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3-7


 自らをエレクスと名乗った男は、自然な動作で右手を上にあげる。

「それでは皆さん、さようなら」

 何をする気だ。

「何してる!敵だ!戦え!」

 座っていた真人さんが男に切り込んでいくのが見えた。

 だが、剣先が男に届く前に、男の動作は完結した。

 

「ブラックカーテン」

 パチン

 指を鳴らす音と共に、世界が暗転した。

 

「なに!?」「どうなってるの!」「何も見えない!」「敵の攻撃!?」「ど、どうすれば!」「落ち着きなさい!」

 突然のことに皆、動揺を露わに。

「誰か明かりを!」「心依(みより)様、私の傍に!」「聖痕を死守しろ!」「ろろ様ここ様、身をお隠しください!」「痴れ者めが!」「男どもを排除しろ!」

 壁際に立っていたお付きの人たちが一斉に動き出し、怒号と喧騒、叫び声が飛び交う阿鼻叫喚の状況が生まれた。

 暗闇の中での敵襲。

 取れる行動はあまり多くはないはずだが、皆冷静な判断が取れていないようだった。

 

 だが僕は、僕だけは冷静でいることができた。

 なぜなら、今の僕には暗闇など何の意味も持たないのだから。



 


 

 モリミツの事件後、初めてダンジョンに入った時に、お姉さんからこんなアナウンスがあった。


【熟練度が一定を超えたため、直感を獲得しました】

【熟練度が一定を超えたため、闘気操作派生 三魂視を獲得しました】

【条件を満たしたため スキル 見切り 直感 気配察知 および三魂眼が統合され、大節スキル 看破の瞳を獲得しました】


 

 看破とは、すなわち見破るということ。

 この瞳は隠されたもの、秘密やウソを見抜くことができる。

 今の僕は、暗闇さえ見通すことができる。


 色の反転したような視界の中で彼らの行動は、目的のはっきりとした組織だった動きに見えた。

 暗闇になった途端、中央にいた男は真人さんの剣を避け、足で蹴り飛ばした。

 蹴り飛ばされた真人さんは、ガラス窓に衝突し、そのまま外へ放り出されてしまう。

 後ろにいた二人の男は左右に分かれ、近くにいる人物に切りかかった。

 左に分かれた男は初めに、吉雄さんを攻撃する。

 暗闇を生かした、無音の攻撃。だが——

「吉雄様、緋守(ひもり)の門を!」

「わ、分かった!」

 吉雄さんは灰色の壁を作り内部に閉じこもる。

 キンッ

 剣が壁に弾かれたのを見て、男は一瞬で吉雄さんを諦め、次のターゲットへと移動する。


 右に移動した男は、空席の場所を通り過ぎ、郷萬(ごうまん)兄妹へと向かう。

 兄妹の護衛を躊躇いなく切り捨てると、兄の首を鷲掴みにする。

 そのまま腹に剣を突き立てようとするが、不思議なことに兄の首がぐずぐずと崩れ、形を失った。

 男は構わず兄の体を幾度か切り裂くが、兄の体は灰のように崩れて消えてしまった。


 中央の男は真人さんを蹴り飛ばした直後、宙を漂う聖痕に手を伸ばす。

 聖痕には、魂が宿っているとされている。

 エレクスは聖痕の魂を狙っているのか。 

 

「明かりは私に!」

 みよっちは手をかざして詠唱を始める。

『汝、勃然たる荒魂よ。我が意に応え、その御手を現し下さい』

 みよっちが詠唱を終えると、そこに赤々とした炎が生まれていた。

 僕には使うことのできない、純然たる魔法の光。——だが

「どうして!熱は感じる!ちゃんと火は此処にあるのに!どうして暗いままなのよ!」

 火が見えていない?

 この暗闇は、光を通さない性質でもあるのか。

 

 リーダーの男は、すでに幾つかの聖痕を手に握りしめていた。

 その状態で今度は、みよっちの近くを浮遊する金魚に的を絞り、近づいて来た。

 僕はそれを待ち構えるように、円卓の内側に乗り込んだ。


 男は僕の動きに違和感を覚えながらも、金魚の聖痕に手を伸ばす。

 僕は無防備な男の手首を掴んだ。

「何?見えている」

「それはあなたもでしょ」

 僕は鞘をつけたままの剣を手元に取り出した。

 

 看破の瞳は、瞳という文字から、視界に頼るスキルなのかと想像してしまうが、実際はそうではない。

 目に見えない気配を感知することもできるし、不思議な直感も働く。命の輝き、色とりどりの光彩も見える。

 統合されたからと言って、前まであったスキルが使えないということはないようだった。

 むしろ視野外にも目があるんじゃないかと思うほど周りがよく見える。

 だから——

 

「我々は術者だからだ。ブラックソーン!」

 背後から生えてきた無数の黒いとげを僕は横跳びでかわす。

「なぜ見えるのです!」

 今の僕に、見えないものはない。

 

 僕は鞘の付いたままの剣を、男の腹に叩きつけた。

 男は掴まれている腕を軸に、ぐるりと回転しながら剣を躱す。

「鞘のままとは、なめられたものですね」

 男は着地と同時に、聖痕を持った左手で殴りつけてくる。

「素手のままの人に言われたくないですよ」

 僕はそれを見切り、最小限の動きでかわすと、一回転ねじれている腕をさらに捩じり込む。

 ボキッ

「つぅ!えぐいことしますね!」

 男は右腕が使い物にならなくなったと思うや、すぐに腰からナイフを取り出し人差し指と中指の間に挟め持ったまま、自らの右腕を切断した。

 切断された腕を見てゾッとする。だが僕は冷静に腰をかがめ反撃のため剣を手放した。

 四肢を切断された経験なら、僕にだってあるんだ。


 輝く視界の中で、敵の体の中でひときわ輝く部分、腹部の下あたりに思い切り掌底を当てた。

 当てる時、身体強化している腕から闘気を押し出すように放出した。少しでも威力が増すようにと。

 

 ボッ

 掌底が腹部に命中したとき、突き抜けるような衝撃と、押し返されるような反動を同時に感じた。

「ぐぅ!!ごぼぉ……」

 男は口から血を吐き出した。

 効いている。

 ならもう一度だ。今度は肺に当てて、呼吸を止める。

 

 追撃のため腕を引いた、その時。

 僕のすぐ近くで、耳慣れない音を聞いた。

 それは、あるいは声だったのかもしれない。

 金属同士がこすれ合うような、壊れた機材が鳴らす不協和音。

 しかし、それは確かに意味のある音として僕の耳に響いて来た。

 

『ディスペル』

 バリィィン


 その音と共に、暗闇に包まれていた部屋にひびが入り、暗闇が粉々に砕けていった。

 明るさを取り戻した部屋を見回すと、僕の闘っていた男性は床に倒れ、ほかの二人も既に拘束されているようだった。

 

 音のした方へ視線を向けると、宿禰、もとい由比(ゆひ)さんがいた。

 彼?のお面の口元がとれている。そこからきれいな口元が見えた。

 今のは由比さんが?

 由比さんは、そっと口元のお面を戻すと、席に座りなおした。


「終わった、のか?」

 壁の中に閉じこもっていた吉雄さんが顔をのぞかせる。

「終わったのかじゃねぇよ吉雄!マジふざけんな、一人だけ隠れといて!」

「だ、だって!そういう指示だったから……」

 みよっちに怒鳴られて、吉雄さんの声はしりすぼみになっていく。

「指示だったら私を見殺しにしてもいいのかよ!」

「ごめんってー!」

 

 吉雄さん怒られちゃってるけど、今回ばかりは仕方がないんじゃないかな。

 暗闇の中で、どこから攻撃が来るかわからないのだから、まず自分の安全を確保することが先決だろう。

 たとえあの壁が広範囲に展開できる物だとしても、暗闇の中で敵と味方の区別をつけることは不可能と言っていい。

 お付きの人の指示に従えただけでも十分なんじゃないかな。


 しょんぼりしている彼が持たれている壁。

 あらためて見てみると、継ぎ目のないひび割れた革のような見た目をしている。

 あれは、なんなんだろう。

 

 じっと観察していると、郷萬兄弟が神妙な顔でみよっちに話しかけてきた。

「野……忌寸(いみき)、僕らの部下が重傷を負ってるんだ」

「助けてくれない」

「重症!?なら僕が——」

 回復薬を取り出そうとしていると、後ろから血相を抱えたみよっちが郷萬妹に掴みかかった。

「どこにいるの!」

「端に寝かせてるわ」

「どいて!」

 みよっちは倒れ込む女性に走り寄る。

 僕もすぐに後を追うと、女性の腹部には大きな切り傷が入っていた。

 右鎖骨から左脇腹へ抜けていく裂傷だった。出血も多い。早く止血しないと、すぐにでも出血多量でショック死してしまいそうだ。

「傷、結構深め。でもこれならワンチャン……」

 

 みよっちは、何を思ったか患部に指を二本、ぐっと押し当てた。

「ぐぅぅ!」

「ごめん。でも我慢して」

 みよっちは、押し当てる指に魔法に似た力を集める。

 すると、みよっちの指先が少しずつ液状に溶け始めた。

 溶けた指は患部に浸透し、傷の穴を埋めるように表面を覆っていく。

 みよっちは、そのまま溶け始めた指先で患部を溶接するかのように傷に沿って指を動かしていった。


 光が収まると、傷のあった場所には色の少し異なる皮膚ができていた。

「これで傷はばっちし。この出血量だと、増血術は必要ないかな」

 みよっちは、ふぅと息を吐きながら汗を拭う。

 

「「ありがとう忌寸」」

 見守っていた郷萬兄弟は、静かにみよっちに頭を下げた。

「ありがとうって思うなら、みよっちって呼んでよ」

「「それはやだ」」

「なんでよ~」

 安心したように軽口を言い合う三人。

 だけど僕は、溶けたままの指が心配だった。

 

「みよっち。その溶けた指って……」

「あぁこれ。グロいっしょ」

 ぐっと腕に力を入れると、ぽん、と音を立てて指が治った。

「私の力は、自分の体を相手に譲渡することができるの。渡した分だけ私の体の総量は減っちゃうんだけどね。だから今もほら、ちょっとだけ身長減っちゃってんの」

 みよっちは、ほらほらと盛った髪を上から押している。

「その髪じゃ、よくわからないよ」

「マ?」

 でも、指が治ってよかった。

 

「私の力は、治療(こっち)が本命だから」

 みよっちは、顔の横でピースを作り、笑った。


 

 今回の戦闘で見た、天武八梢の人たちの未知の力。これは魔法という規則の力ではない。生命力を力とする闘気でもなければ、スキルでも、まして魔獣の力でもない。

 この力の正体、それは——『根源力』

 根源力とは、規則に縛られない、魔法を超えた超常の力。

 これこそが、日本支部の最高戦力たる所以。

 彼らは、根源力を扱えるからこそ姓を賜ることができたのだ。


 

 戦闘が一段落して、そういえば稲置さんを見てないなと気が付いた。

 僕は何気なく稲置さんのいた壁を振り向く。

 すると、稲置さんは初めに立っていた壁から全く移動していなかった。

 全く、豪胆というか……少し手伝ってくれてもよかったのに。

 僕は心の中でため息をつた。

「ん?」

 だがよく見ると、少し様子がおかしい。

 稲置さんは腕で体を抱くようにしゃが見込んでいたのだ。

 

「よるさん。大丈夫ですか」

 駆け寄ると、稲置さんの体は震えていた。

「どこか怪我したんですか」

 稲置さんに限ってそんなことはないと思うけど。

 心配して手を差し伸べようとすると、稲置さんはその手をバチッと払いのけた。

「イヤッ!」

 それからハッとして、驚いたような顔で自分の手を見つめ、それから僕を見た。

 

 その時の稲置さんは、酷く憔悴したような、青ざめた顔をしていた。

 

 ……こんな稲置さんは初めて見る。

 何だ。

 何が原因でこんなことに——


「いや~、やられてしまいました!!」

 

 急に大声がして、僕は稲置さんから目を離した。

 後ろを振り向くと、僕の倒した男が拘束された状態で不気味な笑みを浮かべていた。


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