3-8
縄で拘束されたエレクスの構成員は、部屋の中心に座らせられていた。
「侮っていたわけではなかったのですが、皆さん実にお強い。さすが日本の最高戦力と言ったところですね。聖痕もわずかにこの手に有ったのに、実に残念です」
リーダーの男は片手を失い、四面楚歌の状態であるにも関わらず、一転その表情は晴れやかだった。
他の二人も、不気味なほどに落ち着いている。
「ふざけるな!何が残念だ!こんなことしてただで済むと思うなよ!」
郷萬家のお付きの一人、スキンヘッドの男性が、激高して男の胸倉をつかんだ。
仲間の女性を切られているのだ。怒るのも無理はない。
「名を名乗れ!お前らの家族全員さらし首にしてやる!」
ドスの効いた声で脅し文句を並べるが、男はヘラヘラとにやけた笑みを顔に張り付けたままだ。
「我らに名前はありませんよ」
ここで今まで黙っていた残りの二人も口を開いた。
「我らに家族はない」
「あるのは同志のみ」
「バカにしてんじゃねぇぞ!」
怒鳴り散らすスキンヘッドをみて、男はやれやれと首を振る。
「馬鹿にはしてませんよ。我らは名を捨て、家族を捨て、地位を捨て、故郷を捨てたんです。荷物を捨て、しがらみを捨て、俗世を捨てる。そして最後には自分自身も捨てることでしょう」
「なんでそんなこと……」
吉雄さんがぼそりとつぶやく。
その言葉が聞こえたのか、エレクスの一人が吉雄さんに首を向ける。
「すべてを捨てた先にあるのはただ一つ。真なる救済のみ」
「き、救済?」
「それ以外の何物をも、我らは必要としない」
「すべてを捨ててこそ、我らは救われるのだ」
「主の御言葉こそ至上」
「主の御言葉こそが絶対」
不気味なほどの信頼。
主というのが神か何かは知らないけど、その人に洗脳でもされているんじゃないかと勘繰ってしまうほどの狂信具合だ。
何が彼らをそこまで言わせるのだろう。どうしてそこまで信じられるのだろう。僕にはわからなかった。
「……そのために、他人の命を奪っていいわけねえだろ」
「真なる救済は、全ての生命の救済。そのための行動は、命よりも重い」
「命よりも重たいものなんてねぇよ!」
「主はあなた方も救おうとされているのだぞ!」
狂気に満ちた妄信に囚われる男たちの言動に、スキンヘッドの男性はたじろぐ。
それを恥じた彼は、勢い込んで口を開こうとするが、それを道師、周防 伊代さんが止める。
「お前たち、使者だと名乗ったな。だというのなら、私たちに何か伝えに来たのではないのか」
「んー、そうでした。わすれてましたね」
男は白々しく、そんなセリフを口にした。
「我らの行動目標はご存じかと思いますが、改めて言いましょう。我々は大量の魂を欲している」
「なぜ」
「それが必要だからとしか」
「教える気はないってこと」「教える気はないんだね」
「どう捉えてもらっても良いですよ。我々はそのために、近々大規模な護魂の儀を行うことにしたんです。我々はそれを伝えに来たのですよ」
「護魂……魂をまもる?」
「そう、我らはその先触れというわけです」
「……大量殺戮でもするつもりなの」
「そんな野蛮なことはしませんよ」
「信用なりませんね。それを知らせる意図はなんです」
「親切心ですよ。教えておいたほうが心の準備ができるでしょ。身辺整理ぐらいはさせてあげないと」
「戯言を」
「信じる信じないはあなた方の想像に任せます。ま、私はどちらでもいいんですけどね」
「てめぇ、ここまで黙って聞いてれば!」
スキンヘッドの男性が怒りをあらわに殴りかかろうとする。
だが、郷萬兄妹が彼を止めた。
「ウォンス、もういいよ」
「ここ様!ですが」
「これ以上の問答に意味はないよ」「しゃべればしゃべるだけ、こいつの思うつぼだわ」「それに、こいつに割く感情がもったいない。だから、もういいんだ」
「……わかりました」
スキンヘッドの男性、ウォンスは少し不満げな様子で身を引いた。
「真偽を確かめるすべはない、か」
郷萬兄妹の発言に、周防さんは頷く。
「連盟の諜報部へ引き渡します。立ちなさい」
周防さんは、部下に指示を出し走らせる。
これから、男たちは情報を聞き出すために、何をされるのだろうか。拷問まがいのことをされるのだろうか。
僕はそんなことを考え、少しだけ敵に同情してしまう。
けどその心配は杞憂に終わることとなった。
なぜなら。
「さて、話もできましたし、我らはここで退場させてもらいますよ」
「なに?」
突然、男の体から黒い物質がとげのように飛び出し、縄を切断した。
「では皆さん。近いうちにまた会いましょう」
男らは隠し持っていたナイフを取り出すと、自らの首に突き刺そうとした。
自殺するつもりか!
咄嗟に停めようと思うも、この距離では間に合わない。
駄目だ。
死んでしまう。
——だが、男のナイフが首に突き刺さることはなかった。
ナイフを掴んでいた左腕が、切れ飛んだのだ。
「な……」
何が起こったというのだろうか。
いつの間にか、男の体の前に抜き身の刀があった。
その刀は、どういうわけか刀身だけが、宙に浮かんでいた。
「随分と虚仮にしてくれたな」
割れたガラス窓から、真人さんが姿を見せた。
派手に飛ばされていたが、目立った傷はないようで、軍服には傷一つない。
あの軍服、宝箱から出た物なのかもしれないな。
真人さんは、怒りを全身で露わにしているが、歯を食いしばって耐えているようにも見えた。
「お前らは殺させない。大事な情報源だからな。……だがな、それじゃあ俺の気が済まないんだ。迷宮連盟を虚仮にしたことよりも、家名を傷付けられたことよりも、天武八梢の、真人としてのプライドが許さない!お前らは生きたまま地獄を見せてやる!」
怒り横溢な様子の真人さんは、男の首に刀をあて、残虐そうに笑う。
だが、男は真人さんの言葉は聞こえていないようだった。
「ふ、はは、あははは。両腕がなくなってしまいました」
男は自分の切れた腕を見て笑う。
「すでにイカれちまったか」
「あははははは!!」
男は声を上げて笑い続けた。
が、突然ピタリと笑い声を止めると、急に冷静な声で言った。
「何人も、我らの行動を妨げることは出来ない」
ストン
男たちの額にナイフが刺さった。
「な!?誰が!」
僕らは一斉にナイフの飛んできた場所を見た。
そこに立っている人を見て、僕は驚きを隠せなかった。
「初めに言ったでしょう。我らは四者だって」
ナイフを投げたのは、僕らを案内してくれた事務員の女性だった。




