉、臓物のにおいがあたりに充満する。
近くにいた人たちは、もれなく血しぶきを浴び、体中が血だらけになった。
「し、死んだ……人が、死んだ」
吉雄さんは自分の頬に付いた血を手で拭い、わなわなと体を震わせた。
天武八梢と言えど、人の死に慣れている人など多くないのかもしれない。
斯く言う僕も、人が死んだところを見るのは初めてだった。
ダンジョンに出てくる魔獣はあれだけ殺していても、血肉通う生き物に刃を立てたことはない。
手が震える。
嫌な汗が背中を伝う。
怖くて、悲しくて、苦しくて——でも人の形を留めてすらいない血肉の山から目を離すことができない。
これが、人が死ぬということか。
「大丈夫?」
震えている僕を心配して、みよっちが話しかけてくる。
みよっちも顔色が悪い。他人を思いやる余裕なんてないだろうに。
「……大丈夫」
僕は精一杯、虚勢を張った。
この世界にいるのなら、こんなことは今後も起こるはずだ。
慣れていかなければいけない。
「ちっとも大丈夫そうじゃないよ。会議室の近くに休憩スペースあるし、そっちいこ?」
優しく提案してくれるみよっちに、僕は笑いかける。大丈夫だと、気持ちを込めて。
「……」
僕の気持ちを汲んでくれたのか、みよっちは心配そうにしながらも、引き下がってくれた。
みよっちには悪いけど、こんなことでいつまでも動揺し続けることは出来ないんだ。
いつもより深く、深く呼吸をして、気持ちを切り替える。
息を吐き切り冷静になたところで、ようやく稲置さんの事を思い出した。
稲置さんは大丈夫だろうか。
「よるさ……」
視線を戻すと、彼女の顔はすでに能面のような無表情に戻っていた。
「現状の把握をいたしましょう。稲置さま」
「……うん。わかったよ」
稲置さんの提案で、僕たちは死体の検分を始めた。
「結局、こいつらは何がしたかったんだ」
会議がめちゃくちゃになってしまったので、今日はお開きとなった。
エレクスが攻めてくるという話があったから、てっきりその緊急会議が開かれるものと思っていたが、そうはならないようだった。
天武八梢の会は、会議と題してはいるが、本来は情報交換が主な目的となっているからだ。
彼らは、家名を背負ってはいれども、家の長ではない。連盟内での特別な地位はあるが、各家での扱いは異なり、彼らに家を動かすだけの決定権はない。
対策は各家で行われ、根回しがされ、それから家同士の対策会議が開かれるのだという。
めんどくさいよね。とみよっちは口を尖らせて言っていた。
それに今回は、連盟の内部にエレクスが潜んでいたという事実が露呈したのだ。
スパイ探しなどで組織内部もしばらくはごたごたするだろう。
あれから、進行役だった人は、ロッカーの中に拘束された状態で発見された。
無事でよかったが、どうして無事だったのか疑問が残る。
死体はステータスを見ることが出来ず、死体からは武器以外何も出てはこなかった。
彼らは結局何がしたかったのだろう。本当に情報を教えるためだけに来たわけではないとは思うけど。
連盟を混乱させるための陽動だとか、すでに彼らの目的は果たされた後だったのではないかとか、根拠のない憶測が会議室の中で飛び交っていた。
解散後、春原さんに電話をすると、すぐにはいけないので二時間後に洞を使えるように手配しますと返事が来た。
僕らは、急に暇になってしまった。
「よるさん。二時間後じゃないと洞使えないって」
「そう」
いつもと同じ調子の塩対応。
けど、その声はどこか沈んでいるように聞こえた。気のせいだろうか。
「……よかったら、一緒に街を見て歩かない?連盟のビルに行く時、道すがら幾つか気になるお店があったんだ」
僕は稲置さんに、時間つぶしの提案をする。
彼女は僕を一瞥すると、ふいとそっぽを向いて一人交差点へと歩きだした。
「あの……」
「二時間後に」
その言葉だけ残し、稲置さんは雑踏の中に消えていった。
……難しい人だな。
二時間が過ぎて、最初の建物に戻ってくると、稲置さんは入り口の前に立っていた。
「お待たせ」
走り寄る僕を認めた稲置さんは手首を返し、時計を確認する。
「二分前」
「……間に合ったんだからいいでしょ。細かいことは言わないの」
僕は少しだけ息を切らしながら、愚痴をこぼす。
「それより、はいこれ」
僕は稲置さんに買ってきたお土産を渡す。
「……なに」
「なにって、クレープだけど」
稲置さんはそれを受け取らず、怪訝そうに眉を顰めた。
街を散策していた時、初めに武器防具屋なんかを見て回り、とても面白い発見があった。その後、ミラーズシティの中で有名なクレープ屋があると防具屋の店員に聞いて買いに行っていたのだ。
人気の店だったようで結構並んでしまい、ようやく買えた時には待ち合わせ時間七分前。クレープが崩れないように、待ち合わせ場所まで走る羽目になってしまった。
少しでも気晴らしにればと思って買ってみたんだけど……この反応、迷惑がっているようにしか見えないな。
稲置さんは直截にものを言う人だから、要らないものは要らないというだろう。
でも、せっかく並んで買ったのに、拒絶されたら凹んでしまう。
僕は稲置さんが口を開く前に、畳みかけるように言葉をつづけた。
「いらなかったら家の人にあげていいから」
押し付けるように渡し、僕は速足で建物の中に入った。
ちょっと気まずいな。タイミングよく洞が開いてくれればいいんだけど。
「……」
◇◆◇◆
殺風景な部屋の中で、私は机の前に立っていた。
私の部屋は母屋の北に位置する北屋の二階にある。
歴史のある古い日本家屋の建物だが、それにもかかわらず、私の部屋は洋室だった。
頼んでもいないのに床にはフローリングが敷かれ、壁にはアイボリーの壁紙が貼られている。カーテンも壁紙と同じような明るい生地の物が備え付いていた。
机とイス、ベッドはあるが、それ以外は何もない。着替えと寝るためだけの場所。
物のない八畳の部屋は、私にはとても広く感じられる。
私と同じ、伽藍堂の部屋。
ただ今日は、部屋の中にいつもと違う色があった。
机の上に、今日貰ったクレープが置かれていた。
ポップなデザインの紙に包まれたクレープは、大量の生クリームにイチゴとバナナがトッピングされ、ワッフルと飾りチョコに、上からチョコレートとイチゴシロップが掛かっていた。
見るからに甘みの強い、若者好きの色鮮やかな食べ物。
私の嫌いな甘味の強い洋菓子。
『いらなかったら家の人にあげていいから』
あげる人なんていない。
それなら捨ててしまえばいいだけなのに、なぜだか私は部屋まで持ってきてしまった。
動揺してしまった。
らしくない。今更あんなことでかき乱されるなんて。
もう過ぎたことなのに。そのはずなのに、いつまでも私の中にとどまり続けている。
忌まわしき過去。
唾棄すべき、私の弱さの象徴。
でも……。
クレープを見つめていると、スマホから呼び出し音が鳴った。
何も言わずに、私はスマホを耳に当てる。
『任務だ』
「はい」
心なんていらない。
私には、目的さえあればそれでいい。
クレープを机に置いたまま、私は部屋を出た。




