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 §〈イト〉


 

 ボンヤリした意識の中で、誰かが会話をしてる声が聞こえる。

 

「……して俺がここにいるってわかったんだ」

「そのピカピカしてるやつが教えに来てくれたのよ」

「こいつらが?」

 聞きなれた、凪の声。それと、委員長の声も。

「あんたの周りぐるぐるしてるけど、なんなのそれ?」

「こいつら?その、なんて言ったらいいんだか……あいつに貰ったお守りから出てきたんだけどよぉ」

「う……ん」

「イト。気がついたのか」

 目を開けると、そこは少し窪んだ場所だった。

 周りには蛍みたいな光が飛んでいて、二人とも、どこか薄汚れている。

「痛いところとかない?」

「大丈夫。けど……僕、何して」

 なんでこんなところで寝てたんだ。

 直前までのことが思い出せない。

「覚えてないのか……お前、モリミツにやられたんだよ」

 モリミツに?

 どういうことだ。

 思い出そうと眉間にしわを寄せていると、急に意識を失う直前の記憶がフラッシュバックした。

「そうだ……僕、あいつに殴られて……今どんな状況、うっ」

「大丈夫?」

 体を起こそうとする俺を、委員長が支えてくれる。

 

「今、蒲生とモリミツが戦ってるんだ」

 体を起こすと、外の光景が目に入ってきた。

 巨大な肉の塊が触手のようなもので暴れ、そこを騎士のような格好の女性が縦横無尽に駆け回りながら戦っていた。

「……な、何あれ」

「あの巨大なのがモリミツで、あの女の子みたいなのが蒲生」

「……意味がわからん」

「だよな。俺も何言ってんだって感じなんだけどよ」

 本当に訳が分からない。あんな巨大な生き物がいることにも驚かされたが、あれがモリミツだって?それに戦ってるのが蒲生?コスプレみたいな恰好をして?

「頭がおかしくなりそう」

「ホントよね」

「あれがモリミツだとして……元に戻れるのか?」

「わかんねぇ。……でも、あいつに任せとけばきっと大丈夫だ」

 凪は、キラキラしたような目を向けていた。

 安心しきったような、信頼のまなざしを浮かべて。

 僕はそれを見て、胸の奥に鈍い痛みを覚えた。

 なんだろう。まだ、どこか痛いのかな。


 アメコミの映画みたいな戦いを繰り広げる友人(と思しき二人)を眺めながら、僕はどこか居心地の悪さを感じていた。





◇◆◇◆




 

【簡易錬金のシークエンスを開始します】

 お姉さんは、僕から少し離れた場所で静止した。

【オーダーを】

 お姉さんは本に光を纏わせると、僕に指示を仰ぐ。

 

 簡易錬金のスキルは師匠の本に帰属する力で、その要素は三段階に分けられている。錬成陣や作成方法を指示するオーダー、素材の下処理を省略するオミッション、錬成を行うアルケミー。

 今はまず、オーダーの部分からだ。

 

 僕はモリミツの動きを制するように攻撃を続けながら、オーダーを決める。

「魔獣誘引剤の錬成陣を展開。ドミナントとなっている天翼獣グラガントスへの特効成分、或いはそれに近い効果を齎す薬効成分を含む作成方法をオーダー」

【了解しました】

 僕のすぐそばで、本の(ページ)がパラパラと捲られていく。

【錬金術師キアミによる魔獣誘引剤の錬成陣を展開します】

 本を捲る動きがピタリと止まると、開かれた頁から魔法陣が浮かび上がってくる。

【すべての魔獣に効果を及ぼす万能型の魔法陣です】

 お姉さんは続ける。

【天翼獣グラガントスの情報精査中…… 神話の時代に神々が作ったとされる天の牡牛 その系譜である可能性が高いと推測されます 有翼の獣で気性は荒く その角には油が蓄えられているとされていますが 牛系魔獣の祖先であるとも考えられ その生態は牛と変わらないと推察されます】

 う、牛?カッコいい名前が付いているからドラゴンみたいなのを想像していたんだけど……そうか、牛か。

 

【牛系魔獣の好むラパランニューム草を主原料とし 翼獣の好む香草を数種類配合したレシピを作成 香草同士を完全に混ざり合うようにするため クビクルム内の配列を変え コロルス型フラクタル曲線を一部導入】

 早口で話しながら、錬成陣がすごい速さで組み替えられていく。

【肉食獣であった場合を想定した錬成陣も作成中です】

 二個目の錬成陣が宙に浮きあがる。

「二つも一気にやるんですか!?」

【効果が無かった場合を想定しての次善の策です 最初の物だけでまず問題はないでしょう】

「なるほど」

 そうだった。お姉さんはこの作戦、結構自信があるんだった。


 そうこうしている内に、錬成陣が完成した。

【オーダー完了 次にオミッションを開始します 材料を出してください】

「材料って、すぐに出せる場所にないんだけど」

 材料は、初めにお姉さんが〈錬術師の工房〉に用意してくれたものの中にあるのだろうが、その殆どが冷暗室に置かれている。手から取り出せる六畳間ほどの空間には置いてないのだ。

【取って来てください】

「この状況で!?無茶言わないでくださいよ」

 普通に話しているように見えるけど、これでも増殖し続ける肉体と多節腕をけん制するために絶えず動いているのだ。

 目当ての素材を探し出してくる時間的余裕なんてない。


 僕が愚痴をこぼしていると、お姉さんが別の提案をしてきた。

【オブジェクトNO.10とスキル錬術師の工房の連結を提案します】

「連結?それをするとどうなるの」

【錬術師の工房内の素材をオブジェクトNO.10を通して使用することができるようになります】

「ん~。つまり、どういうことだってばよ」

【はぁ…… 素材を取りに行かなくてよくなります】

 ため息つかれちゃった。

 でも、なるほど。それは便利だ。今の状況にも合致している。

【連結には使用者による許可が必要です 許可しますか】

「うん。お願い」

【使用者による承認を得ました これよりスキルとオブジェクトの連結を行います】

 

 許可を出すと、本が一時的に動かなくなり、ぽとりと地面に落ちた。

 

【Administratorアカウント起動 スキル expansion spNo.17 object No.10間のconnectionを作成       成功】

 お姉さんの声は本から聞こえるのではなく、いつものように、何処からともなく聞こえてくる。

【現行システムでの使用に難有り パッチを作成       動作確認     アップデート完了 Administratorアカウントをログアウトします】


 アップデートを完了させると、再び本が浮かび上がり僕の近くへやってくる。

【簡易錬金のシークエンスを再開します】

「おかえりなさい。うまく行きましたか」

【連結は滞りなく完了しました】

「ところで、やっぱり読み上げ機能じゃありませんでしたね」

【……読み上げ機能です】

「師匠の本にスキルとの連結ができる機能があるとは思えないんですけど……そこのところ、どうなんです?」

【…………これよりオミッションを開始します】

「あ、無視しないでよ~」

 

 僕を無視したお姉さんは、勝手ににオミッションを開始する。

 また本の縁が光りだしたかと思うと、今度は開かれた本の上に、半透明の丸い空間ができた。

 車一台分ほどの大きさの空間。

 この空間では、素材を変質させることなく、分解、成型、攪拌といった工程を簡易的に行うことができる。

 以前桜色の飴(トゥアドラーブル)を作った時のような、潰したり、加熱するようなことはできず、魔力を介して素材を変質させることもできない。あくまで簡易的な処理ができるだけの空間だ。


 お姉さんは、本を通して空間内に素材をどんどん供給していく。


【手をかざし 闘気による操作を行ってください 今回必要な工程は、分解、攪拌、圧縮です】

「了解」

 僕はジャガランタで巨大な剣をいくつか作りモリミツに突き刺す。

 少しの間、動かないでいてね。


 素材の分解は空間が自動で行ってくれる。

 分解の工程は、素材が素材として使える最小の単位にまで分解することができる。というかそれしかできない。程よい大きさにとどめるような融通は利かない。

 まずはそれを混ぜ合わせる。

 僕は半透明の空間に手を当てた。


 僕は闘気操作のスキルを意識しながら闘気を空間内に注入し素材を外から包み込むと、くるくると回し始めた。

 「ん~、早く混ざれ~」

 いつモリミツが剣の楔から解放されるかわからないので、少し焦る。

 

 ……よし。混ざり合ったかな。

「おりゃぁ!」

 僕は仕上げとばかりに両手でプレスするように素材を圧縮した。

 そうして、丸い球体状の素材が完成した。

 オミッションはこれで終わり。最後は錬成をするアルケミーの段階に入る。

 

【オミッション完了 ラストシークエンス アルケミーを開始します 錬成陣展開】

 そこからは、ほとんど自動で錬成が行われていった。

 錬成陣が空中に浮かび上がると、本から液体魔力が充填され材料との反応が始まった。

 

 簡易錬金は自動錬金とでも呼ぶべき便利なものだった。

 なら、これだけでいいじゃん。と思うかもしれないが、そこにはちょっと切実な事情がある。


 錬成反応が起こり、世界が虹色の光で満たされる。


 そして、完成した錬成物、魔獣誘引剤が僕の手の中にちょこんと乗っかる。

「めちゃ小っちゃい」

 飴玉サイズのそれを見て、思わずため息が出た。


 簡易錬金は半透明の空間内で素材を分解する際に大幅なロスが生まれ、混ぜ合わせることで素材が散っていってしまう。

 完成するころには、元の素材の二十分の一ほどの大きさになってしまうのだ。

 素材をあまり持っていない僕としては、こんな状況じゃなきゃ絶対やりたくない錬成法なのだ。

 それに、完全に混ぜ合わせてはいけない素材や圧縮することでダメになってしまうものもあるため、何でもかんでも簡易錬金に頼ることはできない。

 それでも、出来たから今はいいか。


「これは、どうやって使えばいいんですか?」

【水につけるのが一般的ですが 今回は液体魔力に浸けることを提案します】

「どうしてですか?」

【使った素材の性質に 魔力に反応して香りが強くなるものがあります 錬成時に魔力は十分に供給されましたが 液体魔力を使うことでその香りを強いまま持続させることができます】

「なるほど、分かりました」

 僕は〈錬術師の工房〉からコップを取り出すと、お姉さんに液体魔力を出してもらう。

 そして、溜まった液体魔力に、出来立てほやほやの魔獣誘引剤を落とした。


 ポチャン



 

 それまでずっと暴れ続けていたモリミツの動きがピタリと止まった。

 すると不思議なことに、縫い付けられていたはずの体が、液状になったかのようにズルリと動き出し、剣から抜け出てきた。

 体から切り離されていた肉体も同様に、液状に動き出し、僕の手に持つ魔獣誘引剤ヘと近づいてくる。

「うわ……どうしようこれ」

 とりあえず、魔獣誘引剤を土壁の端において退散した。

 

 魔獣はモリミツの体から、あとからあとから流れ出してくる。

 切り離された肉体と合流して、どんどん体積を膨らませ、その大きさはすでに一軒家を超えるほどの大きさにまでなっていた。

 

 液状の体が魔獣誘引剤に到達すると、急にぼこぼこと体を震えさせ始めた。

「なんだろう……おいしいのかな」

 誘引されるぐらいなんだ。この魔獣にとっては良い物なんだろうな。

 

 暫くすると、液状の魔獣はようやくモリミツから完全に離れ、一つの大きな塊になった。

「モリミツの様子は」

 僕はモリミツのステータスを確認した。


 


 Name:餅田 信次郎  Level:17

 

 Species:混成魔人 Distinction:♂ Age:16


 Status: 体力:357    魔力:311

      筋力:449   防御:190

      俊敏:281   器用:116


 Skill: 身体 増殖 崩壊

     感覚 感覚鈍感 痛覚遮断

     魔技 魔力爆発 魔力吸収 魔力分解


     分霊 形而自在猩 

        ┣肉体変質  

        ┣分離

        ┗自律


        空亡蟲 

        ┣虚空烈破  

        ┣土流隔遠破

        ┗空喰ミ

 


 良かった。

 モリミツのステータスに天翼獣グラガントスの文字が消えている。

 あと二つ取り除けば終わりだ。

 少し安心した僕は、天翼獣グラガントスと思わしき魔獣に視線を戻した。

 

 ぼこぼこと体を不定形に変形させていた魔獣は、粘土をこねるように少しづつその姿を現していった。

 黒々とした四足の足。巨大な灰色の翼。

 胴体は灰色の長い毛で覆われ、その下には逞しい太ももの筋肉が見える。

 顔も半ば毛でおおわれ、捻じれた角が顔から幾本も生えているため、目だけがぽっかりと光って見えた。

 その姿は牛というより、もはや竜のようだった。


「ゴオォォォォァァァアアァァァァァァァ!!」

 天翼獣グラガントスは、遠吠えのように長く、長く、一声鳴いた。


 

 Name:天翼獣グラガントス  Level:62


 Species:地竜  Distinction:☿


 Status: 体力:9730    魔力:13297

      筋力:5308   防御:6355

      俊敏:3431   器用:2099


 Skill: 身体 剛身体 

     武技 絶爪閃 破滅の吐息

     感覚 感覚強化 痛覚遮断 

     魔技 魔力爆発 魔力吸収 魔力分解 

     血統 天地開闢

 




「強すぎる……ていうか、やっぱり牛じゃないよお姉さん!」

 愚痴をこぼしつつも、目の前の圧倒的な強さの魔獣に少し気圧されている自分がいることに気づく。

 なにこの圧倒的なステータスは。

 全部の数値が千超え魔力に関しては一万を超えてる!

 これを一人で倒せと…………いいや、やってやる!

 今こいつを野放しにすれば、どんな大惨事が起こるかわかったものじゃない。

 こいつを外に出した責任も取らなくちゃいけないし、何より……ここには誰もこいつを倒せる人がいない。

 僕が逃げたら、誰がこいつを倒す!

 

 僕は覚悟を決めて、天翼獣と相対した。

「グラガントス。誕生したお前に罪はない。だけど、殺されてやる訳にはいかないんだ」

「グオオォォ」

 グラガントスはその巨体から俺を見下ろす。

「僕らのエゴのために、お前に引導を渡す!だからお前も全力で来い!グラガントス!」

「グオオオオォォォォォォォォ!!!」

 僕の声にこたえるように、グラガントスは叫び声をあげた。

 

 

 どちらが先に動くか。

 僕らはにらみ合い、けん制し合っていた。

 先に動いたほうが負ける。なんてことはない。

 だが、相手の動きを見てからのほうが動きやすくもある。

 どうするか……。

 

 僕がしびれを切らし、先に剣に闘気を込め始めた。


 その時——



 


「見つけた」


 どこからか、女の子の声が聞こえた。

「え」

 声のするほうに——空に目をやると、女の子が空から降りてきた。

 グラガントスのそばを通り、音もなく地面に着地する。

 そして、天翼獣グラガントスの首が胴体から切り離された。

 

「は」

 ズゥン

 巨大な首が地面に落ち、地響きが起こる。

 

 ありえない。

 何が起こってるんだ。

 あの子が、倒したのか。どうやって。

 あれだけ強力な魔獣を一撃で倒すことなんて、本当にできるのだろうか。


 こちらに歩いてくる女の子は、なんの表情も抱いてはいないが、敵対的な意識だけは痛いほど感じられた。

「桜色の髪に騎士甲冑の女。情報と一致している」

「情報って……あなたは、いったい」

「それはあなたが一番よく知っているでしょう」

「あ、あなたとは、初めて会いましたけど」

「白々しい。私の名を騙ったお前がそれを言うか」

 

 黒髪黒目の地味な見た目のその人は、無表情のまま僕に殺意を向けてくる。

 名を騙る……それってまさか!

 

「当主の命により、お前を殺す」


 間違いない!この人が本物の稲置さんだ!


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