3-2
§〈稲置〉
屋敷の最奥、永夜の間にて、私はこの家の主に頭を垂れていた。
「例の者の様子は」
「終日監視を続けておりますが、怪しい動きは見られません。別の組織と接触した痕跡もなく、間者である可能性は低いと思われます。ですが、未だに所持していると思われる迷宮の入り口は確認できず、背後関係も謎のままです」
「三橋憲継か。その者がELECSの創始者であるなどと、眉唾な話だ。だが、いかんせん情報がない」
「ステータスの閲覧ができないことが痛手かと思われます」
「一部とはいえ管理者権限を有し、ずば抜けた戦闘力を持つ野良の迷宮ホルダーなど、自ら疑えと言っているようなもの。だが、解せんな」
当主は眉を寄せてしばらく黙り込む。
それから、監視は続けるようにとだけ言った。
「はい。お父様」
私の言葉に、当主はピクリと眉を動かした。
「父とは呼ぶなと言ったはずだ」
「……はい朝臣様」
◇◆◇◆
今日は放課後に、江畑くんと安曇家へ行く予定になっていた。
江畑くんは部活のない日は毎日通っているそうで、屋敷の人たちとすごく仲良くなったのだそう。
今度一緒にラーメン食いに行く約束してんだよな。とサラリと話す江畑くんは、やはりコミュ力お化けだなと思う。
少しでも肖りたいものだと思いながら、僕らは一度別れた。
僕は制服のままでは行けないので、一度家に戻り着替えてから近くの公園で待ち合わせすることになっていた。
待たせては悪いので、手早く着替えを済ませ公園に急ぐ。
待ち合わせた公園で、江畑くんは一人ブランコを漕いでいた。
ここでベンチで待っていないところが江畑くんらしい。
「お待たせ」
「お、早かっ、……」
江畑くんは僕の姿を見て、驚いたように目を見開き固まった。
今日の僕のファッションは、五分丈のパーカーに短パン姿の初夏らしい至って普通の格好だ。
ただ短パンは丈が非常に短く、太ももが大きく露出しているタイプの、いわゆるホットパンツと言われる代物だった。
「また、そんな恰好……」
「だって、稲置さんは女子なんだもん」
制服でいけない理由の一つがこれだ。
男物の学生服を着て行けば、稲置さんではないと安曇家の人間にバレてしまうかもしれない。男装の麗人などと思う人はまずいないだろうし、たとえ身バレはしなくとも、疑念を抱かれてしまう可能性はあるだろう。
髪の色だけでゴリ押しできるのは、僕を見知っている人だけだし。安曇家に行く目的の一つが、僕が稲置さんであることを知らしめるためであるならば、女性らしい格好をするのは避けては通れない。
「これでも、無難な恰好にしてみたんだけど」
僕はパーカーの裾を少しだけ下に引っ張った。
「あ、いや……まぁ、その……いいんじゃないか」
それだけ言って、江畑くんはふいとそっぽを向いた。
稲置さんとして屋敷に訪れるのは、これで何度目になるだろうか。
屋敷に行くたび一緒に行っているのだが、その時江畑くんは決まって落ち着かない様子を見せる。
そわそわと視線を彷徨わせたり、上ずったような話し方をしたりする。そうと思えば、ちらちらと此方に視線を向けたりする。
そんな姿を見ていると、隣にいる僕まで落ち着かなくなってくる。
たしかにクラスメイトの女装した姿なんて、見たくはないだろうけどさ……。
騎士装備を着ているときはなんとも思わないのに、江畑くんと連れ立って歩いていると、どうしてだか顔が火照ってくる。
どうしてだか、変に緊張してしまう。
手汗がすごくて、上手く話せなくって。
安曇家へと続く道を、僕らはいつも口数少なに歩いた。
ちなみに、僕がうきのであることを、江畑くんは初めから気づいていたようだった。
それを知った日は、恥ずかしすぎて一晩中枕を口に当てて叫び続けていた。
うまくごまかせたと思っていた僕は、なんて馬鹿だったのだろう。
屋敷に着く前に、僕は髪飾りをつけ、髪色を変える。
初めて会う人には、この髪の色が稲置であるということを印象付けるファーストインプレッションになる。
「稲置様、ご機嫌麗しゅう」
「ご催促で何よりです」
門の内側に入ると、様々な人が僕に恭しく挨拶をしてくる。
僕はそれに会釈をして答え、先へと進む。
「いつ見てもすげぇよな、それ」
「うん。でも、最近少し色が変わってきてるんだ」
「そうなのか」
桜色の飴の色が少し抜けてきたのか、透き通るような桜色から、少し紫がかった色になってきていた。
色が抜けるのが遅いのは、それだけこの髪飾りの内包魔力が多いのか、それとも省エネなのか。
髪の色のことを相談したことがあったが、色より目立つ髪をしていることが大事なのだと言われた。
誰に相談したのかというと——
「天使ちゃ~ん!」
僕の思考を割るように、廊下の奥からカナちゃんの声が聞こえて来た。
「走ったらまた転ぶわよ」
どたどたと走り寄ってくるカナちゃんの後ろには、水無月さんの姿もあった。
ドターン
「はぁ。言わんこっちゃない」
水無月さんはあきれたようにため息をつく。
「大丈夫?」
僕は駆け寄ってカナちゃんを助け起こす。
「天使ちゃん。いらっしゃい」
転んだ時にぶつけたのか、鼻を赤くさせながら、カナちゃんは笑う。
「ま~たカナちゃん転んでんのかよ」
「あ、えばたくんもいる~!何しに来たの!」
「今日も、精霊のデータを取るんだと」
「ほぇ~。大変だねぇ」
カナちゃんは楽しそうに江畑君に話しかける。
というか、江畑くんは当然のようにカナちゃんたちと知り合いなんだな。
さすがコミュ力お化け。
「カナちゃんたちは、これからどこに?」
僕の質問には、水無月さんが答えてくれた。
「今日はこれから、カナちゃんを連れて地域のボランティアに行くんですよ」
「へぇ、ボランティアなんてやってるんすか」
「えぇ。有事の際などに、地域の方たちの理解を得るためには、普段からのコミュニケーションを取っておく必要があるんです。何でもかんでも力業で解決することはできませんから」
水無月さんの言う力業とは、記憶の改ざんのことを言っているのだろうか。
そんな力が当たり前のように存在することに少し怖さを感じるけど、そんな組織がボランティアをしているだなんて、少し可笑しく感じてしまう。
「天使ちゃんえばたくんまたね~」
手を振るカナちゃんの後ろで、水無月さんは静かに頭を下げ、二人は去って行った。
「カナちゃん、いい子だよなぁ」
「ほんとにね」
あんなにピュアな人も珍しい。
江畑くんもその良さに気づくとは、うれしい限りだよ。
それから少し歩き、執務室と書かれた部屋の前で僕らは立ち止まった。
「失礼します」
ノックをして執務室のドアを開けると、中にいる男性が作業の手を止め顔を上げる。
「いらっしゃいましたね」
「はい。今日もよろしくお願いします」
「」
彼は側用人の春原さん。
僕が稲置さんの影武者だと知っている数少ない人の一人で、安曇家の使用人を束ねる偉い人物なのだ。
側用人なんて聞いたこともないし、分かりずらいと思うのだが、昔からのしきたりで名前は変えられないんだそう。
髪の色を相談したのも、この人だ。
「及び立てしてすみません。稲置様」
「稲置様だなんて、やめてくださいよ」
僕は笑って言うと、春原さんは真面目そうな顔で首を振る。
「いいえ。どこで誰が聞いているかわからないですから、普段からこのような話し方をするべきです。壁に耳あり障子に目ありです」
「……わかりました」
「凪くんも、いつもすみませんね。無栖霊隊の者たちが毎日のように君を寄越せよこせとうるさくて」
「いや、逆に呼んでくれてうれしいっすよ。無栖霊隊の人たちも面白い人ばかりだし。それに、ここでならこいつらも窮屈な思いをさせることもないし」
水晶の目印チャームをピンとはじくと、色とりどりの精霊たちがわっと出てくる。
あはは
くすくす
精霊たちは江畑くんの周りを飛び回る。
そのうち、髪や手を引っ張って遊ぶ子たちが出始める。
「いでで、おい、やめろって!」
そんな江畑くんを横目に僕が精霊に手を伸ばすと、精霊は僕の指先に留まり優しく揺らしてくれる。
挨拶してくれたのかな。
彼ら(彼女ら?)は、僕にも好意的に接してくれる。
けどやはり一番は江畑くんらしく、すぐに彼のほうへ飛んで行ってしまう。
ちなみに、精霊たちが寝床にしている水晶は僕のダンジョンの7階にいた水晶の欠片を土台に僕が作ったものだったりする。
師匠の本を参考に錬金術を駆使して、お姉さんから助言ももらいながらだったのですぐに作ることができた。
精霊たちも水晶の住処を気に入ってくれているので、作った甲斐があったよ。
「不思議な生き物ですね」
春原さんも精霊をみて、和やかな表情を作る。
そうしていると、どたどたと足音が近づいてくる。
「江畑はここか~!」
「ここから精霊のにおいがするぞ!」
「本当か!なら突撃だ!」
「「「「突撃ィィ!!」」」」
暗い深緑の袴を着た集団がわらわらと執務室に飛び込んでくる。
「おほぉ!精霊ちゃんがたくさん」
「江畑発見!確保されたし」
「了解であります!隊長!」
「わっ、急に何なんすか、両角さん」
目を白黒させながら、江畑くんは
「おぉ、何すんですか!」
「精霊ちゃん、お菓子あげるからこっちにおいで!」
ゃぁぁ
げぇぇ
ぺっぺっ
この集団、精霊たちにひどい嫌われようだ。
唾みたいなのをかけてる子もいる。一体何をしたんだろう。
「お前たち。いい加減にしないか!稲置様の御前だぞ!」
春原さんの声に、ピタリと皆が止まる。
それから深緑の袴を着ている集団が一斉に僕を見て、興味深げに近寄ってきた。
「ほほう。これが噂の……」
「この髪の色は一体どうやって色を付けてるんですか」
「この髪飾り、魔力の反応がある」
「小柄だ」
「可憐だ」
「あ、その……」
「両角!」
再度怒鳴られ、ようやく彼らは態度を改めた。
「いやはや、これは失礼しました。私、無栖霊隊の隊長をしている両角と申します」
ぐるぐる眼鏡をかけた天然パーマの人が一歩前に立ち挨拶をしてくれる。
「は、初めまして。稲置です」
「そしてこちらが、我が隊の隊員たちです」
「田中です」
「中田です」
「中牟田です」
「大中田です」
「はぁ……」
「ということで、江畑はいただいていきます」
「はぁ!?おい、両角!」
そこまで言うと、彼らはひょいと江畑くんを担ぎ、連れ去っていった。
「ちょ、おい、下せって~!」
かぁっぺ
くずくず
〇ぃね
台風のような彼らがいなくなって、執務室はにわかに静けさを取り戻す。
無栖霊隊の人たちには初めて会ったけど、強烈な人たちだったな。
というか、精霊たち随分口汚いな。
あの子たち、生後一か月のはずだよね。
「あいつらときたら……すみません。後で必ず灸を据えておきますので」
僕に謝りながら、春原さんは頭を押さえる。
灸をすえるとは言うけど、嵐のように去って行った無栖霊隊の人たちを相手に、どう灸をすえるのだろうか。
人を束ねる仕事って大変なんだな。
「それで、今日お呼び立てした理由なんですが」
春原さんは一つ咳払いをして、改めて要件を切り出す。
「少し手伝ってもらいたい案件がありまして」
「案件、ですか」
「はい。ELECS絡みなのですが、ご興味はおありですか」
伺いを立てるような物言いだが、その実、今の僕に拒否権はない。
僕が稲置さんとして顔を広めている以上、お互い切り離せない状況ができ始めてはいるが、立場的には僕のほうが弱いのだ。
僕はただ、見逃されただけ。安曇家の気が変われば、いつでも僕は処分されてしまう。
江畑くんとは違って、なれ合える立場にはいないのだ。
「ELECSですか……」
松岡さんや男爵(ジェンティーレと名乗ったらしい)のいた組織は世界的にも(異世界的にも)有名な組織らしく、固有の名は無いため地球ではELECS(Eroding the Labyrinth Elusive Corrupt Syndicate)と呼ばれていた。
この組織は巨大な組織であるはずなのだが、その目的や構成員などの情報はほとんど手に入れられていないのだそう。
あえて僕に情報を与えず、うまく操ろうとしている可能性も否定はできないんだけどね。
今回も情報が欲しければ自分で調べてみろ、と言外に言ってるのかもしれない。
「どうでしょうか」
春原さんを見る。
春原さんはまじめそうな顔をしていて、腹芸をしてくるような人には見えない。
考えすぎだろうか。
「……わかりました。手伝います」
「よかった。では、明日の放課後、迎えに上がります」
「迎えって、どこかに行くんですか?」
「東京です」
「と、東京?」
はい、と春原さんは頷く。
「稲置様には、明日開かれる、迷宮連盟の会議に参加してもらいます」
「め、迷宮連盟ぃ?」
春原さんは僕の反応を見て、目を細めるように笑う。
これは、してやられたな。
迷宮連盟がどんな組織か知らないけど、きっと安曇家よりも広い、大きな組織なのだろう。
この人は、そこでも僕を稲置デビューさせるつもりなのだ。
「……今から断ることって」
「できません」
ですよね。
こうやって、戻れないところまでずぶずぶと落とされて行くのだな。
僕は言い知れぬ不安を抱きながら、やはり大人は信用ならないな、と思うのだった。




