3-5
東京と屋敷を繋ぐゲート。
そんな便利なものも、魔法陣を使って作ることができるんだ。
ただ、どこ〇もドアのように手軽に使えるようなものではなさそうだ。五メートルを超える巨大な板に細かい魔法陣がびっちりと書かれているし、神主風の男性たちが力を注入するのにも時間がかかっている。
ただ、技術の進歩が進んでいけば、それも解消されていくのかもしれない。
この魔方陣は稲置さんの母親が作ったものだというので、多く見積もっても四半世紀ほどしかたっていない。
この直線の幾何学魔法陣は、いまだ発展途上なのだ。
僕にも教えてもらえないかな。
そんなことを考えていると、後ろに立っていた稲置さんがスッと僕の前に出てきた。
「先に行く」
「え?」
稲置さんは何のためらいもなく、僕を置いて青白い膜の内側に入って行ってしまった。
それを見て、僕はぽかんとしてしまった。
君、仮にも僕の従者のはずだよね。主人を置いていくって、どういうこと?完全に設定忘れてるじゃん。
だが、本家の男性たちは特に疑問に思っていないようだったので、少しだけほっとした。
「洞は長くは持たないんです。安定してる内に渡ってください。ほら早く」
春原さんに急かされて、僕は青白い膜の内側へと進んでいった。
「春原さんは来ないんですか?」
「私はこっちでやることがありますから」
どうやら、春原さんは本当に付いてくる気はないようだった。
迎えに来るとは言っていたけど、付いてくるとは言ってなかったし、忙しい身であることを思えば、当然と言えば当然た。
「帰りも同じように、こちら側で待っています」
「わかりました。行ってきます」
稲置さんと二人になってしまうが、ここでごねても仕方がない。
春原さんに挨拶をして、僕は洞と呼ばれるゲートの中に入っていった。
膜を通り過ぎるとき、水の中に入っていくような抵抗を感じた。
何かがまとわりついてくるような感覚と、少しの圧迫感。
全身が洞の内側に入った後も、その感覚は消えなかった。
洞の内部は青白い光が上から差し、内部にあった一本の道を照らしだしていた。
渦を描くように筒状の丸い道が続いていて、渦の外側は暗く、見通すことができなかった。
道を歩いているときも、水の中のような抵抗があり、ゆっくりとしか進めない。
前を歩いている稲置さんに声を掛けようとして、異変に気付く。
(稲置さ……声が)
声が出せない。どうして。
この場所には空気がないのだろうか。ならどうして呼吸ができるんだろう。
驚いている僕を、稲置さんは道の先から静かに見つめていた。
呼吸のできる水中のような場所。
そんな不思議な空間を僕らは歩いて行った。
少し進むと、出口らしき場所が見えた。
そこも、膜のようなもので隔たれているようだったが、出るときは逆に抵抗を一切感じなかった。
そのせいで落差に慣れず、僕は転んでしまった。
「わっ!……ったぁ~」
盛大に頭をぶつけてしまった。
僕は頭をさすりながら体を起こす。
転がり出た場所は、どうやら何処かの施設の中のようだった。
服が濡れていないことを確かめながら、不思議な場所だったなと思っていると、先に出ていた稲置さんに見下ろされていた。
「どんくさい」
「しょうがないでしょ。初めての体験だったんだから」
羞恥心を感じ、急いで立ち上がる。
「それよりここは?もう東京なんですか」
部屋の中には大きな窓があり、僕はそこに駆けていった。
「ここは東京。新宿辺りの上よ」
窓の外を見ると、首都を思わせる高層ビル群が目に飛び込んできた。
「ほんとに東京だ。……って、ん?上」
ただ、見える景色の先が、少し変なのだ。
魚眼レンズ越しに見ているかのように、街が内側に捲れあがって見える。
その先を目で追っていった僕の首は、どんどん上に向いていく。
「な、なんで——」
完全に上を向いた僕の視線の先には、建物が見えた。
「なんで上に街があるの!」
「ここは稲置さまが知っている街じゃない。」
「稲置さま?」
急にこそばゆい呼び方をされ、どうしたのかと振り向くと、そばに知らない女性が立っていた。
「正確には、我々が上にいるのですけどね」
ここの事務員と思しき女性が僕らに笑いかけてくる。
「ようこそ、鏡合わせの街。ミラーズシティ東京へ」
「稲置様ですね。お待ちしておりました」
「あなたは?」
「私は迷宮連盟のしがない事務員です。お見知りおかなくて結構ですよ」
「はぁ」
「会議に出られるのですよね。時間までもう間もなくですので、ご案内させていただきます」
僕らは事務員さんに案内され、施設を出る。
外に出た途端、夏の暖かさにじめっとした湿度の混じる、生ぬるい風が吹いて来た。
僕は中学までは埼玉に住んでいたので、東京には何度か遊びに来たことがあるのだが、ちょうどその時も同じようなじめじめとした暑さに襲われたことを思い出す。
広告や店の並びは、よく見れば迷宮関連の物が多くみられるが、よくある飲食チェーン店やアパレルの店があり、町並みは変わらず、街中を歩く人の姿もある。
上を見上げなければ、本当に東京の街中だと錯覚してしまうほどだ。
「ここ、どうなってるんですか?重力とか」
僕が街の精巧さに驚いていると、事務員の女性はくすりと笑った。
「ここはその名の通り、鏡のように地上の姿を投影した場所です。投影と言っても、ちゃんと実態はありますし、重力なども疑似的に再現されています。電車や地下鉄も使えるんですよ」
「電車、乗れるんですか」
「はい。端の方に行くにしたがってドーム状に形を変えてはいますが、レールの歪みもなくスムーズに動きます。一番端は地上とつながっていて、そこで地上の電車と乗り換えもできるんです」
「じゃあ、街に入る審査なんかはないんですか」
「それはもちろんあります。だた、迷宮連盟の加入証を提示するだけで、比較的警備は緩いですね」
「僕らは、提示しなくてもいいんですか?」
「洞を使って来る方々は、皆やんごとなきお歴々ですから。わざわざ加入証を見せていただくことなどありません」
すごい場所だ。
僕は初めての経験に、興奮半ば少し意外に思っていた。
迷宮に関連する物事はもっと厳格に扱われているのかと思っていたけど、思ったよりも緩くて拍子抜けしてしまう。
僕が硬く考えてしまっていただけなのだろうか。でも、一般人には知られないように情報統制は完璧にされているし……う~ん。
道を歩いていると、装備品を売っている店や、錬金術関連の店も見かけた。帰りにちょっと寄れないかな。
そんなのんきなことを考えていると、事務員さんは僕らを連れて、見慣れない開けた場所へ入っていく。
「この場所は、迷宮連盟の本部としてミラーシティができてから新たに整地された場所なんです」
東京の街中にあるには広すぎる、開けた敷地。その正面には、巨大な剣の形をした建物がその存在感を主張していた。
「あの正面にある建物が、日本支部の建物ですよ」
建物内に入ると、それまでむっつりと口を利かなかった稲置さんが僕の耳元に顔を近づけてきた。
「一つ、忠告しておく」
「な、なんですか?」
「ここではむやみにステータスを覗かないことね」
「それって……」
以前、稲置さんのステータスを覗こうとしたとき、権限が足りないと言われ、ステータスを覗くことが出来なかった。あの後、管理者スキルの事について尋ねてみたが教えてはくれなかった。ただ、あの時、稲置さんはたしかに僕がステータスを覗こうとしたことに感づいていた。
「……つまり、いな——よるさんみたいな人がいっぱいいるってこと?」
稲置さんは、僕の言葉を肯定するように話を続ける。
「ステータスを覗くときは、完全に敵対する相手だけにするべき」
そうか、やはり稲置さんも、ステータスを覗くことができるのだ。
でも、僕のステータスは覗かなかった。いや、覗けなかったのか。
それは、僕の権限と稲置さんの権限が同じだったからだ。
システムの権限が強さに比例するかは未知数だけれど、今から会う人たちは、僕の脅威になる可能性が高いだろう。
気を引き締めていこう。
事務員さん、一つの大きな扉の前で止まると、ノックをし、扉を開ける。
「失礼いたします。稲置様がご到着されました」
扉を押さえてくれる事務員さんに会釈をし、僕は中に入る。
そこは、大きな会議室のような場所だった。
中央に円卓が置かれ、座り心地のよさそうな椅子が並べられている。
椅子は八つあるが、そのうちの六つはすでに埋まっていた。
老人から子供まで、纏まりのない見た目の人たちが思い思いに、席についている。
壁側には座っている彼らの部下らしき人たちが立っていた。
ぼくが部屋に入った時、その場にいた全員が僕をジッと見つめていた。
「へぇ。あんたが安曇家の。いつも不参加のはずなのに、今日はどういう風の吹き回し?」
髪を金髪にした若い女性が僕に話しかけてくる。
きつめのパーマをかけた赤み掛かった金髪を派手なシュシュで立体的に纏め、目を強調するようなメイクに、肌の露出した服。
典型的なギャルといった見た面の女性だった。
円卓を見ると、紙とペットボトルがそれぞれの席に置かれていたが、その横に名前の書かれた氏名標が置かれていた。
忌寸
それが、彼女のここでの名前らしい。
彼女は僕に好奇の目線を送ってくる。
「あの女は花山院 琴音。花山院家の直系の長女」
稲置さんが後ろから説明してくれる。
忌寸という名は、稲置と同様、ここでの立場を現す名前だそうだ。
稲置さんと同じ、迷宮連盟の日本支部の会長から姓を賜った八人の集団。天武八梢の会。
今日はその会合に来ているのだ。
「ようやくことの大事さに気づいたかよ。ここは選ばれた者たちの集う場所。有象無象の頂点に立つ俺らには、上に立つ者の義務を全うする必要があるんだよ」
シルバーをジャラジャラと体につけた、ピアスだらけの男性。
少し軽薄そうな印象を受ける。
「吉雄さん。いい加減そのような浮ついた態度でいるのはやめなさい」
「うっせババア!ここでは名前で呼ぶんじゃねぇ!」
ババアと呼ばれた女性は白髪に黒髪の混じったシルバーの髪を背中まで伸ばした和服姿の高齢の女性。
背中が丸まっているようで背が随分低く見える。
女性の前には道師の名前が、男性の前には臣の名前がある。
「あの男は、周防 吉雄。生まれは周防家に仕える家の息子だったが、後天的に特殊な力が目覚め、周防家の養子となっている。女の方は周防 伊代。周防家の傍系の三女として生まれている。バツイチで子供はいない」
「ただの気まぐれじゃないココ」
「急にきて急に参加しますなんて、傲慢だよねロロ」
見た目も格好も似ている二人の男女。
彼らは見た目からして、一卵性双生児だろうか。
円卓の上には連の名前がある。
「奴ら双子は、郷萬家の傍系の長男長女、ろろとここ。双子のため力も二分されている。連の名は二人で一つとして与えられている」
「立っていないで、早く座れ。時間がもったいない」
真人と書かれた椅子に座る軍人風の男性にそういわれ、僕は頷く。
事前にぼろが出ないようなるべく喋らないようにと春原さんに言われていたので、僕は頷くだけにとどめ、稲置と書かれた椅子へ移動した。
右隣には無地の白い仮面をかぶった性別不明の人物が座っていた。
円卓には宿禰の文字。
彼ら二人の名前は後で聞くとしよう。
左隣は——忌寸と書かれたギャルだった。
「何も言わないって、無口キャラ決めてんの?カッコいいじゃん。てかその髪どうやって染めてんの?教えてよ」
凄いぐいぐい来る。これがギャルのマインドってやつなのだろうか。
返事をしようか無視しようか迷うな。稲置さんは壁際まで下がって我関せずといった風に腕を組んでいるし。
よし、無視しよう。絶対ぼろ出しちゃいそうだし。
「……」
「めっちゃ透き通ってんじゃん!これ絶対迷宮産のアイテム使ってんでしょ!何使ってんの!教えて教えて!」
「……」
「わたしの髪、ちょい赤色混じってんじゃん。これ地毛なんよね。どうしても色が抜けきらなくって、これ以上やると毛が痛んじゃうっていうか、チリチリでマジやばって感じなんよねぇ」
「……」
「あ、名前ね。私、花山院 琴音。いみきって呼びづらいし可愛くないから琴音って呼んで。稲置ちゃんよろしくぅー!!」
「あ、はい。よろしくです」
……ギャルには勝てなかったよ。




