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3-4

 ひと月ほど前。ちょうど事件のあった日の翌日。僕は稲置さんに連れられ、分家屋敷の奥へと招かれていた。

 永夜の間と呼ばれるその部屋は、分家の当主が招いた人しか入ることを許されない、特別な場所なのだという。

 そんな説明をされたから、どんな豪華な場所なのかと期待していたのだが、着いてみると、ただのだだっ広く薄暗いだけの部屋だった。

 真っ暗な部屋には、明かり用の行燈が置かれている以外には何もなく、畳が敷かれ、襖があり、無地の天井があるだけだ。襖の上には欄間すらない。

 質素というよりは飾り気がないと表現したほうがしっくりくるだろう。

 

 薄暗いから永夜なのかな。ってそれは安直か。

 

「君が、蒲生樹だな」

 変なことを考えていたからか、急に話しかけられて、少し驚いてしまう。

「!はい」

 

 目の前には、厳めしい顔つきの壮年の男性が座っている。

 少し白髪の生えた髪に、恰幅のいい体つき。目じりに入る皺は、一朝一夕では付かないほど、深く暗い影を作っている。

「分家の長をしている、安曇 藤次郎だ」

「はい。よろしくお願いします」


 挨拶をした後、僕らは互いに事情を説明しあった。

 僕の方は家にダンジョンがあること。

 祖父の遺産で譲り受けた家に、隠すようにあったこと。

 一人で潜って、十階層にある迷宮都市へたどり着いたこと。

 友人がエレクス(この時はその名は知らなかった)に連れ去られてしまったこと。

 その時に、ジェンティーレと名乗る人物に祖父がエレクスの創立に深く関わっていることを教えられたこと。

 友人を助けたい。そのためにエレクスの情報を知りたいのだと、切実に訴えた。


 藤次郎さんは、強面の顔をしている割には、話し声は穏やかで険はなく、話しやすい人だった。

 僕の話を遮らず、じっくり聞く姿勢には、好感を持てた。

 それから、稲置さんの話に変わった。

 

 稲置さんの事情は少し複雑だった。

 稲置さんと藤次郎さんは親子関係で、妻と、兄を数年前に亡くしていた。

 そのころから、稲置さんに不思議な力が芽生えたという。

 白い雷の化身。

 それは、亡き母親から受け継いだ力だと、藤次郎さんは話す。


「稲置。見せてやりなさい」

「はい」

 稲置さんは僕の目の前で。手のひらを広げて見せた。

 すると、そこから不思議な輝きを放つ光球が現れた。

「これが母親から受け継いだ、破壊の力。晧雷ノ天鱗」


 白い光の中に、電気のようなスパークルが見える。

 この力は、あの時見せた白い姿のモノなのだろう。確かにとてつもない力を有しているのが分かる。

「この力は、誰でも奪うことができる。奪ったものが、力を行使することができるのだ。防衛は困難を極める。そんな力を持っているならその力で簒奪者を退ければいいと思うだろうが、その実使い勝手が悪い。稲置だけでは扱いきれないのだ。悪しき者に奪われてしまえば、途方もない犠牲が生まれることだろう。だから隠したのだ。姿を、声を、名前を。人生を。丸ごとすべて——稲置の影武者として振る舞うということは、そんな輩に狙われる日々を送ることになる。君はそれを受け入れることができるだろうか」

「……それが、必要なことでしたら」

 危険なことだということは知っていた。それでも僕から提案したのだ。

 だって、僕に選択肢など初めからないのだから。

 

「君の覚悟はわかった。我々は君を歓迎しよう」

 藤次郎さんはごつごつとした分厚い手で握手を求めてきた。

 芝居がかったような言葉を使う藤次郎さんに少し違和感を覚えたが、こんな人もいるだろと握手に応じた。

 これで晴れて、安曇家の一員か。

 僕はほっと息をついた。

 

「本家の当主にも、挨拶をしに行くべきですよね」

 僕がそういうと、藤次郎さんは眉をピクリと動かした。

「アレに挨拶……必要ない」

「……そうですか」

 目上の立場のはずの当主をアレ呼ばわりとは。

 僕は少しだけ不穏な気配を感じた。

 

 藤次郎さんは、今にも溢れだしそうな怒りを抑えるように、冷静な声を出しているように聞こえた。

「本家の当主、安曇 泰久(やすひさ)は信用するな。やつもまた、力を手に入れる事に手段を択ばぬ簒奪者なのだから」





◇◆◇◆





 目の前に佇む、羽織袴の男性は一段高い場所から僕らを見下ろしていた。

 この人が安曇家の当主。安曇 泰久。

 威厳があると言えばある。だが、どうにも普通だ。

 藤次郎さんが言っていた『手段を択ばぬ簒奪者』といった風には見えない。

 彼は、稲置さんに遠くを見るようなまなざしを向けていた。


「よると申します。稲置さまの従者を務めています」

「夜……そうか。よるか」

 泰久さんは、稲置さんの言葉を幾度か反芻するように頷く。

 

「泰久さま。よろしいでしょうか」

 後ろに控えていた男性の一人が声を上げた。

「なんだ?」 

「あちらにいる、学生服の彼が稲置さま、なのですか」

「そうだ」

「失礼ですが、稲置さまは女性であったと記憶していたのですが」

 その言葉に、ギクリとする。

 お付きの人たちは、僕らの関係を知らないんだ。

 どう話が転んでいくか、僕は成り行きを見守っているしかできない。

 

「見えるものが全てではない。あまり噂に惑わされるな」

「そうですか……」

 泰久さんは、意外にもフォローしてくれたようだった。

 ただ、釈然としないような顔をする男性を見て、泰久さんは少し考えるようなそぶりを見せる。

 

 少しして、僕へ視線を向けてきた。

「どうだろう。何か見せてくれないか」

「……はぁ」

 

 急に言われても困ってしまう。

 しかし、この家の主にそういわれれば、何かを見せないわけにはいかない。

 どうしようかと少し考え、僕は〈錬術師の工房〉のスキルを使い、装備のはや着替えを見せてあげることにした。

 

 僕が念じると、今着ている制服が光の粒となって消えていき、その上から鎧が姿を現す。

 銅鎧(プレートメイル)籠手(ガントレッド)腰当(フォールド)鉄靴(サバトン)

 ぼやけていたカメラのピントが合うように、それらは一瞬にして僕の体に着装される。

 腰に現れたスカートが、着装の余韻で静かに揺れる。

 髪飾りが付き、髪の色が変わっていく。

 瞳の色も、()()()()()も。


 僕の姿を見て、お付きの人たちから、おぉと歓声が上がる。

「これは噂にたがわぬお姿。疑ってしまい、申し訳ありませんでした」

 最初に声を上げた男性が僕へ頭を下げた。

「謝らないでください。」

 迂闊な格好をしていた僕にも非がある。

 

壺菫(つぼすみれ)か、いい色だ」

 泰久さんは僕の髪色を見て、目を細めた。

 

「ここに来たということは、洞を使うのか」

「はい。天武八梢の会合へ向かうつもりです」

「ふむ、そういえば今日だったな」


 袖の下で腕を組む泰久さんは、少し目を伏せた。

 それから稲置さんを見て、泰久さんは視線を外した。

 

「藤次郎によろしく言っておいてくれ」

 それは、どちらに行ったのだろうか。

 泰久さんは返事を聞くこともなく、廊下の奥へと消えていった。

 



「当主の顔写真ぐらい見せておけばよかったですね。そうすれば、焦ることもなかったでしょうし」

「確かに、情報不足でしたね——というか、大丈夫と言っていたわりに、奥にいた人たちは事情を知らなかったようですけど」

「すみません。そこまで気が回らなくて」

 春原さんは苦笑いを浮かべた。

「それにしても、稲置さんの見た目って、どんな風にみんなに伝わってるんですか?」

「その姿、幼き女童(めのわらわ)なれど、鬼神のごとき力もち。かみいと麗しく高貴なる光放ちたる、と」

「なんでそんな時代を感じる言い方なんですか」

「雰囲気を出すためです。今のお姿からは想像つかないでしょう」

「確かに」

 高貴なる光、とはあの白い姿の事だろうか。具体性のないうわさだけど、まんざら嘘ではないところがミソなのだろうな。


「さて、我々も移動しますよ」


 三和土(たたき)を歩きながら、家の縁をぐるりと回ると、奥へと続く階段が現れる。

 春原(すのはら)さんはそこを土足で登っていく。

 僕らも後に続く。

 幾度か折り返しの踊り場がある、長い階段だった。

 階段を登り切ると、そこは屋上だった。

 

 屋上には、正面に大きな黒い壁があり、そこに数人の男性が待機していた。

 烏帽子をつけた神主さんのような姿の人が一人と、見習のような簡素な格好の男性たちが数人。

 烏帽子をつけた男性は僕らに気付くと、優雅に近づいてきて、礼をしてくれる。

「お待ちしておりました。稲置さま。春原さま。」

「待たせてすまないね。来てすぐだけど、行けそうかい」

「はい。すぐ準備します」

 神主さんのような姿の人は、鋭く指示を出す。

「彼らは、本家の柯無薙(かむなぎ)隊のような人達でして、魔法陣なんかの術理に通じている専門集団なんですよ」

「そんな人たちを呼んで、何をするんですか」

「見てれば分かりますよ」


 壁は不気味なほど何の切れ目もない、一枚の板のような姿をしていた。

 これは一体何なのだろう。そう思っていると、見習の格好の人たちは、壁の両端に立ち、ハッ!と力強い掛け声とともに、壁に手を付いた。

 すると壁がにわかに光りだした。

 光は壁に切れ込みを入れるように、直線的な線を描いていく。

 これは、魔法陣なのだろうか。師匠の本の中では見たことがない、直線的な幾何学模様。

 直線でありながらも大きな円を描いているところは、僕のよく知っている魔法陣と同じだ。

 だが、クビクルムの円の一番外。エクサコルプスを外れた場所に、島のような小さな魔法陣が点在していた。


「こんな魔方陣があるんですね」

「わかりますか。これは迷宮内で時折見る魔法陣とは少し違う。この魔法陣は、今は亡き稲置様のお母様が作り上げた新しい魔法陣なのです」

「稲置さんのお母さんが……」

 

 それに、新しい魔法陣を作り上げたなんて、とんでもないことだ。

 魔法陣を一つ作ったのではない。

 直線的な幾何学模様の魔法陣。その理論を作り上げたのだ。


「どうやって、そんなことを」

「稲置様のお母様は、安曇家へ来る以前、物理学を専攻していた大学教授だったのです。その知識を魔法の理論とかみ合わせたのだと、お伺いしたことがあります」


 別々の文化を一つに纏めたということか。

 言うは易し。だけど、それがどれだけ大変なことか……

 ん?

「安曇家へ来る以前ってことは、それまでは魔法のことは知らなかったんですか」

「はい。迷宮とは縁のない生活をしていたとお聞きしています」

「……」

「なにかありましたか?」

「いや、なんでも」

「そうですか。そろそろ開きそうですよ」


 春原さんの言葉と同時に、壁に変化が起こる。

 魔法陣の描かれている壁の中心から、細かいひびが入るように亀裂ができはじめ、そこから徐々に壁が崩れ落ちていった。

 崩れていく壁の内側には、渦を巻く青白い膜のようなものが出来ていた。


「安定しました。稲置様。崩れる前にお早く」

「ありがとう。じゃあ稲置様、行ってらっしゃい」

「い、いやいや!行ってらっしゃいじゃないですよ!あれは何なんですか!」

「わかりませんか?これは扉ですよ。この先に東京があります」

「扉?」

「そう。東京と安曇の家を繋ぐゲート。それがこの洞と呼ばれる魔法具なのです」

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