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3-3

 安曇家には、本家と分家、二つの大きな勢力がある。

 両構成員は合わせて一万人ほどで、その人数で中部地方全域を統括している。

 

 分家にある部隊は主に五つ。

 迷宮攻略を主な活動とする戦闘要員、刃螺依(はらえ)隊。隊を現す袴の色は黒で、構成人数は三百三十二人。

 陣地防衛と工作要員の柯無薙(かむなぎ)隊。袴の色は白。構成人数は百七十人。

 迷宮や魔力等の研究・開発を行う無栖霊(むすひ)隊。袴の色は常磐(ときわ)色。構成人数は四十三人。

 治療を目的とする非戦闘要員、看祖儀(みそぎ)隊。トレードマークは浅葱(あさぎ)色。構成人数は五十七名。

 そして予備の人員をまとめる予備隊だ。

 予備隊が一番構成員の数が多く、八百三十八人もいる。袴の色は灰色だ。

 これら五つの隊を合わせた、延べ千四百四十人が分家の総戦力だ。

 隊とは別に、屋敷の管理や実務を担当する使用人も五十名ほどおり、その使用人をまとめているのが側用人(そばようにん)春原(すのはら) 波助(なみすけ)さんだ。

 屋敷での側用人の立場は部隊の隊長と同列で、各隊長をまとめる総隊長はいるが、側用人は分家当主の直轄となる。そのため実質的に隊長格より上の存在と言える。

 それを証明するように、僕が稲置さんではないことを知っている人は隊長格にはいない。

 稲置さんの影武者のこと知っているのは、江畑くんたちを除くと、分家の当主、側用人の春原さん、稲置さん、それと総隊長の四人だけだ。

 稲置さんはというと、そのどこにも所属していない特別枠。分家当主の麾下、彼の右腕とされている。


 一方本家の隊の構成は複雑で、十五もの大隊が存在し、それぞれに小隊が幾つも存在する。それら全てに小難しい名前がついているようだが、ちょっと聞いただけでは覚えられなかったのでここでは割愛するとして——そんな話をあの後みっちり勉強させられた。

 春原さんの教育は詰め込み式のスパルタタイプで、一度では覚えきれないと弱音を吐く僕を有無を言わせず椅子に座らせ、夜中まで缶詰にさせられた。書類仕事をしている隣で、暗唱までさせられた。

 春原さん曰く、安曇家の代理として参加する以上、最低限の知識は持っていて然るべしと。

 

 そんな地獄の強制勉強を抜け、翌日の放課後。

 江畑くんたちと別れ、一人学校を出ると、校門前に誰かが立っているのが見えた。

 迎えの人だろうか。僕は始めそう思ったが、よくよく見るとその人は、どこか見覚えのある人物だと気づいてしまった。

 

「迎えに行くとは言ってたけど……まさか、稲置さんだとは」

 僕と同じか少し小さいぐらいの身長の、黒髪黒目の女の子。

 今日も灰色の上着にズボンを履いた地味な恰好をしている。

 顔を隠すように前髪を伸ばしているが、風が吹くたびに少しだけ覗く彼女の顔は、まだどこか幼い印象を受ける。年下なのだろうか。

 

 稲置さんは、僕をじっと見据えたまま微動だにせず立っている。 

 ……行かなきゃ、駄目だろうか。

 僕がおずおず近づいていくと、稲置さんは挨拶をするでもなく僕に背を向けた。

「ついてきて」

「は、はい」

 僕はどんどん先へ行ってしまう稲置さんの後を、小走りでかけていった。

 

 

 ……気まずい。

 無言で歩く稲置さんの後ろを歩きながら、僕は居心地の悪さを覚えていた。

 もう終わったこととはいえ、僕は稲置さんに一度殺されかけている。

 もう敵対関係にはないと分かっていても、緊張してしまう。

 僕の話を聞かず、問答無用で攻撃を仕掛けてくる、冷徹な性格。

 年の近い女の子の物とは思えない、どこまでも冷たい声。

 感情を伴わない、真っ黒な瞳。

 僕は稲置さんに、少し苦手意識を持ってしまっていた。

 

 

 少し歩くと、道の端に隠れるように車が止められていた。

「乗って」

「……」

 もしかして、稲置さんが運転するんじゃないよね。

 恐る恐る後部座席のドアを開けると、運転席には春原さんが乗っていた。

「来ましたね」

「春原さん!よかったぁ」

「何がですか?」

「いや、なんでも」

 とても言えない。

 このままでは稲置さんと二人きりで、車の中という名の密室に長時間閉じ込められることになるんじゃないか。と一人戦慄(わなな)いていただなんて、恥ずかしくてとても言えやしない。

 

「それよりどうして、……忙しいんじゃ」

 春原さんは、僕が安曇家のことを覚えさせられている横で、ずっと書類仕事をしていた。僕が帰る頃にも、もう暫くやっていきますからと言って、部屋の中で見送ってくれたほどだ。とても、東京まで送ってくれる余裕があるとは思えない。

「忙しいですよ。でもあなたたちの事情を知っている人は限られていますし、その中で一番都合が付きやすいのが私だったというだけです」

 あれだけ忙しそうにしていたのに、一番都合が付きやすい?

 ……春原さんも、苦労人なんだな。

 

「早く乗ってください。出しますよ」

「あ、はい」

 僕が車に乗り込むと、反対のドアから稲置さんが乗り込んできた。

「え゛」

「……今度は何ですか?」

「稲置さんも、来るんですか」

「もちろんです。今回稲置様は、あなたの部下として会合に付いていくことになっています」 

 部下、か。僕を監視する目的で付いてくるんだろうなぁ。

 あぁ、憂鬱だ。


「じゃあ……稲置さん。よろしくね」

 と僕がぎこちなく笑いかけると、稲置さんは冷ややかな口調で僕に言う。

「稲置と呼ぶのはやめて」

「え、どうして?」

「稲置は私の立場を示す言葉。私の名前じゃない。それに、今はお前が稲置でしょう」

 いわれて、確かにそうだと思う。事情を知っている人しかいない今ならともかく、不特定多数が聞いている状況で安易に稲置さんを稲置と呼ぶことはできない。

「なら、なんて呼べばいいですか」

「好きに呼べばいい」

「稲置さん。名前はなんていうんですか?」

「……」

 答えてくれない。名前で呼ばれたくはないのかな。

「えっと、じゃあ安曇さんで」

「却下。安曇姓を名乗れるのは本家と分家の直系だけ。無用な詮索をされる恐れがある」

「そうなんだ。なら、どうしようか。……稲置だから、いな……いね。イネちゃんなんかどうですか」

 そう言った途端、隣から凄まじい殺気が飛んできた。

「ふざけてるの」

「ご、ごごごごめんなさい!!」

 ちょっと思い付きで言ってみただけなのに!めちゃめちゃ怖いんですけど!!

 

「まあまあ、名前は東京に着くまでにゆっくり考えればいいでしょう。それよりも、今から行く迷宮連盟について、ちゃんと覚えていますか」

「はい。昨日みっちり説明してもらいましたから」

「ではちゃんと覚えているか、要点をまとめて話してみてください」

「え、あ~。えっと……、ですねー」

 急に確認すると言われ、僕は盛大に焦ってしまう。

 昨日の事なのに、あまり覚えていないのだ。

 というか、昨日は夜遅くまでぶっ続けで詰め込み教育をされていたので、後半は意識半ば朦朧としていたのだ。覚えていられなくて当然だ。

「説明できないなら、車の中でも講義をしなければいけませんね」

「!?だ、大丈夫です!完璧に覚えてますから!」

 またあの地獄の詰め込み教育が始まってはかなわない。

 僕は意識を総動員して、昨日勉強したことを思い出した。

 


 迷宮連盟は、世界各地で発生する迷宮を管理する目的で作られた組織だ。

 大戦以降に作られた組織で、比較的新しい組織だが、その力は驚異的で、それまで世に数多あった迷宮にかかわる組織をすべて吸収併呑してしまった。

 今では、迷宮連盟に加入していない者は全て犯罪者として扱われるほどだ。

 迷宮は厳格に管理され、新たに迷宮が発生した場合は、迷宮連盟に必ず報告する義務がある。

 私的に迷宮を所持する行為や、連盟に加盟していないシステムホルダー(システムをインストールされた人)はすべて処罰の対象となる。

 ということは、知らなかったとはいえ、僕は罪を犯していたことになる。

 今は、僕のダンジョンは安曇家が所有している体になっているので捕まる心配はない。

 安曇家所有になったから、気軽にダンジョンに入れなくなるのかも、と思いきや、僕以外の人が来るとダンジョンの入り口が閉ざされてしまうので実質的に僕が管理するままになっている。

 閑話休題。

 

 今から向かうのは迷宮連盟の日本支部だ。

 日本支部に所属している団体は全部で七つ。古くから迷宮を管理してきた七つの名家。それが今の日本を牛耳っているのだと言いう。

 

「こんな感じでどうでしょう」

「ん~。説明不足感は否めませんが、まあいいでしょう。そろそろ目的地に着いてしまいますからね」

「え?早くないですか」

「東京にではありませんよ。ついたのは安曇家の本家です」

 本家?

 どういうことかと、車の窓をのぞき込むと、分家の物よりずっと立派な塀が見えた。というか、塀だけしか見えなかった。

 どこまでもどこまでも塀が続いているだけで、それ以外は何も見えない。

 どれだけ大きな敷地なんだろうか。

 

「どうして本家に?もしかしてプライベートジェットでもあるんですか?」

 僕が冗談めかして言うと、春原さんはバックミラー越しに僕を見る。

「そんなものよりも、もっと特別なものですよ」

「特別?」

「はい。……ところで、稲置さまの名前は決まりましたか?」

「あ」


 


 屋敷の中に車が入ったのはそれから十分ほど後の事だった。

 どこまで行っても塀しかないので、若干不安になってきたころ、ようやく門が見え始めたのだ。

 稲置さんはずっと黙ったまま、目を閉じていたが、車が門の前で止まると、ゆっくりと目を開けた。


 春原さんは運転席の窓を開け、屈強そうな門衛の人に話しかけた。

「私だ。入るよ」

「春原様、お待ちしておりました。ただいま門を開けさせますので、少しお待ちください」

「あれの用意は」

「既に出来ております」

「わかった。案内は不要と伝えておいてくれ」

「かしこまりました」

 

 春原さんは、こっちでもそれなりの影響力があるんだな。

 強面な黒服の人が丁寧にお辞儀しているのを見て、そんなことを思った。

 

 僕はそんなやり取りを横目に、稲置さんに話しかけた。

「稲置さん。『よる』っていうのはどうですか。少し安直だけど、稲置さんのイメージって黒って感じですから」

「……」

 少しだけ考えるそぶりをした後、稲置さんは小さく頷首した。

「わかった。それでいい」

「じゃあそれで。よろしくお願いします。よるさん」

 僕のその言葉に、稲置さんは眉を寄せた。

「部下に敬称をつけるのはおかしい。さん付けは必要ない」

「で……でも」

 なんか怖いし。

 また稲置さんから殺気が飛んでくる。

「必要ない」

「は、はい」


 こんなに高圧的に呼び捨てを強要される経験なんて、後にも先にもこの時だけだろうな。

 僕らがそんな話をしている間に門は開き、春原さんは車を敷地内へと進ませた。

 

 

 分家は塀の内側に、大きな豪邸が一つ立っているだけだったが、本家の屋敷はそんなスケールではなかった。

 敷地内に、建物が幾つも立ち並んでいるのだ。歴史的建造物を思わせる木造の寺のような建物から、現代的で先鋭的な建物まで大小様々な建物がある。

 道も整備されていて、美しい石畳に、豪華な噴水や、現代アート。遠くに庭園なんかも見える。

「すごい広いですねここ」

「初めて来た人は皆この圧倒的なスケールに驚かれるんですよ。なにせ、土地だけで東京の有名なテーマパークより広いのですから」

「でいずねいランドより広いんですか!すご!」

 僕の反応があまりにも、ありきたりだったからか、春原さんは楽しげに笑った。

 それから、行く先々の建物や見えるものを説明してくれる。

「あの病院のような建物は、研究棟。あっちに見えるドームは魔術訓練場。そしてあれが、目的の建物です」


 春原さんの指差す方を見ると、平屋の質素な建物があった。

 まぁ、質素とはいっても、豪邸ほどの大きさはあるのだけど。

 

 入り口前で車を止め、僕らはその建物の中へ入っていく。

 建物の中は静かだったが、いくらか人は行き来しているようだった。

 僕らは木造の廊下には上がらず、土足のまま三和土(たたき)の上を歩いていく。

 

 ここまで何も聞かずに来てしまったけど、一体ここからどうやって東京に行くというのだろうか。

 そんなことを考えていると、不意に声がかかる。

 

「こんなところで会うとは奇遇だね。春原くん」

 廊下の上に、知らないおじさんが立っていた。

 羽織袴を着た、痩せぎすの男性。

 年は六十前後だろうか。白髪がまばらに生え、頬が少しこけている。しかし、その表情は矍鑠(かくしゃく)として見えた。

 

 誰だろう。随分親し気な口調だけど、春原さんの友人だろうか。

 おじさんは、後ろに和服の男性を数人連れていた。

 

「ご無沙汰しています。ご催促で何よりです」

「うん。君は変わらないね。ところでそちらは、見ない顔だけど」

 僕の事だろうか。

「はい。稲置と申します」

「ん、君は何を……」

「え」

 あ、しまった!

 まだ学校の制服のままだった!

 髪飾りもつけてないから、黒髪のままだし、男子の制服を着たままじゃ稲置だとはだれも思わない!どうしよう!


 僕が一人でアワアワしていると、春原さんに後ろから肩を叩かれた。

「この人は大丈夫だ」

「え」

 大丈夫とは?

 僕が疑問に思っていると、痩せぎすの男性は何かを納得したようにうなずいた。

 

「あぁ、なるほど。あい分かった」

 何を納得したのだろうか。

 僕が稲置さんの影武者だと感づいたということだろうか。

 だとしたら、この人は一体。

 

 男性は稲置さんに視線をずらすと、目を細めた。

「元気そうで何よりだよ」

 稲置さんは男性に向かって深く頭を下げた。

「当主様に、ご挨拶申し上げます」

「え!」

 このどこにでもいそうなおじさんが、本家の当主!?


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